モーツァルト《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》解説|有名な冒頭から全曲の聴きどころまで

夕べの光の中に置かれたヴァイオリンと弓
イメージ

弦楽器が一斉に、くっきりとした旋律を奏でる。モーツァルトの《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は、曲名を知らなくても、冒頭を聴けば思い当たる方の多い作品です。

全曲を通して聴くと、その力強さに加えて、穏やかな歌や舞曲の魅力も見えてきます。しかも、現在親しまれている四楽章の形は、モーツァルトが自作品目録に記した全体とは違っています。

この記事では、題名の意味や成立の背景を押さえながら、現在演奏される四つの楽章をたどります。

1分でわかる《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》

《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》は、モーツァルトが1787年にウィーンで書いた作品です。題名はドイツ語で「小さな夜の音楽」という意味。一般に《セレナード第13番 ト長調》K.525として知られています。

現在の全曲は四つの楽章からなり、演奏時間はおよそ15〜20分。力強い第1楽章、穏やかな第2楽章、舞曲の第3楽章、軽快な第4楽章という流れです。モーツァルトの自作品目録には五つの楽章が記されており、そのうち最初のメヌエットが失われています。

最初は、楽章が替わるたびに変化するリズムを追ってみてください。全曲の流れをつかんだら、ヴァイオリン同士の旋律の受け渡しや、低音との重なりにも耳を向けると楽しみが広がります。

基本情報

作曲者ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
作品名《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》、通称《セレナード第13番 ト長調》
原題Eine kleine Nachtmusik
作品番号K.525(KV 525)
成立1787年、ウィーン。自作品目録への記入は8月10日
作曲時の年齢31歳
初演日時・場所・演奏者は不明
編成第1・第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス
構成現存する四つの楽章。もとは五つの楽章が記録されています
演奏時間およそ15〜20分。

以下の楽章番号は、現存する四楽章の演奏順に従います。

「小さな夜の音楽」は、どんな夜のために書かれたのか

題名は、月夜の風景を描いたもの?

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」という響きから、静かな月夜を思い浮かべるかもしれません。ところが、曲は最初から元気よく始まります。

当時の「夜の音楽」は、夕方や夜に人々を楽しませる音楽を指す言葉でした。夜の風景を音で描く、という意味に限られません。セレナードには祝いの席などで演奏される伝統があり、親しみやすい旋律や舞曲が大切な役割を持っていました。

この作品については、作曲の依頼主も、最初に演奏された機会も分かっていません。具体的な初演風景は伝わっていないのです。

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」という言葉は、モーツァルト自身の作品目録に登場します。一方、自筆の総譜には題名がなく、「セレナード」という名称は死後の出版で使われました。小規模な編成から、人々の楽しみのための器楽曲を指す「ディヴェルティメント」として刊行する校訂版もあります。

《ドン・ジョヴァンニ》と同じ年の作品

1787年のモーツァルトは31歳。秋にプラハで初演されるオペラ《ドン・ジョヴァンニ》に取り組む時期に、この弦楽作品も書きました。

ヨーゼフ・ランゲが描いたモーツァルトの肖像
モーツァルトの肖像。ヨーゼフ・ランゲ作、1782〜1783年頃(後年の拡張あり)。 / 出典:Wikimedia Commons

大がかりな舞台作品と、小編成の器楽曲。その両方を手がけていた時期の作品なのです。

もとは五楽章だった――失われたメヌエット

元の第2楽章が失われ、残りが現在の四楽章となった対応図
目録上の五楽章と、現在演奏される四楽章の対応。

モーツァルトの自作品目録には、アレグロ、メヌエットとトリオ、ロマンス、もう一つのメヌエットとトリオ、終楽章という順序が記されています。

このうち、第1楽章とロマンスの間にあった最初のメヌエットが、現在は残っていません。自筆譜でも該当する紙葉が欠けています。

現存する四つの楽章は、いずれも終わりまで残っています。「未完成の曲」というより、完成していた作品の一部が伝わらなかったと捉えるのが適切です。

失われたメヌエットを別の曲で補う試みもありますが、標準的には四楽章で演奏されます。欠落の経緯については説があり、モーツァルトが不要と判断して削除したと断定することもできません。

