
ヴィヴァルディの《四季》には、犬の吠え声が登場します。
場所は《春》の第2楽章。独奏ヴァイオリンが穏やかに歌う下で、ヴィオラが短い音型を繰り返しています。これは、眠る山羊飼いのそばにいる犬。鳥のさえずりや雷だけでなく、こうした身近な音まで楽譜に書き込まれているのが、《四季》の面白さです。
描かれるのは、季節の風景と、その中で暮らす人々。夏の暑さにぐったりし、収穫を祝って酒に酔い、冬には寒さで歯を鳴らします。聞き覚えのある旋律も、描かれた場面を知ると、音の動きに具体的な意味が見えてきます。四つの協奏曲を、添えられた詩とともにたどってみましょう。[1][2]
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概要 / 誕生の背景 / 春 / 夏 / 秋 / 冬 / まず聴きたい場面 / 深く楽しむ視点
1分でわかる、ヴィヴァルディ《四季》
《四季》は、《春》《夏》《秋》《冬》という四つのヴァイオリン協奏曲です。1725年に出版された《和声と創意の試み》作品8の、最初の4曲に当たります。それぞれが「速い・遅い・速い」の3楽章からなり、全曲では約40分。独奏ヴァイオリンと弦楽合奏、通奏低音が、鳥や風、雷、人々の踊りや眠りを描きます。各曲には14行の詩「ソネット」が添えられ、詩の場面と楽譜が対応しています。《春》は生命の喜び、《夏》は暑さと嵐、《秋》は収穫祭と狩り、《冬》は寒さと暖炉のぬくもりへ。最初の聴き所は、《春》の冒頭に続く鳥のさえずり。主旋律のほかに、周囲の物音を受け持つ楽器にも耳を向けると楽しめます。[1][3][4]
《四季》の基本情報
| 作曲者 | アントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741) |
| 作品名 | ヴァイオリン協奏曲集《四季》/Le quattro stagioni |
| 曲集での位置 | 《和声と創意の試み》Il cimento dell’armonia e dell’inventione 作品8、第1〜4番 |
| 各曲 | 第1番《春》ホ長調 RV 269/第2番《夏》ト短調 RV 315/第3番《秋》ヘ長調 RV 293/第4番《冬》ヘ短調 RV 297 |
| 成立 | 1725年の出版以前。正確な作曲時期は確定していません。 |
| 出版 | 1725年、アムステルダムのル・セーヌ社 |
| 献呈 | 作品8全体を、ボヘミアのヴェンツェル・フォン・モルツィン伯爵へ献呈 |
| 初演 | 日時・場所ともに確定していません。 |
| 編成 | 独奏ヴァイオリン、弦楽合奏、通奏低音。通奏低音は、チェロなどの低音楽器と、チェンバロなどの和音楽器によって音楽の土台を支えるパートです。 |
| 構成・演奏時間 | 各3楽章、全12楽章。全曲で約40分前後。 |
| 対象 | この記事では、通常演奏される四つの協奏曲の原曲を扱います。[3][4][5] |
1725年、すでに知られていた音楽を出版する
ヴィヴァルディは、ヴェネツィア出身の作曲家で、優れたヴァイオリニストでもありました。1703年には、少女たちに音楽教育を行っていたピエタ慈善院で弦楽器を教え始め、その後も同院と長く関わります。オペラや宗教音楽も手がけましたが、《四季》で前面に出るのは、ヴァイオリンの音域や運動性を知り尽くした書法です。[3]

《四季》は、最初から4曲だけの楽譜集として出版されたわけではありません。1725年にアムステルダムで刊行された、12曲からなる協奏曲集《和声と創意の試み》の冒頭に置かれていました。

献呈先のモルツィン伯爵は、プラハに楽団を持ち、ヴィヴァルディの音楽を受け取っていた支援者です。献辞には、伯爵が《四季》をすでに知っていることが記されています。ヴィヴァルディは、詩や描写の説明を添えて印刷することで、なじみの音楽も新しく感じられるだろう、という趣旨のことを伝えていました。[3]
楽譜には、音の意味を教える詩が付いている
四つの協奏曲には、それぞれソネットが添えられています。ソネットは14行からなる詩の形式で、《四季》では季節ごとの出来事が、三つの楽章に対応するように配置されています。
詩と楽譜には対応を示すアルファベットがあり、どの箇所で何を描くかを追えます。楽器のパートにも、描写する対象を示す説明が付されています。音楽の外にある情景や出来事を表す器楽曲は「標題音楽」と呼ばれ、《四季》はその初期の代表作の一つです。
詩の作者は不明です。ヴィヴァルディ自身が書いたという説はありますが、確定していません。また、音楽と詩のどちらが先にできたかも、はっきりとはわかっていません。[3][5]

