ベートーヴェン《第九》〈歓喜の歌〉歌詞・日本語対訳と解説|なぜ「友よ」と呼びかけるのか

なぜ〈歓喜の歌〉は、「この響きではなく」と始まるのか

「この口づけを、世界中へ」。歌詞の抱擁から着想した情景。

管弦楽が激しい響きを放った、その直後。低い独唱の声が、思いがけない言葉を歌います。「友よ、このような響きではなく!」

ベートーヴェン《第九》の第4楽章は、誰もが知る〈歓喜の歌〉へたどり着くまでに、いったん音楽の向きを変えます。そして一人の声から始まった呼びかけが、合唱へ、人類へ、星空の上へと広がっていく。

「すべての人は兄弟となる」という有名な一節も、その旅の途中にあります。何を越えて、人々は結びつくのか。ドイツ語の歌詞をたどると、耳になじんだ旋律の中に、友情の喜びも、孤独の痛みも、自然の生命力も聞こえてきます。

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1分でわかる内容 / 全4楽章の流れ / 歌詞と対訳・単語 / 核心の一節 / 聴きどころ / 歌唱のヒント / 成立背景

ベートーヴェン《第九》の基本情報

項目内容
作曲ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770–1827)
正式な作品名交響曲第9番 ニ短調 作品125/Symphonie Nr. 9 d-Moll, op. 125
通称《第九》《合唱付き》。〈歓喜の歌〉は第4楽章で歌われるシラーの詩と、その有名な旋律を指す呼び名
作詩フリードリヒ・シラー(1759–1805)「An die Freude(喜びに寄せて)」から選択。冒頭の呼びかけはベートーヴェン自身の言葉
作曲・初演・出版主な作曲は1822–1824年。初演は1824年5月7日、ウィーンのケルントナートーア劇場。総譜初版はショット、1826年
分類・編成全4楽章の交響曲。管弦楽に、第4楽章でソプラノ・アルト・テノール・低声独唱、混声合唱が加わる
歌詞の言語ドイツ語
演奏時間全曲はおよそ1時間強〜75分、第4楽章はおよそ20〜25分が目安。参照したルネ・レイボヴィッツ/ロイヤル・フィルの収録例は全曲61分18秒、第4楽章22分08秒
参照楽譜IMSLP掲載、カール・ライネッケ編の第4楽章ピアノ伴奏付き声楽譜(Breitkopf & Härtel、V.A.1295)

この記事では、全曲の流れを押さえたうえで、第4楽章の歌詞と声楽部分を中心に読みます。[1][2][3][8]

1分でわかる《第九》――一人の呼び声が、世界を抱きしめるまで

第1楽章では、輪郭の定まらない響きから力強い音楽が立ち上がります。第2楽章は鋭いリズムで駆け、第3楽章は長く息をつくような旋律を広げる。ところが第4楽章に入ると、その静けさを破る激しい響きが鳴ります。過去の楽章の音楽が姿を見せ、低い弦楽器が語るように応じたあと、あの〈歓喜の歌〉の旋律が静かに生まれます。

やがて独唱が「友よ」と呼びかけ、合唱が加わります。喜びは人を結び、友情と愛を祝わせ、自然の中の命を満たす。足取りの軽い行進曲を経て、歌は「何百万もの人々よ、抱きしめられよ」と世界へ向かい、星空の上に創造主を求めます。最後には、喜びへの賛歌と人類への抱擁が一つの大きな音楽になり、全曲を閉じます。

全4楽章の流れ――合唱が現れるまでに、何を聴いているのか

楽章耳を向ける場所
第1楽章
Allegro ma non troppo, un poco maestoso
弱い、開かれた響きから強烈な主題へ。まずは冒頭で、音楽の輪郭が現れる瞬間に耳を向ける。
第2楽章
Molto vivace
スケルツォ。短い音型が駆け巡り、ティンパニが鋭く応じる。中間部では音楽の表情が和らぐ。
第3楽章
Adagio molto e cantabile
ゆったりと歌う旋律が、形を変えながら続く。第4楽章の大きな転換を、静かな時間の中で待つ。
第4楽章
Presto から始まる終楽章
激しい導入、過去の楽章の回想、器楽の〈歓喜〉主題、独唱と合唱へ。声楽が入ってからも、行進曲、荘厳な合唱、複雑な声の重なりへ姿を変える。

