チャイコフスキー《くるみ割り人形》解説|あらすじと聴きどころ、全曲と組曲の違い

クリスマスの夜、音楽が部屋の大きさを変える

クリスマスの夜のイメージ。

クリスマスツリーが大きくなり、おもちゃの兵隊が動き出す。少女が見慣れた部屋は、ねずみの軍勢と戦う場所へ変わっていきます。

チャイコフスキーのバレエ音楽《くるみ割り人形》には、「花のワルツ」や「金平糖の精の踊り」など、単独でも親しまれている曲が数多くあります。そして全曲をたどると、そうした踊りへ着くまでの音楽にも引き込まれます。にぎやかな家庭の時間が静まり、夜の気配が忍び込み、やがて雪の森が広がる。その変化を、オーケストラが描いていくのです。

この記事では、バレエ全曲版のOp.71を中心に、物語と音楽を一緒にたどります。演奏会でよく聴く組曲Op.71aとの違いも整理しておきましょう。

1分でわかる、この作品

《くるみ割り人形》は、クリスマス・イヴに贈られた人形を大切にする少女クララの、不思議な冒険を描くバレエです。夜中に動き出したおもちゃとねずみが戦い、クララはくるみ割り人形の危機を救います。
王子の姿になった人形に導かれ、二人は雪の森を抜けてお菓子の国へ。金平糖の精に歓迎され、さまざまな踊りを楽しみ、最後は華やかな祝祭で結ばれます。
魅力は、場面ごとに変わるオーケストラの響きです。第1幕では日常の部屋が幻想の世界へ変わり、第2幕では踊りの個性が次々に現れます。最初に聴くなら、澄んだチェレスタが印象的な「金平糖の精の踊り」へ。全曲では、合唱が加わる「雪片のワルツ」も聴き逃せません。[1][3]

まず聴くならここ――金平糖の精の踊り

弦をはじく小さな音の上に、澄んだ旋律が浮かびます。主役を担うチェレスタは、鍵盤で金属の音板を打つ楽器です。音の輪郭ははっきりしているのに、響きにはやわらかさがあり、この短い踊りだけでもお菓子の国の不思議な雰囲気を味わえます。[5]

基本情報と登場人物

項目内容
作曲者ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840–1893)
作品名バレエ音楽《くるみ割り人形》Op.71
原題Щелкунчик(フランス語表記:Casse-Noisette)
作曲1891–1892年
初演1892年12月18日、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場
初演指揮リッカルド・ドリゴ
台本イワン・フセヴォロシスキー、マリウス・プティパ
振付プティパの構想をもとに、初演はレフ・イワーノフが担当
原作との関係E・T・A・ホフマンの物語を、アレクサンドル・デュマの翻案を経てバレエ化
構成全2幕3場。序曲と第1~15番からなり、各番号の中に複数の踊りを含む
編成大編成の管弦楽。チェレスタ、ハープ2台などを含み、「雪片のワルツ」には歌詞のない合唱が加わる
演奏時間音楽のみで約85~95分が目安。
関連作品作曲者自身による組曲《くるみ割り人形》Op.71a(全8曲)

登場人物の中心は、少女クララ、くるみ割り人形、贈り物を持ってくる不思議な大人ドロッセルマイヤー、敵のねずみの王様、そしてお菓子の国の金平糖の精です。フリッツはクララのきょうだいで、第1幕のパーティーに登場します。

主人公をマリーと呼ぶ版もあり、クララと金平糖の精を別の人物として踊るか、成長した主人公に重ねるかも演出によって異なります。以下ではクララと金平糖の精を別の人物として扱う、広く知られた筋立てを案内します。[1][9]

成立背景――舞台の注文と、秘密にしたかった楽器

《くるみ割り人形》は、《白鳥の湖》《眠れる森の美女》に続く、チャイコフスキー最後のバレエです。帝室劇場総裁フセヴォロシスキーの依頼を受け、オペラ《イオランタ》と同じ晩に上演する作品として準備されました。

チャイコフスキーの肖像(ニコライ・クズネツォフ、1893年)。作曲翌年の肖像画。Public domain/PD-Art。 出典:Wikimedia Commons

原作は、ホフマンの《くるみ割り人形とねずみの王様》。バレエの台本は、デュマによる翻案を踏まえてまとめられています。原作にある、人形がその姿になったいきさつなどは大幅に省かれ、第1幕にクリスマスの集まりと冒険、第2幕にお菓子の国の踊りが置かれました。