聴く前に知っておきたい、独奏と合奏の仕組み
協奏曲は、独奏楽器と合奏が関わり合いながら進む音楽です。《四季》では、ひとりのヴァイオリン奏者が華やかな技巧や細かな表情を受け持ち、弦楽合奏が応答したり、背景を作ったりします。
とくに速い楽章では、冒頭で聴いた合奏の音楽が、全部または一部の形で何度も戻ってきます。その間で独奏が活躍し、新しい景色へ進む。こうした組み立てを「リトルネッロ形式」と呼びます。戻る音楽は、響く高さや長さを変えることもあります。
形式の名前を覚える必要はありません。「知っている音楽が戻った」「ここから独奏が前へ出た」という二つの変化を追えば十分です。鳥や風の描写を楽しみながら、曲の道筋もつかんでみてください。[4][5]
四つの協奏曲を、季節に沿って聴く

以下の楽章見出しは、この記事の鑑賞案内です。
《春》|鳥が歌い、山羊飼いが眠る
ホ長調、RV 269。第1楽章 Allegro/第2楽章 Largo e pianissimo sempre/第3楽章 Allegro。
第1楽章――春の喜びの間に、鳥と小川と雷が現れる
冒頭は、弦楽器がまとまって奏でる明るい音楽です。同じようなフレーズを強く、次に弱く響かせるところには、呼びかけとその反響のような楽しさがあります。
その合奏が一区切りすると、独奏ヴァイオリンに、合奏側のヴァイオリンも加わり、高い音を細かく震わせながら応答します。ここが鳥たちの歌。ひとつの長い旋律を歌うのではなく、短い声を交わすように聴くと、鳥の群れの姿がつかめます。
続いて小川の流れを思わせる細かな動きが現れ、やがて音楽は激しくなります。詩では、黒い雲が空を覆い、稲妻と雷が春の訪れを告げる場面です。速い反復音や鋭い上行が、穏やかだった景色を変えます。
嵐が静まると、鳥の声が戻ります。この楽章では、冒頭の合奏が帰ってくる場所を目印にすると、その間に挟まれた情景の違いを聴き取りやすくなります。[5]

第2楽章――眠りと葉ずれと犬を、同時に描く

ゆっくりした第2楽章では、独奏ヴァイオリンが山羊飼いの眠りを歌います。その周囲ではヴァイオリン群が枝葉のざわめきを表し、ヴィオラは犬の吠え声を繰り返します。
独奏の長い歌、ヴァイオリン群の細かな揺れ、ヴィオラの短い反復。音の長さや動きの違いに注目すると、それぞれを聴き分けやすくなります。[2][5]
第3楽章――牧歌的な踊り
終楽章で描かれるのは、ニンフと羊飼いたちの踊りです。ニンフは、古代神話に登場する自然の精霊。詩はここで、現実の田園に神話的な人物も交えています。
低音が同じ音を保つ響きには、詩に登場する牧笛、バグパイプを思わせる効果があります。鳴っているのは弦楽器など、協奏曲の編成にある楽器です。ゆったり揺れる拍子の上で、独奏が踊りを彩ります。[1]
《夏》|暑さと不安が、激しい嵐へ変わる
ト短調、RV 315。第1楽章 Allegro non molto/第2楽章 Adagio e piano – Presto e forte/第3楽章 Presto。
第1楽章――人も家畜も、暑さに力を失う
《夏》は、勢いよく始まりません。短く途切れるような音の動きが続き、詩にある、人も家畜も暑さに衰える様子が描かれます。
そこへ、カッコウ、キジバト、ゴシキヒワといった鳥の声が加わります。鳥の声だけが晴れやかに聞こえても、その周囲には暑さの重さが残っています。
そよ風が吹くと、突然、北風がそれを争うように押しのけます。独奏には、迫る嵐と自分の運命を恐れる羊飼いの嘆きも現れます。暑い日の描写が、天候の急変を待つ不安へと進む楽章です。[1][6]

