古い礼拝堂から始まる、四つの楽章の旅

静かな旋律が、低めの落ち着いた響きの始まり。華やかなファンファーレも、勢いよく走り出すリズムもありません。メンデルスゾーンの《交響曲第3番「スコットランド」》は、どこか遠い過去に耳を傾けるような音楽で幕を開けます。
その始まりにつながったのは、20歳のときに訪れたスコットランドでした。エディンバラの古い礼拝堂を見た彼は、家族への手紙に交響曲の着想を記しています。けれども、作品の完成は約13年後。旅先で生まれた短い旋律は、中断を挟みながら大きな交響曲に育ちました。
重々しい第1楽章のあとには、軽快な踊りや、ゆったりした歌が続きます。それぞれの表情を楽しみながら、音楽がどのようにつながっていくのかを追ってみましょう。
音楽と映像で、作品の魅力をさらに深く。YouTube「クラシック音楽の事件簿」でもご紹介しています。
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1分要約 / 基本情報 / 成立背景 / 楽章別ガイド / 聴きどころ / 深く楽しむ視点 / 楽譜を見る
1分でわかる、この作品
メンデルスゾーンの《交響曲第3番「スコットランド」》は、スコットランド旅行で着想された交響曲です。発想のきっかけは、エディンバラにあるホリールード宮殿と、隣接する礼拝堂の廃墟でした。
全曲は四つの楽章からなり、楽章の間に通常の長い休止を置かずに演奏するよう求められています。厳かな序奏から激しい音楽へ進む第1楽章、クラリネットが軽やかに歌う第2楽章、穏やかな旋律と重い行進曲風の音楽が交替する第3楽章を経て、終楽章へ。最後には速い流れが収まり、堂々とした長調の旋律が全曲を締めくくります。
最初の目印は、第2楽章のクラリネット。短い楽章から親しみ、全曲へ進むと、同じ作品の中にある表情の幅がよくわかります。
まず聴くなら、第2楽章
短い導入のあと、クラリネットが弾むような旋律を奏でます。速く動く弦楽器を背景に、旋律がくっきり浮かぶところに注目してください。
作品の基本情報
| 作曲者 | フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ |
| 作品名 | 交響曲第3番 イ短調 Op.56「スコットランド」 |
| 原題・作品目録番号 | Symphonie Nr. 3 a-Moll, Op. 56 / MWV N 18 |
| 成立 | 1829年に着想。1842年1月20日に完成、その後も改訂 |
| 初演 | 1842年3月3日、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス。作曲者自身の指揮 |
| 献呈 | イギリスのヴィクトリア女王 |
| 構成・演奏時間 | 全4楽章、約35〜40分。 |
| 編成 | フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、ティンパニ、弦楽器 |
| この記事で扱う版 | 現在一般的に演奏される1843年の出版稿 |
「第3番」という番号は、作曲した順番ではありません。《スコットランド》は、一般に番号付きで知られる五つの交響曲のうち、最後に完成した作品です。第4番《イタリア》や第5番《宗教改革》は、それより前に書かれています。

古い礼拝堂で生まれた着想
ホリールードで見つけた、交響曲の始まり
1829年、メンデルスゾーンは初めてイギリスを訪れ、ロンドンで演奏活動を行いました。その後、友人のカール・クリンゲマンとスコットランドへ旅に出ます。
エディンバラで訪れたのが、スコットランド女王メアリーゆかりのホリールード宮殿でした。隣接する礼拝堂は屋根を失い、草や蔦が生い茂っていました。7月30日付の家族への手紙には、その場所の印象とともに、《スコットランド交響曲》の始まりを見つけたと思う、という言葉が残されています。このとき書き留めた音楽が、後の交響曲の序奏につながりました。