第4楽章が強く心に残るのは、そこまでに聴いた三つの楽章を背負っているからです。全曲を聴くときは、合唱が入る直前までの長い時間も、一緒にたどってみてください。[2][5]

〈歓喜の歌〉ドイツ語歌詞と日本語対訳

第4楽章で歌われる文章を、新しい歌詞が初めて登場する順に並べました。各区間の下から、全単語を対象とした単語・文法表を開けます。同じ語は初出にまとめ、意味や文法の働きが変わるときに説明を補っています。日本語訳は原文から作成した独自訳です。

原語はライネッケ編の参照楽譜に照合し、Heiligthum、getheilt などの旧綴りを残しています。大文字・小文字と句読点は、対訳として読みやすい形に整理しました。楽譜の反復や声部ごとの重なりは、対訳の後にある「後半の歌詞は、こう戻る」で案内します。[1]

声の登場|「友よ」と呼びかけ、音楽の向きを変える

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

ドイツ語日本語訳
O Freunde, nicht diese Töne!おお友よ、このような響きではなく!
Sondern lasst uns angenehmere anstimmen,もっと心地よい響きを、ともに歌い始めよう、
und freudenvollere.そして、もっと喜びに満ちた響きを。
Freude! Freude!喜びよ! 喜びよ!

最初に聞こえる人の声は、喜びを説明する前に、いま鳴っている音楽へ働きかけます。「友よ」と呼ばれるのは、舞台上の特定の登場人物ではありません。この呼びかけは、演奏する人と聴く人を一緒に巻き込む入口として聞けます。続く「Freude!」は、独唱と合唱の低声が交わす短い呼び声です。[1]

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原文の語・辞書形/構成意味と、この歌詞での働き
O感嘆・呼びかけの語。「おお」。
Freunde → Freund友人。複数形で呼びかけ。「友たちよ」。
nicht否定。「〜ではない」。ここでは動詞が省略された、響きへの否定。
diese → dieserこの/これらの。Töne に合わせた複数形。
Töne → Ton音、響き。複数形。
sondern〜ではなく、むしろ。nicht と対応し、次に選ぶものを示す。
lasst → lassen〜させる。2人称複数の命令形。lasst uns +不定詞で「私たちで〜しよう」。
uns → wir私たちを。lasst uns の目的語。
angenehmere → angenehmより心地よい。比較級。省略された Töne に対応する複数・対格の形。
anstimmen歌い始める、音を合わせて鳴らし始める。不定詞。
undそして。二つの性質や文をつなぐ。
freudenvollere → freudenvollより喜びに満ちた。Freude(喜び)+voll(満ちた)。比較級で、Töne を補って読む。
Freude喜び。女性名詞。ここでは擬人化された喜びへの呼びかけ。

詩の第1連|喜びが、人々をもう一度結び合わせる

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

ドイツ語日本語訳
Freude, schöner Götterfunken,喜びよ、神々の美しい火花よ、
Tochter aus Elysium,エリュシオンから来た娘よ、
Wir betreten feuertrunken,私たちは炎に酔いしれて足を踏み入れる、
Himmlische, dein Heiligthum!天上の存在よ、あなたの聖域に!
Deine Zauber binden wieder,あなたの魔法は、もう一度結び合わせる、
was die Mode streng getheilt;世の慣わしが厳しく隔てていたものを。
Alle Menschen werden Brüder,すべての人は兄弟となる、
wo dein sanfter Flügel weilt.あなたの優しい翼がとどまるところで。

喜びは、神々の世界から来た娘として呼ばれます。Elysium は、古代ギリシア神話に由来する幸福な死後の世界。ここで喜びが起こす奇跡は、「再び結び合わせる」ことです。Mode はこの文脈では世の慣わしや社会の習わしを指し、訳では人を隔てる力が伝わる言葉を選びました。[1][4]