原作者E・T・A・ホフマンの自画像(1822年以前)。1920年刊の作品集に掲載された資料。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

チャイコフスキーはホフマンの物語を評価していましたが、舞台用に整理された台本には不満がありました。プティパからは踊りの拍子や長さまで細かな指定があり、作曲は順調に進んだわけではありません。1891年春にはアメリカへの演奏旅行も控えており、作曲家は上演を翌シーズンへ延期してほしいと願い出ています。帰国後に作業を進め、翌1892年に管弦楽の総譜を仕上げました。[1]

マリウス・プティパ(1890〜1895年撮影)。1898年2月14日付の献辞付き。撮影者不詳。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

音色の工夫で特に知られるのが、当時まだ珍しかったチェレスタの採用です。

チャイコフスキーは出版社のユルゲンソンに、パリから楽器を取り寄せるよう依頼します。その際、サンクトペテルブルクでは秘密にしておいてほしいとも頼みました。リムスキー=コルサコフやグラズノフが知り、自分より先にその音色を使うことを気にしていたのです。[4]

この澄んだ響きは、金平糖の精を描く音として作品に組み込まれました。チャイコフスキーは《地方長官》でもチェレスタを用いていますが、「金平糖の精の踊り」は、その音色を広く知らしめた代表的な音楽となります。[5]

あらすじと音楽をたどる鑑賞ガイド

全曲の流れ。図をタップすると拡大できます。

序曲――小さな世界に似合う軽い響き

幕が開く前に流れる序曲は、すばやく動く弦と木管が印象的です。重い低音で舞台を構えるような始まり方ではなく、細かな音が軽やかに行き交います。

この序曲では、チェロとコントラバスが使われません。低い弦の厚みを外すことで、オーケストラ全体が小ぶりになったような響きが生まれます。これから動き出す人形や子どもたちに似合う音の大きさ、と捉えて聴いてみるのもよいでしょう。[3]

第1幕・前半――贈り物と、壊れた人形

クリスマス・イヴ。家族や客が集まる部屋で、子どもたちはツリーや贈り物に胸を躍らせています。「行進曲」では、弾むリズムと短く区切られた旋律が、子どもたちの活発な動きに重なります。

そこへ現れるのがドロッセルマイヤーです。彼は仕掛け人形などを披露し、クララには兵隊姿のくるみ割り人形を贈ります。口の部分でくるみの殻を割る人形ですが、フリッツが大きなくるみを割ろうとして壊してしまいます。

クララは悲しみ、壊れた人形を抱いていたわります。やがてパーティーが終わり、客たちは帰り、子どもたちも寝る時間になります。[1]

この前半では、踊りの曲の間にも場面をつなぐ音楽が続きます。陽気な集まりの中にドロッセルマイヤーの少し不気味な気配が入り、人形の登場で空気が変わる。曲名のある踊りだけを追うより、音楽の調子が切り替わるところに注目すると、人物の登場も分かりやすくなります。

第1幕・夜――ツリーが伸び、ねずみが現れる

人形が気になったクララは、夜中に部屋へ戻ってきます。すると、見慣れた空間が変わり始め、ツリーが巨大になっていきます。

ここで耳を向けたいのは、弦の上へ向かう動きと、次第に厚くなるオーケストラです。舞台ではツリーが伸び、音楽では響きの規模が増していく。音だけで聴いても、周囲が自分より大きくなっていく感覚を受け取れる場面です。

ねずみの軍勢が押し寄せると、おもちゃの兵隊とくるみ割り人形が戦います。鋭い合図や太鼓の響き、せわしなく動く音楽が、静かな夜を戦いの場へ変えます。くるみ割り人形が危うくなったところで、クララはねずみの王様にスリッパを投げつけます。ねずみの王様が倒され、戦いは終わります。

助けられた人形は王子の姿へ変わり、クララを自分の国へ招きます。[1][4]

第1幕・終わり――冬の森と雪片のワルツ

戦いを抜けると、二人の前には雪に覆われた森が広がります。「冬の松林の情景」では、それまでの細かな動きから、息の長い旋律へと音楽の幅が変わります。ハープを伴う豊かな響きに、舞台の奥まで景色が開けていくような広がりがあります。

続く「雪片のワルツ」は、静かに舞い落ちる雪だけを思わせる音楽ではありません。細かな音が飛び交い、勢いを増すところでは、雪が渦を巻くようにも感じられます。

そこに加わるのが、歌詞のない合唱です。人の声が意味を語らず、管弦楽の中に一つの音色として入り込みます。声が聴こえ始めるところを目印にすると、第1幕の終わりで響きがどれほど変わったかを感じ取りやすくなります。[1][3]