この経緯を知って冒頭を聴くと、暗く落ち着いた音色や、ゆっくり進む旋律に、古い建物の静けさを重ねたくなります。
イタリアでは遠のいた、スコットランドの気分
着想を得ても、作曲はすぐには進みませんでした。後にイタリアへ旅したメンデルスゾーンは、現地の季節や風景に心を奪われ、霧深いスコットランドの気分に戻れないと家族に伝えています。
その間に交響曲《イタリア》の作曲が進み、《スコットランド》の構想はいったん脇に置かれました。本格的な仕上げが進んだのは1841年から1842年にかけてです。完成時の作曲者は32歳になっていました。
初演後も、演奏を通して磨き直した
1842年3月3日、ライプツィヒで作曲者自身の指揮により初演され、好評を受けて2週間後には再演されています。メンデルスゾーンは、その短い間にも改訂を加えました。同年6月にはロンドンでも自身の指揮で演奏し、出版に向けてさらに仕上げを進めます。
現在一般的に聴かれるのは、1843年に作曲者が出版を認めた稿です。
四つの楽章をたどる鑑賞ガイド

以下の小見出しは、この記事の鑑賞案内です。作曲者が各楽章に付けた標題ではありません。
第1楽章|静かな序奏が、激しい流れにのみ込まれる
Andante con moto — Allegro un poco agitato
冒頭では、ヴィオラを中心に木管楽器やホルンが重なり、低めの音域に厚みのある響きをつくります。いくつもの楽器が、落ち着いた声で一緒に歌うような音楽です。そこへヴァイオリンの訴えかけるような動きが入り、序奏の中にも少しずつ起伏が生まれます。
速い主部に入ると、旋律は揺れるようなリズムに乗って進みます。弱い音で始まるため、勢いよく飛び出すというより、内側から落ち着かなさが広がっていくように聴こえます。旋律を伸びやかに歌う部分を挟みながら、音楽は次第に力を増していきます。
とりわけ終盤では、弦楽器の動きが激しくなり、嵐を思わせる大きなうねりに達します。その勢いのまま終わるかと思うと、再び現れるのが序奏の音楽です。冒頭の厳かな響きが戻り、第1楽章を静かに閉じます。
最初の旋律を細部まで追わずとも、ゆっくりした歩みと音色を覚えておくと、戻ってきたことに気づきやすくなります。
第2楽章|クラリネットが連れてくる、軽快な踊り
Vivace non troppo
第1楽章の重い空気から一転し、短い音が軽やかに動き始めます。その中から顔を出すのが、クラリネットの親しみやすい旋律です。
旋律だけでなく、その下を細かく走る弦楽器にも耳を向けてみてください。クラリネットがひと息で歌っている間も、伴奏は忙しく動いています。歌のまとまりを保ちながら、音楽が軽快に前へ進むところが魅力です。
クラリネットで始まった旋律に弦楽器の旋律も応じ、音色を変えながら活発に進みます。短い楽章の中で楽器の受け渡しが続いたあと、そのまま第3楽章へつながります。
第3楽章|長く歌う弦と、歩みを刻む音
Adagio
第3楽章では、音楽の呼吸が大きく広がります。弦楽器の旋律がゆっくり歌い、その下では弦を指ではじく短い音が伴奏を刻みます。
旋律と伴奏の音の長さが違うため、歌は伸びやかに聴こえながら、音楽の歩みははっきり保たれています。穏やかな旋律を追うだけでなく、その下で何が鳴っているかを聴くと、この楽章のつくりがよくわかります。
やがて、管楽器を中心とする、重い足取りの音楽が現れます。柔らかく歌う部分に対して、こちらは行進曲のようにリズムを刻む響きです。なめらかな歌と、重く歩むような音楽の交替が、ゆったりした楽章に緊張と変化を生んでいます。
第4楽章|激しい疾走の先に、別の歩調の歌が現れる
Allegro vivacissimo — Allegro maestoso assai
終楽章では、弦楽器が鋭いリズムで走り出します。第2楽章の軽快さとは違い、音の輪郭が強く、前へ押し出す力に満ちた始まりです。
作曲者はこの楽章に「戦闘的に」という性格も与えています。旋律が次々に現れ、楽器同士が応じ合う中で、緊張の高い音楽が続きます。特定の戦争や戦闘場面をたどる筋書きはなく、強いアクセントと、止まらず進むリズムがその性格を伝えます。
大きな転換は、最後の部分にあります。それまでの速い音楽が静まり、テンポと拍子が変わると、イ長調の堂々とした旋律が現れます。細かく刻んでいた動きから離れ、ひとつの旋律を大きなまとまりで歌う音楽です。
低めの音域から響きが広がるため、人々が声をそろえて歌い始めたようにも感じられます。そこへ楽器が加わり、全曲は力強く締めくくられます。
まず聴きたい三つの場面