第2楽章――休もうとしても、休めない
速度表示には、遅く弱い部分と、速く強い部分の交代が示されています。独奏が疲れたように歌っていても、その時間は強い響きに遮られます。
詩にあるのは、稲妻や雷への恐れと、ハエなどの虫の群れです。静かな歌が戻っても、また遮られるかもしれない。その落ち着かなさが、終楽章への緊張を保ちます。[1][6]
第3楽章――嵐が、穀物を打ち倒す
ついに、羊飼いの恐れが現実になります。激しい音型が次々と降り注ぎ、独奏と合奏が切迫した勢いで進みます。
詩の結末では、雷鳴と稲妻に続いて、雹が穀物の穂を打ち落とします。最初の楽章から続けて聴けば、暑さによる停滞が、不安を経て、止まらない急速な運動へ変わる流れを感じられます。[6]
《秋》|収穫を祝い、酔い、狩りに出る
ヘ長調、RV 293。第1楽章 Allegro/第2楽章 Adagio molto/第3楽章 Allegro。
第1楽章――村人の踊りと、酔った独奏
《秋》の始まりには、収穫を無事に終えた村人たちの歌と踊りがあります。まとまった合奏のリズムに、祭りのにぎわいを感じられます。
そこへ独奏ヴァイオリンが入り、音の進み方や速さを変えながら、酒に酔った様子を描きます。詩にある「バッカスの酒」のバッカスは、酒の神です。きちんとした踊りの中へ、足取りの乱れた人物が入り込むような、ユーモラスな場面になっています。
途中では眠りに落ちる様子も描かれ、踊りの活気と眠気が一つの楽章の中で隣り合います。[1][6]
第2楽章――祭りのあとの眠り
遅い第2楽章に入ると、歌と踊りがやみ、休息の時間になります。弦の静かな響きとゆっくり変わる和音が、先ほどのにぎわいを遠ざけます。
ここでは独奏の華やかな技巧よりも、合奏の響きの変化が耳に残ります。低音の上で和音が移るたびに、静けさの色合いが少しずつ変わります。[1][6]
第3楽章――追う者と、追われる獣
朝になると狩人たちが出かけます。詩には角笛、銃、犬が登場しますが、通常の《四季》の編成にホルンや銃声用の打楽器はありません。弦楽器が、狩りの合図や追跡の騒がしさを描き分けます。
獣は逃げ、狩人たちはその跡を追います。詩は、獣が傷つき、疲れ果てて死ぬところまで描いています。活気のある音楽を聴きながら、逃げる側の動きにも注目すると、この楽章の切迫した表情が見えてきます。[1][6]
《冬》|凍える屋外と、暖炉のそばの安らぎ
ヘ短調、RV 297。第1楽章 Allegro non molto/第2楽章 Largo/第3楽章 Allegro。
第1楽章――寒さは、身体の動きになる
冒頭では、短い音の反復が重なり、冷たい緊張が生まれます。そこへ独奏ヴァイオリンが鋭い動きで入り、風の激しさを描きます。
詩は、寒さにさらされた身体の反応を具体的に挙げています。凍えて震え、走って足を踏み鳴らし、歯をがちがち鳴らす。細かな反復を、震えや歯の動きとして受け取ると、音楽のせわしなさが具体的な感覚につながります。[4][6]
第2楽章――外では雨、内では暖炉
第2楽章に入ると、独奏ヴァイオリンが、長くなめらかな旋律を歌い始めます。その背景にあるのは、弦を指ではじくピッツィカートの伴奏です。
詩では、屋外に雨が降る間、人が火のそばで穏やかに過ごしています。伴奏の細かな雨音と、独奏の温かな歌。音が短く消える伴奏と、長くつながる旋律の違いが、二つの場所を描き分けます。
この旋律の落ち着きは、直前の震える楽章から続けて聴くと、いっそうよく感じられます。[4][6]
第3楽章――氷の上で滑り、風が争う
最後の楽章では、氷の上を慎重に歩き始めます。転ばないように進んでいた足取りが速くなり、滑って倒れ、また氷の上へ戻る。独奏の動きは、こうした不安定な身体の動きと結びついています。
やがて氷が割れ、終盤には南寄りの風シロッコや北風など、さまざまな風が争う場面が現れます。
詩の最後には、こうした冬も喜びをもたらす、とあります。音楽も、静かに春を待つようには終わらず、風の激しい運動を保ったまま結ばれます。[6]
まず聴きたい、三つの場面

音の重なりを楽しむなら、《春》第2楽章。 独奏の旋律から、伴奏の葉ずれ、ヴィオラの犬へと耳を移してみてください。静かな場面の中で、それぞれの役割を探せます。
変化を味わうなら、《夏》第2楽章から第3楽章へ。 恐れと中断を繰り返す時間が、嵐の連続的な運動へ変わる境目に注目すると、二つの楽章のつながりがつかめます。
旋律と伴奏を聴き分けるなら、《冬》第2楽章。 長く続く独奏の音と、短く消える伴奏の音。その長さや奏法の違いが、同じ場所に奥行きを作ります。
もう一歩深く楽しむ、二つの視点

