チャイコフスキー《ロメオとジュリエット》解説|祈りと争いの中で響く、愛の旋律

石造りの回廊で見つめ合う若い二人
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チャイコフスキーの幻想序曲《ロメオとジュリエット》には、恋人たちの思いを歌う、有名な「愛の主題」があります。甘く伸びやかなその旋律を、一度は耳にしたことがあるかもしれません。

全曲を聴くと、旋律が現れるまでに、ずいぶん違う音楽を通ることに気づきます。低い木管による厳かな祈り。弦楽器が激しく動く争い。そして、緊張がほどけた後に始まる、柔らかな歌。

約20分の中で、愛の旋律がどのように表情を変えるのか。その変化を、祈りや争いの音楽とともに追ってみましょう。[3][4]

1分でわかる《ロメオとジュリエット》

幻想序曲《ロメオとジュリエット》は、シェイクスピアの悲劇を題材にした管弦楽曲です。29歳のチャイコフスキーが1869年に作曲し、1870年と1880年の改訂を経て、現在よく演奏される姿になりました。

聴くポイントは、修道士ローレンスに結びつく祈り、敵対する両家の争い、恋人たちの愛という三つの音楽です。物語を一場面ずつ再現する代わりに、異なる性格の主題を対比させ、重ねながら悲劇へ進みます。

まず注目したいのは、激しい音楽が静まり、イングリッシュホルンとヴィオラが愛の主題を歌い始めるところです。その控えめな登場を覚えておくと、後半の高まりと、終結部の追悼を思わせる響きが、いっそう印象に残ります。[1][3][4]

まず聴くならここ|愛の主題の初登場

速い争いの音楽が収まり、滑らかな旋律が静かに始まるところを探してみてください。少し鼻にかかったような木管の音と、柔らかな弦の音が一緒に聞こえます。

ここでは、有名な旋律を最初から大きく歌わせず、イングリッシュホルンと弱音器つきのヴィオラに任せています。まずはこの音色を覚えてから、先へ進んでみましょう。[3]

基本情報

項目内容
作曲者ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
作品名幻想序曲《ロメオとジュリエット》
原題Ромео и Джульетта
作品目録番号TH 42/ČW 39。作品番号Op.はありません
原作ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ロメオとジュリエット』
作曲・改訂1869年作曲、1870年・1880年改訂
初演1870年3月16日、モスクワ。ニコライ・ルビンシテイン指揮による初稿
この記事で扱う版通常演奏される1880年の最終稿
献呈先ミリイ・バラキレフ
構成切れ目のない単一楽章。ゆっくりした序奏、速い主部、終結部からなります
演奏時間約20分
編成木管・金管・打楽器・ハープ・弦楽合奏による管弦楽

「序曲」は、本来、オペラや劇の前に演奏する音楽の呼び名です。この作品は、その名前を持ちながら、一曲で完結する演奏会用の管弦楽曲として書かれています。[1][7]

腕を組んだ若いチャイコフスキーの写真
チャイコフスキー(1868年)。撮影者不詳。作曲の前年の肖像。パブリックドメイン。 出典:Wikimedia Commons

どんな物語?|敵同士の家に生まれた二人

舞台はイタリアのヴェローナ。モンタギュー家とキャピュレット家は、長く争いを続けています。

モンタギュー家の息子ロメオと、キャピュレット家の娘ジュリエットは恋に落ちます。二人は修道士ローレンスの助けを借り、家族に知らせず結婚しました。

ところが、町の争いでロメオの友人が殺されます。怒ったロメオは相手を討ちますが、その人物はジュリエットのいとこでした。この事件によってロメオは町を追放され、二人は離れ離れになります。

両親から別の相手との結婚を迫られたジュリエットは、ローレンスに助けを求めました。そこで立てられたのが、薬で一時的に死んだような状態になり、墓に運ばれた後、目覚めてからロメオと落ち合う計画です。

しかし、計画を知らせる手紙はロメオに届きません。ジュリエットが本当に死んだと思った彼は、墓で命を絶ちます。目覚めたジュリエットも、亡くなったロメオを見つけ、その後を追いました。

二人の死を知り、両家はようやく争いをやめます。[6]