第2幕・前半――お菓子の国で迎えられる二人

クララと王子は、お菓子の国に到着します。二人を迎える金平糖の精に、王子はねずみとの戦いや、クララに助けられたことを伝えます。人々は彼女の勇気に感謝し、歓迎の宴を開きます。

ここからは、さまざまな踊りを楽しむ時間になります。このように独立した踊りを並べる部分を、バレエでは「ディヴェルティスマン」と呼びます。

踊り耳を向けたいところ
チョコレート〈スペインの踊り〉トランペットの明るい響きとカスタネットの歯切れ
コーヒー〈アラビアの踊り〉低く持続する響きと、ゆるやかに揺れる旋律
お茶〈中国の踊り〉高い笛の音と、低音の短い動きの組み合わせ
トレパーク〈ロシアの踊り〉強い拍の勢いと、終わりへ向かう加速
葦笛の踊りフルートの軽快な重なりと、中間部の響きの変化
ジゴーニュおばさんと道化たち次々に動きが切り替わる、にぎやかな曲調

国名は、19世紀の舞台で異国の雰囲気を表すために使われたものです。例えば「アラビアの踊り」にはジョージアの子守歌が用いられています。[2]

短い踊りが続くこの部分では、ひとつの響きに耳がなじむ頃に、次の楽器、次のリズムが現れます。

第2幕・後半――花のワルツからパ・ド・ドゥへ

小さな踊りが続いた後、「花のワルツ」で音楽の規模が大きくなります。ハープの華やかな独奏を経て、ホルンがゆったりと旋律を歌い出します。弦や木管も加わり、三拍子の流れを保ちながら、音色と厚みが変わっていきます。

続く大きな見せ場が、金平糖の精と相手役による「パ・ド・ドゥ」です。クララを案内した王子と、金平糖の精の相手役を別々の人物にする版もあります。パ・ド・ドゥは二人の踊りを指しますが、ここでは二人で踊る部分に、それぞれの独舞と締めくくりのコーダが組み合わされています。

最初のゆったりした部分では、チェロから始まる下降する旋律が、次第に大きな響きへ育ちます。明るく軽い踊りを聴いてきた耳には、その重みが際立つでしょう。その後、男性の独舞、金平糖の精の独舞、コーダへと進みます。有名な「金平糖の精の踊り」は、この大きなまとまりの一部です。[2][9]

最後は「終幕のワルツとアポテオーズ」。アポテオーズとは、登場人物や世界をたたえる壮麗な締めくくりを指します。宮廷の人々が最後のワルツに加わり、クララをたたえる華やかな情景の中で幕が下ります。[1][9]

まず聴きたい3つの場面

雪の森のイメージ。

1.ツリーが大きくなる場面――変化を途中で切らずに聴く

第1幕第6番の夜の場面です。大きく盛り上がる瞬間だけでなく、その前の静けさから続けて聴くのがおすすめです。パーティーの後の部屋が、どのように別の世界へ変わるかを追えます。

2.雪片のワルツ――合唱を一つの楽器として聴く

第1幕第9番です。合唱が入ってきたら、声だけを追うのに加え、管弦楽と混ざった響きにも耳を向けてみてください。

3.パ・ド・ドゥの冒頭――金平糖の精の独舞より前から

第2幕第14番の冒頭、アンダンテ・マエストーソです。映像で見る場合は、ゆったりした旋律に合わせて、二人がどのように支え合い、姿勢を保ち、動きをつないでいくかにも注目してみましょう。

全曲Op.71と組曲Op.71aは、何が違う?

全曲と組曲の違い。図をタップすると拡大できます。

チャイコフスキーはバレエの音楽から8曲を選び、演奏会用の組曲Op.71aを作りました。初演は1892年3月19日で、バレエ全曲の初演より先です。

組曲の曲順は、次のとおりです。

  1. 小序曲
  2. 行進曲
  3. 金平糖の精の踊り
  4. ロシアの踊り〈トレパーク〉
  5. アラビアの踊り
  6. 中国の踊り
  7. 葦笛の踊り
  8. 花のワルツ

組曲は20~25分ほどで聴けます。全曲の筋書きを順番に短縮したものではなく、曲順を組み替え、演奏会で楽しめるようにまとめた抜粋です。「金平糖の精の踊り」が早い位置に置かれ、最後は「花のワルツ」で結ばれます。[8]