二つの嵐は、同じ役割ではない
《春》と《夏》には、どちらも雷や嵐が登場します。違うのは、それぞれが曲のどこに置かれ、何がそのあとに続くかです。
《春》の嵐は第1楽章の途中にあり、やがて鳥の声が戻ります。春の穏やかさを一時的に乱す出来事として聴けます。《夏》では、羊飼いが恐れていた嵐が第3楽章を占め、穀物を打ち倒す結末へ進みます。
速い音や強い響きが表す対象だけでなく、その前後に何があるかにも耳を向けてみてください。よく似た自然現象でも、通り過ぎる騒ぎと、避けられなかった災いという違いが生まれています。[6]
四季を通して、人の身体と暮らしを聴く
詩を見渡すと、四つの季節には、踊り、眠り、疲労、恐れ、震えといった、人間の状態が数多く含まれています。
とくに違いがはっきりするのは、遅い第2楽章です。《春》では戸外でまどろみ、《夏》では休もうとしても虫や雷への恐れに妨げられ、《秋》では祝宴のあとに眠り、《冬》では火のそばでくつろぎます。
四つとも速度は遅くなりますが、安心の度合いも、周囲の物音も違います。第2楽章だけを順に聴いてみても、ヴィヴァルディが「静けさ」にいくつもの表情を与えていることがわかります。[6]
パリでの人気から、20世紀のレコードへ
出版後、これらの協奏曲は国外でも演奏され、とくにパリでは《春》が人気を集めました。公開演奏会「コンセール・スピリチュエル」でも取り上げられ、ルソーによるフルート用の編曲や、コレットによる声楽曲への転用も行われています。[5]

ただし、現在のような人気が、そのまま途切れず続いたわけではありません。ヴィヴァルディの作品の多くは、死後、演奏の機会を失い、20世紀に楽譜の研究や演奏を通じて再び広く知られるようになります。[7]
《四季》の普及を大きく後押ししたのが、レコードでした。1950年代には録音が相次ぎ、イタリアのイ・ムジチ合奏団も1955年に初めて録音します。独奏はフェリックス・アーヨ。その後も独奏者を替えながら録音を重ね、日本でも《四季》を代表する演奏団体として親しまれました。[7][8]
今日では四つを通して聴くほか、独立した3楽章の協奏曲として、一つの季節だけを楽しむこともできます。[4]
聴き比べるときは、速さだけでなく、音の切り方にも注目してみてください。《冬》の震えを短く鋭く刻むか、音を少しつないで響かせるか。《春》の犬をどの程度前へ出すか。同じ描写でも、奏者の選択によって印象が変わります。
IMSLPの《四季》案内ページから、各協奏曲の楽譜掲載ページへ進めます。[9]
参考資料
[1] Barbican:Vivaldi’s Four Seasons
季節ごとの描写、独奏と合奏、牧歌的な響き。
[2] Los Angeles Philharmonic:The Four Seasons
《春》第2楽章の楽器ごとの描写。
[3] Hyperion Records:Violin Concerto in E major “Spring”, RV269/David Vickers解説
ピエタとの関わり、1725年の出版、モルツィン伯爵、献辞、詩の作者。
[4] Chamber Music Society of Lincoln Center:Vivaldi: The Four Seasons, Op. 8 Nos. 1–4
作品番号、編成、構成、楽曲の独立性。
[5] Musikproduktion Höflich:Il cimento dell’armonia e dell’inventione, Op.8/Clémence Destribois解説
出版資料、詩と楽譜の対応、《春》の音楽的特徴、フランスでの受容。
[6] Museo della Musica:Le quattro stagioni/イタリア語ソネット原文
全12楽章の速度表示、各季節の場面。本文の詩の説明は、原文の内容を日本語で要約したものです。
[7] Decca:I Musici, Vivaldi & Verdi: The Four Seasons/Tully Potter解説
死後の受容、20世紀の録音とイ・ムジチの1955年録音。
[8] Universal Music Japan:イ・ムジチの《四季》〜オリジナル・ジャケット・コレクション
初録音年、録音の継続、日本での人気。
[9] IMSLP:《春》RV269
初版パート譜の掲載先と利用条件表示。
図解・画像について
図解は鑑賞案内です。イラストは創作のイメージで、史料画像には作者・年代・利用条件と出典を添えています。
ヴィヴァルディの肖像 — François Morellon la Cave/1725/PD-old-100
作品8 第1巻の表紙 — Michel-Charles Le Cène(出版)/1725/CC0 1.0
春のソネット 初版 — 作者不詳/Michel-Charles Le Cène(出版)/1725/CC0 1.0
春 初版パート譜の冒頭 — Antonio Vivaldi/Michel-Charles Le Cène(出版)/1725/PD-old-100 / Public Domain Mark
夏 第1楽章 第26〜30小節 — Antonio Vivaldi(作曲)/譜例作成者不詳/作品1725年以前/譜例作成年不詳/PD-old-70-expired / Public Domain Mark
ジャン=ジャック・ルソーの肖像 — Maurice Quentin de La Tour/1753/PD-Art / PD-old-100-expired


