ベートーヴェン《交響曲第1番》解説|明るい音楽に隠れた、驚きと遊び心

最初の一音から、少しだけ予想が外れる

音楽の始まる部屋をイメージした創作画像。

ベートーヴェンの交響曲と聞くと、力強い音、激しい感情、大きなクライマックスを思い浮かべるかもしれません。ところが、第1番を聴くと、明るく引き締まった音楽の中に、思わず耳をそばだてたくなる瞬間が次々と現れます。

始まりでは、和音がひとつ鳴って、次の響きへ進む。これから大きな曲が始まるはずなのに、どこか、すでに続いていた音楽へ途中から入ったような感触があります。第3楽章では「メヌエット」という名前から想像するより、ずっと速く音楽が駆け出す。そして最後の楽章では、ヴァイオリンが少しずつ音階を登り、なかなか本格的に走り始めません。

この曲の面白さは、聴き手が次を予想したところで、その予想を少しずらすことにあります。古典的な四楽章の中で、ベートーヴェンはどこに自分の声を忍ばせたのでしょうか。入口の和音から最後の疾走まで、耳で追いかけてみましょう。

1分でわかる / 誕生の背景 / 四つの楽章 / まず聴きたい場面 / 二つの視点 / 初演と出版

1分でわかる、交響曲第1番

ベートーヴェンの《交響曲第1番》は、1799〜1800年に作曲され、1800年4月2日にウィーンで初演された、ハ長調の四楽章の作品です。演奏時間は約25分。明るい響きと整った構成の中に、予想をずらす工夫が詰まっています。第1楽章は、主調に落ち着くまで少し遠回りする序奏から、勢いのある音楽へ。第2楽章では、穏やかな歌が声部を渡りながら重なります。第3楽章は、メヌエットという名前でも驚くほど快活。そして第4楽章は、短い音階で聴き手を待たせてから、軽やかに走り出します。初めてなら、冒頭の和音、弦と木管の受け渡し、最後の楽章の助走に注目すると、作品の個性がつかめます。

まず聴くなら、第4楽章の冒頭。ヴァイオリンが登る音の数を少しずつ増やし、速い主部へ入る瞬間まで聴いてみてください。短い入口だけでも、この曲の遊び心に触れられます。

基本情報

作品名交響曲第1番 ハ長調 作品21
作曲者ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770–1827)
原題Symphonie Nr. 1 C-Dur, op. 21
作曲時期1799〜1800年
初演1800年4月2日/ウィーン、旧ブルク劇場
献呈ゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵
構成全4楽章
編成フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペット各2、ティンパニ、弦楽合奏
演奏時間約25分。テンポや反復の扱いで変わります。
この記事の対象管弦楽の原曲全4楽章。ピアノ編曲や抜粋ではありません。

作曲・初演・献呈はベートーヴェン・ハウス、編成と演奏時間はロサンゼルス・フィルの作品資料などで確認しています。[1][2]

ウィーンで名前を築いた青年が、交響曲へ進む

1800年4月、初演を迎えたベートーヴェンは29歳でした。すでにピアニスト、即興演奏家、作曲家としてウィーンで活動しており、交響曲第1番は、音楽家としての最初の作品ではありません。ピアノ曲や室内楽などで経験を重ねた人物が、大きな管弦楽の舞台へ進んだ作品です。

彼がボンを離れてウィーンへ向かったのは1792年。そこでハイドンに学び、演奏活動と作曲を通じて自分の場所を築いていきました。交響曲の世界には、ハイドンとモーツァルトの豊かな蓄積があります。ベートーヴェンが第1番を書くころ、四つの楽章をどのように配置し、速い楽章と穏やかな楽章をどう組み合わせるかという、聴き手にも親しみのある枠組みがありました。[2]

第1番は、その枠組みを生かします。急速な第1楽章、落ち着いた第2楽章、舞曲の位置にある第3楽章、快活な終楽章。全体を見渡せば、形はつかみやすい。その中で、入口の響き、強弱の変化、楽器の受け渡しに耳を向けると、一つずつ小さな驚きが見つかります。