アイネ・クライネ・ナハトムジークの自筆総譜の最初のページ
《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》自筆譜、1787年。 / 出典:Wikimedia Commons

四つの楽章をたどる鑑賞ガイド

四つの楽章の調性と聴く目印
各楽章の流れと聴く目印。枠の大きさは演奏時間を示しません。

第1楽章 アレグロ――呼びかけの後に、柔らかな歌が続く

ト長調の第1楽章は、ファンファーレを思わせる出だしが印象的です。金管楽器は使われていませんが、弦楽器が音の輪郭をそろえることで、はっきりとした呼びかけのように聞こえます。

冒頭の旋律は、和音をつくる音を一音ずつ取り出す「分散和音」を土台にしています。ト長調の基本となる和音を示した後、それに応える響きが続くため、短い出だしの中にも、呼びかけと応答のようなまとまりがあります。

その後はヴァイオリンの細かな動きが続き、やがてニ長調の柔らかな旋律が現れます。この旋律を第2ヴァイオリンが受け取るところでは、同じ楽器の仲間同士でも、音域によって表情が変わることを楽しめます。

楽章の大きな仕組みはソナタ形式です。前半で主要な旋律を示した後、中ほどではその一部を取り出し、調を移しながら変化させます。この「展開部」を経て、冒頭の主題がト長調に戻ると「再現部」です。展開部は短く、音楽は長くさまようことなく、なじみのある響きへ帰ってきます。

1862年刊リショー版の第2ヴァイオリンのパート譜
第2ヴァイオリン譜。パリのリショー社刊、1862年。 / 出典:Wikimedia Commons

第2楽章 ロマンス:アンダンテ――穏やかな旋律に、短い陰りが差す

第1楽章が終わると、ハ長調の穏やかなロマンスへ移ります。「アンダンテ」は歩くような速さを示す言葉で、ここではヴァイオリンが落ち着いた旋律を歌います。

「ロマンス」は、ここでは歌うような性格の器楽曲に付けられた名称です。特定の恋物語があるわけではありません。ゆったりした冒頭に続き、短い音を繰り返す、少し身軽な表情の旋律も現れます。

聴きどころは、穏やかさがずっと同じまま続かないことです。途中には短調の陰りが現れ、細かな音の動きによって緊張が増します。その変化を経て冒頭の旋律が戻ると、柔らかな響きがいっそう際立ちます。

第3楽章 メヌエット:アレグレット――きびきびとした舞曲と、滑らかなトリオ

第3楽章は、3拍子の舞曲であるメヌエットです。ト長調に戻り、拍の輪郭がはっきりした音楽になります。

「1、2、3」と数えてみると、旋律の背後に一定の足取りを感じられます。第2楽章の歌うような流れから、体の動きに近いリズムへ切り替わる楽章です。

中間には「トリオ」と呼ばれる部分が置かれ、ニ長調の滑らかな旋律が現れます。ここでいうトリオは中間部の名称なので、三人だけで演奏するという意味ではありません。

トリオの後は、冒頭のメヌエットに戻ります。メヌエット、トリオ、メヌエットという構成の中で、拍をはっきり刻む部分と、旋律が滑らかにつながる部分を聴き分けてみてください。

第4楽章 ロンド:アレグロ――軽やかな主題が、何度も姿を見せる

終楽章もト長調ですが、第1楽章の堂々とした登場とは違い、軽快に走り出します。細かく動く旋律と弾むリズムが、曲を前へ進めていきます。

モーツァルトはこの楽章を「ロンド」と記しました。ロンドとは、中心となる旋律が繰り返し現れる音楽の仕組みです。この楽章にはソナタ形式の特徴もあり、主題の再登場と、調を移しながら進む流れが組み合わされています。