1.第1楽章の冒頭と、終わり近くを聴き比べる
最初のゆっくりした音楽が、激しい主部を経て戻ってくるところを探してみてください。テンポが落ち、音の密度が変わることも目印になります。
2.第3楽章で、旋律から伴奏へ耳を移す
ヴァイオリンの長い歌を聴いたあと、下で鳴る短い音へ注意を移してみましょう。一度に全部を聴こうとせず、聴く対象を変えると、重なっている音の役割が見えてきます。
3.第4楽章の最後で、速さと拍子の変化を捉える
最後の旋律だけを取り出さず、直前の速い部分から続けて聴くのがおすすめです。切り替わった瞬間に気づけると、結尾の広がりがよく伝わります。
「スコットランド」らしさは、どこから聴こえる?

民謡を知らなくても、踊りの感触が伝わる
第2楽章のクラリネットには、素朴な歌や踊りを思わせる親しみやすさがあります。その背景には、五つの音を中心に組み立てる「五音音階」や、短い音から長い音へ跳ねるようなリズムなど、スコットランドの伝統音楽に通じる特徴があります。
「スコットランド」という呼び名は、作曲者自身が手紙などで使っていたものです。一方、出版された楽譜の表題には掲げられていません。
楽器や旋律の動きだけではなく、景色を思い浮かべながら聴くこともおすすめです。題名を知ったうえで、自分の耳には何が印象に残るかを探してみましょう。
楽章の境目も、音楽の流れとして聴く
メンデルスゾーンは、楽章の間に通常の休止を置かないよう求めています。独立した四つの曲として区切らず、前の響きが耳に残ったまま次の表情に出会う構成です。
第1楽章の終わりで音楽が静まると、その先から第2楽章の細かな動きが生まれます。第3楽章のゆったりした歌のあとには、第4楽章の鋭い勢いが続きます。曲が終わったかどうかを判断するための間を置かないので、静けさから軽快さへ、落ち着きから緊張へと移る変化を続けて感じられます。
楽譜を探してみる
▶ IMSLPで《交響曲第3番「スコットランド」》の楽譜を見る
次に聴くときは、冒頭の響きを覚えておく
初めて全曲を聴くなら、冒頭のゆっくりした旋律と、低めの落ち着いた音色を覚えておいてください。そのあとに続く軽快な踊りや長い歌、激しい疾走が、いっそう鮮やかに感じられます。聴き終えたあとに冒頭へ戻ると、全曲の中でこの静かな始まりがどんな位置を占めていたかも確かめられます。
参考資料と画像出典
ボストン交響楽団:Symphony No. 3, Scottish — 旅行、着想、献呈、楽章間の連続、各楽章の特徴。
LSO Live/Hyperion:Mendelssohn — Symphonies & Overtures — 手紙の内容、イタリアでの中断、構成。
The Glasshouse/Royal Northern Sinfonia:Mendelssohn’s Scottish Symphony — 第2楽章、終楽章の結尾。
新交響楽団:交響曲第3番「スコットランド」1842年ロンドン稿 — 楽器の役割、成立日、編成、版の相違。
ベーレンライター:交響曲第3番 校訂版解説 — 初演後の改訂、1842年と1843年の版。
IMSLP:Symphony No. 3, Op. 56 — 楽章表記、総譜・パート譜、編成。