成立の歩みをたどる資料には、現在まで伝わるものと、失われたものがあります。この作品の完全な自筆総譜は現存していません。ベートーヴェン・ハウスの解説では、1795〜96年の交響曲の試みに触れ、後に第1番へ取り入れられた素材も説明されています。完成作の背後には、数年にわたる交響曲への関心がありました。[1]

ベートーヴェンの肖像(ヨハン・ヨーゼフ・ナイドル、1801年)。シュタインハウザーの原画に基づく版画。PD-old-100-expired/PD-Art。 出典:Wikimedia Commons

四つの楽章を、音楽の流れに沿って聴く

四つの楽章の特徴と、最初に耳を向けたい場所。

以下の短い副題は、この記事の鑑賞案内であり、作曲者による楽章の標題ではありません。

第1楽章|落ち着く場所を探してから、走り出す

Adagio molto — Allegro con brio
ハ長調/ゆっくりした序奏を伴うソナタ形式

冒頭で鳴るのは、ド・ミ・ソにシ♭が加わった和音。そこからファ・ラ・ドの和音へ進みます。曲全体はハ長調ですが、最初の二つの和音は、ヘ長調へ向かう動きを作っています。入口で主調を安定させず、先へ続く感覚を生む仕掛けです。

一つ目の響きに、次を求める感じがあるか。その後も、音楽が落ち着くまで先へ進む感じが続くか。そこを聴くと、短い序奏にも動きがあることがわかります。

冒頭の二つの和音。音名の図は構成音を示し、実際の音域や配置は省略しています。

やがて速い主部に入り、弦が引き締まった主題を示します。ここでは、旋律の形とともに、音の立ち上がりを聴いてみましょう。同じ速度で演奏されていても、音の頭がくっきりすると、進む力が強く感じられます。

その勢いの中に、木管が歌う場面が現れます。とくにオーボエとフルートのやり取りは、音色の変化を追いやすい場所です。旋律を「高い音」として一括りにせず、少し芯のある響きから、軽い響きへ受け渡されるところに耳を向けてください。

中ほどでは、初めに聴いた素材が短く区切られ、響く場所を変えながら進みます。そして最初の主題が戻ると、聴き手にも一つの帰着点が生まれる。提示、展開、再現というソナタ形式の大きな流れは、この「紹介される、動き回る、戻ってくる」という感覚からつかめます。

第2楽章|穏やかな歌が、少しずつ重なる

Andante cantabile con moto
ヘ長調/ソナタ形式

第1楽章の締めくくりから、空気がやわらぎます。第2楽章の始まりを受け持つのは、第2ヴァイオリン。控えめな歌が差し出され、ほかの声部が加わるにつれて、音楽の厚みが増していきます。

ここでは、一番上の旋律だけを追う聴き方から、少し耳を広げてみてください。先に始まった歌へ、後から別の歌が入ってくる。その重なりを聴くと、穏やかさの中にも、音楽が組み上がっていく楽しさがあります。

速度表示には「歌うように」を意味する cantabile と、「動きをもって」を意味する con moto が含まれます。長く引き伸ばした旋律に浸るというより、歌いながら歩みを進める音楽として聴くと、細かなリズムが生きてきます。

もう一つの注目点は、ティンパニです。力強い終結の場面だけに耳を向けていると、この楽章での存在は見落としやすいかもしれません。穏やかな響きの中に低い打音が加わると、足元に小さな輪郭が生まれます。旋律の歌と、その下にあるリズムを交互に追ってみましょう。

第3楽章|メヌエットが、こんなに速く駆ける

Menuetto. Allegro molto e vivace
ハ長調/メヌエットとトリオ

「メヌエット」という見出しから、ゆったりと身を運ぶ三拍子を想像したら、始まった瞬間に印象が変わるでしょう。音楽は短い動きを束ね、非常に快活に進みます。Allegro molto e vivace は、速さと生き生きした性格を求める表示です。