まずは、出だしの短い旋律を覚え、それがどこから聞こえてくるかを追ってみてください。終盤には、ヴァイオリンの細かな動きに低音側の主題の断片が重なるなど、異なる動きが同時に進む面白さもあります。

最後は軽快な動きを保ったまま、全体で明確な区切りを付けます。

もう一度聴くなら、この三か所

四つの楽章の表情を光の流れで表した抽象画
イメージ

第1楽章の中ほどから、冒頭の主題が戻るところへ。 調が移って響きが落ち着かなくなる部分と、ト長調に帰った瞬間を聴き比べます。

第2楽章の短調の部分から、穏やかな旋律の再登場へ。 細かな音の動きに加えて、その下の響きがどう変わるかに注目します。

第4楽章の終盤。 上声の細かな動きと、低音に現れる主題の断片を、別々の流れとして追ってみてください。

編成と主題から、もう一歩深く楽しむ

ヴァイオリンとコントラバスの胴体を配した静物
イメージ

五人で弾く場合と、弦楽合奏で弾く場合

この作品は、各パート一人の五人編成でも、人数を増やした弦楽合奏でも演奏されます。初演時の人数は不明ですが、現在はどちらの形でも親しまれています。

五人の演奏では、一人ひとりの音の立ち上がりや、旋律を受け渡す様子を追いやすくなります。弦楽合奏では、複数の奏者が同じパートを弾くことによる厚みや、響きの広がりが楽しめます。

同じ和音から、違う性格の音楽が生まれる

第1楽章と第4楽章は、どちらも冒頭でト長調の和音を分散させた旋律を使っています。それでも、第1楽章ははっきりとした呼びかけに、第4楽章は軽快な走り出しに聞こえます。

音楽の性格を決めているのは、使う音だけではありません。リズムや音の長さ、強弱、音をつなぐか切るかによって、同じ和音の材料から異なる表情が生まれます。最初と最後の楽章の出だしを続けて聴くと、その違いがよく分かります。

楽譜が広まったのは、モーツァルトの死後

モーツァルトの死後、妻コンスタンツェは多くの自筆譜を、オッフェンバッハの音楽出版者ヨハン・アントン・アンドレへ売却しました。《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》も、その中に含まれていました。


コンスタンツェ・モーツァルト。ヨーゼフ・ランゲ作、1782〜1783年。 / 出典:Wikimedia Commons

ヨハン・アントン・アンドレ。作者不詳、1840年。 / 出典:Wikimedia Commons

楽譜の初出版は1820年代です。作曲から約40年を経て、自筆譜に基づくパート譜がアンドレ社から刊行されました。現在の知名度からは意外ですが、モーツァルトの生前に出版され、広く売られていた曲ではありません。

五つの弦楽器名を記した1862年刊のセレナードの表紙
1862年のパリ刊行譜。表紙には二つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスが記されています。 / 出典:Wikimedia Commons

現在のように広く親しまれるうえでは、20世紀のラジオ放送や録音の普及が大きな役割を果たしました。

自筆譜そのものにも、長い空白があります。1860年以降に所在が追えなくなり、再び姿を現したのは1943年でした。楽章の欠落、死後の出版、自筆譜の再発見と、この親しみやすい音楽には、資料が伝わるまでの複雑な歴史も重なっています。

楽譜を見ながら聴きたい方へ

各版の利用条件は掲載ページで確認できます。

IMSLPで《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》K.525の楽譜を見る

参考資料・画像出典

歴史資料画像の作者・年代・利用条件は各キャプションと出典リンクをご覧ください。イメージ画像と鑑賞用図解は、本記事のために制作したものです。

作曲家と名曲の物語を、
YouTubeでも解説しています。
クラシック音楽の事件簿 — YouTubeで見る
作品解説
タイトルとURLをコピーしました