バルコニーで別れを惜しむロメオとジュリエットを描いた絵画
フランク・バーナード・ディクシー《ロメオとジュリエット》(1884年)。サウサンプトン市立美術館蔵。原作の一場面を描いた絵画。パブリックドメイン。 出典:Wikimedia Commons

曲の中で大きな役割を担うのは、この物語から選ばれた、ローレンス、両家の対立、恋人たちの愛です。

作曲のきっかけは、バラキレフの提案

題材だけでなく、曲の組み立てまで

1869年、チャイコフスキーに『ロメオとジュリエット』を勧めたのは、作曲家ミリイ・バラキレフでした。

バラキレフは、ボロディンやムソルグスキーら「ロシア五人組」の中心人物です。音楽院で学んだチャイコフスキーはこの集団の一員ではありませんでしたが、バラキレフと交流し、作曲への助言を受けていました。[5]

長い髭をたくわえたバラキレフの写真
ミリイ・バラキレフ(1860年代)。撮影者不詳。パブリックドメイン。 出典:Wikimedia Commons

助言は、題材の選択から、具体的な構成や調の関係にまで及びます。修道士を表す序奏を置き、速い音楽で争いを描き、対照的な主題に愛を託す。その構想を、チャイコフスキーは受け入れました。

1869年11月9日付の手紙では、全体の設計がバラキレフによることを認めています。同じ手紙で彼は、まだ完成していない作品を厳しく批評されると、気落ちして先へ進めなくなるため、仕上げてから見せたいとも伝えました。[2]

厳しい批評の中で、愛の音楽は評価された

主題を受け取ったバラキレフは、序奏に厳しい意見を返しました。修道士ローレンスを表すには、もっと宗教的な性格のはっきりした音楽が必要だと考えたのです。

一方、愛を表す部分の旋律には賛辞を送りました。作品全体の形に注文をつけながらも、その歌う力は認めていました。[1]

チャイコフスキーは、1870年の改訂後の手紙で、序奏では一つの魂が天を目指して祈る姿を表したかったという趣旨を説明しています。バラキレフの助言を受けながら、自分が描きたい響きを探っていました。[1]

手紙に残るこの考えを知ると、冒頭の和音の動きにも、祈る者の息づかいを重ねて聴くことができます。

音楽をたどる|祈り、争い、愛が交わる約20分

祈り、争い、愛、主題の交錯、再登場と高まり、追悼と結末の順で曲の流れを示す図
全曲の流れと聴く目印。タップすると拡大できます。

以下の区分と見出しは、切れ目なく続く曲を追うための、この記事の鑑賞案内です。

1.低い木管による、厳かな祈り

冒頭を受け持つのは、クラリネットとファゴットです。中低音の和音がゆっくり移り変わり、聖歌やオルガンを思わせる響きをつくります。この、声をそろえて歌うような音楽を「コラール風」と呼ぶことがあります。[3]

最初に聴きたいのは、音が一つのまとまりになって動く感触です。一つの旋律が前へ出るというより、いくつかの音が支え合いながら進みます。

ローレンスと結びつく厳かな響きにも、次第に緊張が加わります。序奏の表情が変わっていくのを聴きながら、速い主部への移り変わりを追ってみてください。

2.弦楽器が走り出し、両家の争いへ

速い主部に入ると、弦楽器の細かな動きによって、音楽が一気に切迫します。

短い音のまとまりが鋭く投げ返され、強いアクセントやシンバルの響きが加わります。ゆっくりした祈りの後に聞くと、音が落ち着く間もなく次の動きが迫ってくるようです。[3][8]

ここに描かれているのは、モンタギュー家とキャピュレット家の対立です。両家に別々の旋律が与えられるというより、衝突そのものが、激しい動きとリズムで表されます。

3.柔らかな音色で現れる、愛の主題

争いの勢いが収まると、音楽は長い息で歌い始めます。

イングリッシュホルンは、オーボエの仲間の木管楽器です。その少し暗く柔らかな音色が、ヴィオラの中音域と溶け合い、愛の主題を奏でます。ヴィオラには、弦の振動を抑えて響きを和らげる「弱音器」がつけられています。[3]