この楽章は、スケルツォの性格を持つものとしてよく説明されます。大切なのは名前の分類だけでなく、何がそう感じさせるか。速い歩み、はっきりしたアクセント、まとまった音の応答を聴くと、三拍子が大きな身ぶりへ変わる感覚がつかめます。

中間のトリオでは、木管のまとまった響きと、弦の細かな動きの対照に注目してみてください。前後の音楽と比べて、どの楽器が面を作り、どの楽器が動きを作っているでしょうか。音量だけでなく、音色の組み合わせが場面を切り替えます。

トリオが終わると、最初の音楽が戻ります。「もう知っている音楽」が再び駆け出すので、二度目は勢いの中にある区切りやアクセントへ耳を向けられます。短い楽章でも、戻ってくることが鑑賞の楽しさを増やすのです。

第4楽章|待たせたあとで、軽やかに解き放つ

Adagio — Allegro molto e vivace
ハ長調/ゆっくりした序奏を伴うソナタ形式

最後の楽章は、まず全体の強い響きで注意を引きます。その後、ヴァイオリンが短い音階をゆっくり登り始める。少し登っては、また出直す。次はもう少し先へ。音の並びが長くなるにつれて、「今度こそ始まるだろうか」という期待が育ちます。

難しい旋律を用意しなくても、待つ時間と、届く高さを少しずつ変えるだけで、音楽には表情が生まれます。序奏が何秒続いたかより、一回ごとの上行がどこまで届いたかを聴いてみてください。

序奏の音階の助走を示す概念図。音価・反復・実際の音域を完全に写した楽譜ではありません。

快速の主部へ入ると、それまで慎重に登っていた音の動きが、明るい旋律の勢いへつながります。この切り替わりを聴くと、ゆっくりした入口が、後の速さをいっそう鮮やかに感じさせていたことがわかります。

主部でも、細かな弦の動きと、まとまった管弦楽の響きが交代します。音の密度が高まるところ、軽くなるところ、その後で再び勢いが集まるところ。最後まで同じ強さで走る音楽として聴くより、力が出入りする様子を追う方が、輪郭がよく見えます。

締めくくりでは、ハ長調の明るい響きがはっきりと定まります。始まりで少し遠回りした曲が、最後には確かな足取りで終わる。冒頭と終結を聴き比べると、全曲を一度通して聴いた満足感にもつながります。

まず聴きたい、三つの場面

木管の音色をイメージした創作画像。楽器の細部を学ぶための資料ではありません。

全曲を聴く時間が取れないときは、次の三か所から入ってみましょう。それぞれ、響き・速度・期待という違う入口があります。

第1楽章の最初の二つの和音曲のいちばん初め。最初の響きが、次の和音を求める感じを聴く。
第3楽章の始まり楽章のいちばん初め。速い三拍子を、細かな拍と大きなまとまりの両方で感じる。
第4楽章の序奏から主部へ最初の全体の響きに続くヴァイオリンの音階。上行が伸び、快速へ変わる瞬間を聴く。

もう一歩深く楽しむ、二つの視点

少しずつ期待が育ち、音楽が走り出す感覚を描いたイメージ。

音量より先に、楽器の役割を聴く

この曲で管楽器に耳を向けると、弦の旋律に色を添える役割だけではなく、歌を受け取る、まとまった響きを作る、弦と応答する、といった働きが見えてきます。

同じ旋律でも、どの楽器が受け持つかで、聴こえ方は変わります。また、一つの楽器の線が見える場面と、複数の楽器がひとまとまりになる場面でも印象は違います。音が大きいか小さいかに加えて、「今、誰が前にいるか」を追ってみてください。

第1楽章のオーボエとフルート、第2楽章で重なる声部、第3楽章のトリオ。それぞれで、旋律と音色の受け渡し方を比べると、四楽章が同じ顔をしていないことに気づきます。

驚きは、直前の音楽との関係で生まれる

第1楽章の速い主部は、ゆっくりした序奏の後に来ます。第3楽章の快活さは、穏やかな第2楽章を聴いた後では、いっそう鮮明です。第4楽章の疾走も、少しずつ登る入口を経ているからこそ、解き放たれる感じが強くなります。