ツリーが大きくなる場面、「冬の松林の情景」「雪片のワルツ」、パ・ド・ドゥのゆったりした冒頭などは、この組曲に入っていません。組曲を聴いて気に入った方は、全曲版で第1幕の後半をたどると、新しく出会う音楽が多いはずです。

深く楽しむ視点――音楽が、過ぎた場面を思い出させる

お菓子の国のイメージ。

《くるみ割り人形》では、新しい踊りが次々に現れる一方で、前に聴いた音楽が戻ってくる場面もあります。

分かりやすいのは、第2幕で王子がねずみとの戦いを語るところです。踊り手は言葉を発しませんが、第1幕で聴いた戦いの音楽が戻ることで、何を振り返っているのかが音からも伝わります。

終幕のアポテオーズでも、第2幕の初めにお菓子の国を描いた音楽が戻ってきます。最初は未知の国へ到着した場面で聴いた響きを、今度は祝祭の締めくくりとして聴くことになります。[2]

こうしたつながりは、曲を一つずつ取り出すと気づきにくい部分です。全曲を聴くときは、「新しい音楽が始まったか、それとも前の場面を思い出させているか」と耳を向けると、踊りの間にも物語のつながりを見つけられます。

初演とその後――音楽と舞台、それぞれの広がり

初演の振付を担当したレフ・イワーノフ(1885年頃)。撮影者不詳。Public domain(PD-RusEmpire)。 出典:Wikimedia Commons

1892年12月、マリインスキー劇場で初演された《くるみ割り人形》は、現在のようなクリスマスの定番として迎えられたわけではありません。豪華な舞台や音楽への評価がある一方、劇の構成や戦闘場面などには批判があり、反応は分かれました。

《くるみ割り人形》第1幕、1892年の初演時の舞台写真。撮影者不詳/マリインスキー劇場アーカイヴ。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

組曲が先に演奏会で成功した後も、バレエ全体が国際的な定番になるまでには時間がかかりました。

20世紀にはさまざまな振付家が上演を重ねました。中でも1954年に初演された、ジョージ・バランシンによるニューヨーク・シティ・バレエ版は大きな成功を収め、アメリカでの定着に重要な役割を果たしています。[6]

上演を重ねる中で、クララの年齢、ドロッセルマイヤーの役割、王子との関係にも、さまざまな解釈が加えられてきました。同じ音楽を使いながら、主人公の夢や成長をどう描くかに、振付家ごとの考えが表れます。

次に聴くときは、第1幕の夜から

「花のワルツ」や「金平糖の精の踊り」に親しんだら、次はパーティーが終わった後の音楽を続けて聴いてみてください。

部屋が静まり、ツリーが大きくなり、戦いの後に冬の森が開ける。その流れを経てお菓子の国へ着くと、よく知っている踊りも、長い旅の先で出会った音楽として聴こえてきます。

チャイコフスキーの生涯|官吏から作曲家へ、名曲を生んだ53年の歩み
チャイコフスキーの生涯を、官吏から音楽家への転身、メック夫人の支援、三大バレエ、交響曲《悲愴》までたどります。代表曲の聴きどころと年表も紹介。

楽譜を見たい方へ

IMSLPで《くるみ割り人形》Op.71の楽譜を見る

参考資料・画像について

[1] Tchaikovsky Research:The Nutcracker
成立過程、編成、初演、原台本の筋立てと結末。

[2] Boston Symphony Orchestra:The Nutcracker, Act 2
第2幕の楽器、各曲の構成、音楽の再登場、初演の反応。

[3] St. Louis Symphony Orchestra:The Nutcracker
全曲の鑑賞ガイド、序曲の編成、ツリーの成長と雪の音楽。

[4] Los Angeles Philharmonic / Hollywood Bowl:Selections from The Nutcracker
舞台の流れ、チェレスタの手配に関する手紙、花のワルツ。

[5] Schiedmayer Celesta:Celesta – Instrument, History, Sound & More
チェレスタの発音構造と使用史。

[6] The George Balanchine Foundation:The Nutcracker 1954
バランシン版の初演と成功。

[7] IMSLP:The Nutcracker (ballet), Op.71
全曲版の掲載総譜、編曲、曲目構成。

[8] IMSLP:The Nutcracker (suite), Op.71a
組曲8曲の曲順、初演日、演奏時間。

[9] Royal Ballet and Opera:The Nutcracker
クララと金平糖の精の別配役、パ・ド・ドゥの構成、上演の解釈。

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