この部分では、最初の旋律だけでなく、続く弦楽器の歌にも耳を向けてみてください。柔らかな響きの中で、思いが少しずつ深まるように、音楽がつながっていきます。[5][8]

先ほどまでの短く鋭い応酬に対し、ここでは一つの歌が長く続きます。その呼吸の違いが、争いの中に生まれた二人だけの時間を感じさせます。

4.祈りと争いが、同じ流れの中へ

穏やかな愛の音楽の後に、再び緊張が戻ります。争いの動きに加え、冒頭で聴いた祈りの主題も現れ、それぞれの音楽が関わりながら大きな高まりをつくります。[4][8]

このように、すでに出てきた主題を変化させたり、組み合わせたりして音楽を進める部分が「展開部」です。

冒頭で落ち着いて聞こえた祈りの音楽が、ここでは激しい流れの中へ入ってくる。その響きの変化が、聴く目印になります。

5.愛の旋律が、オーケストラいっぱいに広がる

後半では、争いの主題に続いて、愛の音楽も戻ってきます。初めの控えめな登場に比べると、楽器の響きは豊かになり、旋律は大きな高まりへ向かいます。[3]

旋律を取り巻く響きも厚くなり、歌が強い力で押し出されます。最初の親密な音色を覚えていると、その広がりをいっそう感じられます。

やがて激しい音楽が再び迫り、恋人たちの歌は、悲劇的な頂点へ巻き込まれていきます。

6.失われた二人を悼む終結部

激しい動きの後、音楽は遅い歩みに変わります。ティンパニの静かな打音が重なり、愛の音楽も、今度は追悼を思わせる響きで戻ってきます。[3][4]

先ほどまでの高まりを知っているため、ここでの旋律には、二人が生きて思いを交わしていた時間を振り返るような寂しさが感じられます。

終わりには長調の響きが置かれます。ここに、原作の最後に訪れる両家の和解を重ねる聴き方もあります。[5]

最後には、強い和音が打ち込まれます。穏やかな響きの後に、この厳しい終わり方が置かれるため、安らぎと痛みの両方が残ります。[3]

まず聴きたい三つの場所

夕暮れの石畳に落ちた深紅の布
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冒頭|木管がつくる、合唱のような響き

旋律の形よりも、音が一緒に動く感触に注目してみましょう。後の激しい部分との違いが、この曲の振れ幅を教えてくれます。

愛の主題の再登場|最初との音色の違い

前半で覚えた歌が、後半でどれほど広がるかを聴き比べます。旋律を受け持つ楽器だけでなく、その下で支えている響きへも耳を向けると、音楽の厚みがわかります。

終結部|ティンパニが刻む、遅い歩み

旋律より先に、低く刻まれる音を追ってみてください。愛の音楽が戻っていても、足元の歩みが変わることで、曲の時間が大きく変わったように感じられます。

なぜ、物語の順番どおりに進まないのか

石造りの礼拝堂にともる二本のろうそく
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出来事の順序より、音楽の対立を生かす

シェイクスピアの戯曲は、両家に属する者たちの争いから始まります。チャイコフスキーは、その前に祈りの音楽を置きました。また、舞踏会や乳母とのやり取りなど、原作にある場面の多くは、独立した場面としては登場しません。[5][6]

白い襟をつけたシェイクスピアの銅版画
原作者シェイクスピアの肖像。マーティン・ドルーシャウト、1623年。パブリックドメイン。 出典:Wikimedia Commons

この曲の組み立ては、大きくは「ソナタ形式」に基づいています。性格の異なる主題を示し、それらを変化させて緊張を深め、後半でもう一度戻す形式です。

この作品では、争いと愛の音楽が対照的な二つの主題を担います。後半で戻ってきたときに、前半との違いを感じ取れるのは、一度それぞれの性格を聴いているからです。[5]

原作で二人を隔てる両家の争いが、音楽では愛の歌を取り巻く激しい主題として働きます。

争いと愛には、遠く隔たった調が選ばれている

争いの主部はロ短調、最初の愛の主題は変ニ長調です。二つは、音楽の調の関係として遠い場所にあります。この選択にも、バラキレフの助言が反映されています。[2][4]