つまり、名場面の魅力には、その前に何を聴いたかも関わります。短い抜粋で作品を知ったら、次はその少し前から聴いてみる。さらに一つ前の楽章まで戻ってみる。そうすると、同じ箇所でも感じ方が変わります。

第1番は、四つの楽章を順に聴きやすい長さの作品です。全曲を通すと、入口の落ち着かなさ、穏やかな歌、急速な三拍子、最後の快活さが、一つの流れとして耳に残ります。

初演で耳を引いた、管楽器の存在感

1800年4月2日、ウィーンの旧ブルク劇場で開かれたベートーヴェン自身の演奏会には、モーツァルトの交響曲、ハイドン《天地創造》の一部、ベートーヴェンの協奏曲や七重奏曲などが並びました。その場で新しい交響曲が披露されます。先輩たちの音楽とともに、自分の作品を大きな公開の場へ出したのです。[1]

当時の『一般音楽新聞』の評は、この交響曲の技巧、新しさ、発想の豊かさを評価する一方、管楽器の使用が多すぎるという趣旨の指摘を残しています。演奏会全体への好意的な反応と、作品の響きへの注文が同じ評の中にあるのが興味深いところです。[2]

現代の耳には、弦と木管が交代する響きが自然に感じられるかもしれません。けれども、当時の評を知ってから聴くと、管楽器がどれほど前へ出ているかに関心が向きます。歴史的な記録が、聴く場所を一つ増やしてくれるのです。

作品のパート譜は1801年に出版され、献呈先はファン・スヴィーテン男爵となりました。ベートーヴェン・ハウスによれば、当初はボン時代の支援者マクシミリアン・フランツへの献呈を考えていましたが、1801年の死去を受け、献呈先を変更しています。初演を終えた作品も、出版されるまでに、人とのつながりを映す歩みを重ねていました。[1]

楽譜でも見てみる:IMSLPの《交響曲第1番》作品ページには、パブリックドメインと表示された旧版総譜が掲載されています。「Scores」から版を選べます。冒頭の和音や第2楽章の声部を、音と照らし合わせる入口になります。

次に聴くときは、「予想が変わる瞬間」を

まずは第4楽章の短い序奏から。次に第1楽章の入口。そして時間が取れたら、四つの楽章を通して聴いてみてください。初めから細部を全部覚える必要はありません。

一度目は、速さと音色が変わる場所を追う。二度目は、旋律を受け取る楽器に注目する。そのたびに、同じ音楽から別の輪郭が見えてきます。

交響曲第1番の入口では、最初の和音が次へ進む力を持っています。最後の楽章では、少しずつ登った音階が、快活な音楽へつながる。曲を聴き終えたあと、もう一度冒頭へ戻ると、短い始まりにもベートーヴェンの工夫が詰まっていたことを感じられるでしょう。

参考資料・図解と画像について

[1] Beethoven-Haus Bonn:Symphony no. 1 (C major) op. 21
初演、成立資料、初期の交響曲の試み、献呈、出版。

[2] Los Angeles Philharmonic:Symphony No. 1 in C major, Op. 21(John Henken)
編成、演奏時間、ウィーンでの活動、当時の批評の紹介。

[3] Boston Baroque:Program Notes(Martin Pearlman)
初演、伝統との関係、自筆譜の喪失を照合。

[4] Eastman School of Music:Beethoven Symphony Basics
楽章の調性・形式、冒頭の和声、第2楽章の声部、第3・第4楽章の音楽上の特徴を照合。

[5] Indianapolis Symphony Orchestra:Symphony No 1(Marianne Williams Tobias)
第1楽章の管楽器の対話、第2・第3楽章の特徴を照合。

[6] IMSLP:Symphony No.1, Op.21
原曲の楽章表記、旧版総譜の掲載先と利用条件表示。

[7] Wikimedia Commons:Stainhauser, Niedl – Beethoven.png
1801年のナイドル版画、作者、原画との関係、PD-old-100-expired/PD-Art。

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