愛の主題が現れたときに、音楽全体の色合いが変わったように感じられるのは、速さや楽器だけでなく、この調の切り替わりも関わっているためです。

敵対する家の事情から離れ、二人の思いへ耳が向く。その変化を、チャイコフスキーは、旋律と音色、そして調の関係を組み合わせて生み出しています。

初演から最終稿へ|二度の改訂で整えられた結末

最初の版は1869年に完成し、翌1870年3月16日、モスクワでニコライ・ルビンシテインの指揮により初演されました。

青い上着を着たニコライ・ルビンシテインの油彩肖像
初稿を指揮したニコライ・ルビンシテイン。セルゲイ・グリブコフ画、1870年代。パブリックドメイン。 出典:Wikimedia Commons

チャイコフスキーは後の手紙で、作品は成功せず、注目されなかったと報告しています。一方、バラキレフの周囲の音楽家たちは楽譜を評価していました。初演の反応と、作品を手に取った同業者たちの反応は、同じではなかったのです。[1]

1870年夏、チャイコフスキーは序奏を新しく書き、中間部分を大きく改め、後半の愛の主題の楽器の使い方も見直します。この第2稿が初演されたのは、1872年でした。[1]

1880年には終結部を中心に再び改訂しました。最初の作曲から約十一年を経て、通常演奏される最終稿に至ります。

この改訂には出版事情も関わっています。初版を扱うドイツの出版社が、ロシアでの販売をベッセルに任せていたことに、チャイコフスキーは不満を抱いていました。彼が望んでいたのは、ユルゲンソンを通じて作品を届けることでした。[1]

1884年には、この曲に500ルーブルの賞が与えられています。初演で十分な反応を得られなかった作品も、改訂と演奏を重ねる中で、評価を得ていきました。[1]

1869年作曲、1870年初稿初演と改訂、1872年第2稿初演、1880年最終稿、1884年受賞の年表
初演した年と改訂した年を区別した年表。タップすると拡大できます。

次に聴くときは、愛の歌を支える音にも

最初は、有名な愛の旋律を目印にするだけでも、全曲を追うことができます。

もう一度聴くときは、その歌の下で鳴っている音に耳を向けてみてください。柔らかく支える響き、厚みを増していく伴奏、終結部の遅い打音。同じ旋律でも、何と一緒に鳴るかによって、親密さ、切迫感、追悼の表情が生まれます。

愛の主題が戻ってくるたびに、何が変わったのか。それを聴くことが、この約20分を、ひと続きのドラマとして味わう入口になるでしょう。

楽譜でも確かめるなら

IMSLPの作品ページ

参考資料

[1] Tchaikovsky Research:Romeo and Juliet
作曲・改訂、初演、献呈、編成、バラキレフとの往復書簡、受容、出版事情、1884年の受賞。日付は新暦に統一。

[2] Tchaikovsky Research:Letter 156
1869年11月9日付、バラキレフ宛書簡。構成と調の助言、作曲途中の批評についての本人の説明。

[3] Indianapolis Symphony Orchestra:Romeo and Juliet
冒頭と愛の主題の楽器、主題の再登場、終結部。改訂年などの成立情報は[1]と照合。

[4] Nashville Symphony:Romeo and Juliet Fantasy Overture
主題の性格、調の関係、悲劇へ向かう流れ。

[5] Los Angeles Philharmonic:Romeo and Juliet, Fantasy Overture
バラキレフとの関係、原作と音楽形式の関係、管弦楽法、結末の解釈。

[6] Shakespeare Birthplace Trust:Romeo and Juliet
原作の筋、人物関係、結末。

[7] IMSLP:《ロメオとジュリエット》作品ページ
各稿の楽譜掲載先。通常演奏される最終稿は「3rd Version (1880)」です。

[8] St. Louis Symphony Orchestra:Tchaikovsky’s Romeo and Juliet
序奏の性格、争いと愛の音楽、展開部での主題の関わり。

図解・画像について

図解の区分は、音楽の流れを追うための鑑賞案内です。写真風の情景は創作イメージで、史料ではありません。歴史資料の画像には、作者・年代・出典を添えています。

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作品解説
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