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原文の語・辞書形/構成意味と、この歌詞での働き
schöner → schön美しい。呼びかける男性名詞 Götterfunken に付く形。比較級「もっと美しい」ではない。
Götterfunken → Götter + Funke神々の火花。Götter は Gott(神)の複数。Funke は火花。詩では男性名詞 Götterfunken の形。
Tochter娘。喜びを呼び直している。
aus〜から。3格を取る前置詞。
Elysiumエリュシオン。幸福な死後の世界を表す固有名詞。
wir私たちは。betreten の主語。
betreten〜に足を踏み入れる。現在・1人称複数。目的語は次行の dein Heiligthum。
feuertrunken → Feuer + trunken炎に酔った。Feuer は火、trunken は酔った。主語 wir の状態を表す。
Himmlische → himmlisch天の、天上的な。女性形を名詞化し、喜びを「天上の存在よ」と呼ぶ。
dein / deine → deinあなたの。喜びに対する2人称単数の所有語。Heiligthum は中性単数、Zauber は複数。
Heiligthum → Heiligtum聖域、聖所。参照楽譜の旧綴り。betreten の目的語・4格。
Zauber魔法、魅惑の力。ここでは複数で binden の主語。
binden結ぶ、結び合わせる。現在・3人称複数。
wieder再び、もう一度。
was〜するもの。関係節を作り、binden の目的語になる。後続節内でも getheilt の対象。
die女性単数の定冠詞。Mode の前では主格。
Mode慣わし、時代の習わし。ここでは社会が作った隔たりに関わる語。
streng厳しく、厳格に。getheilt を説明する。
getheilt → teilen分けた、隔てた。geteilt の旧綴り。過去分詞で、hat が省略されている。
alleすべての。Menschen を限定する。
Menschen → Mensch人、人間。複数で werden の主語。
werden〜になる。現在・3人称複数。ここでは未来を作る助動詞ではなく「なる」の意味。
Brüder → Bruder兄弟。複数形。主語 Menschen の変化の結果を示す。
wo〜するところで。場所を導く関係副詞。
sanfter → sanft優しい、穏やかな。男性単数・主格の Flügel に付く形。比較級ではない。
Flügel翼。単数で weilt の主語。
weilt → weilenとどまる、居る。現在・3人称単数。

詩の第2連|たった一人でも、結びつく相手がいるなら

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

ドイツ語日本語訳
Wem der große Wurf gelungen,大きな幸運に恵まれた人は、
eines Freundes Freund zu sein,一人の友の友となることができた人は、
Wer ein holdes Weib errungen,愛しい妻を得た人は、
mische seinen Jubel ein!その歓声を、ここに加えよ!
Ja, wer auch nur eine Seeleそう、この地上で、ただ一人の心でも、
sein nennt auf dem Erdenrund!自分に結ばれたものと呼べる人は!
Und wer’s nie gekonnt, der stehleそして、それが一度もできなかった人は、
weinend sich aus diesem Bund.涙を流しながら、この輪からそっと立ち去れ。

世界規模の理想が、ここでは一人の友、一人の伴侶へと近づきます。大勢の知り合いを持つ必要はなく、「ただ一人の心」でもよい。ところが、そのすぐ後に「涙を流しながら立ち去れ」という厳しい言葉が現れます。この一節もベートーヴェンは歌わせています。友情を祝う輪の明るさと、そこに入れない孤独とが、同じ歌の中で隣り合うのです。[1]

最初の二行は一つの文です。語順を整えると「Wem es gelungen ist, eines Freundes Freund zu sein …」という関係になります。対訳では二行をつないで、友情を得た人への呼びかけとして読んでください。

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原文の語・辞書形/構成意味と、この歌詞での働き
wem → wer〜する人に。関係代名詞・3格。gelingen は成功する人を3格で示す。後続の mische とつながる。
der男性単数の定冠詞。der große Wurf は主格。後半の der stehle の der は「その人は」と受け直す指示代名詞。
große → groß大きな。Wurf に付く弱変化の形。
Wurf投げること、成功した大きな成果。der große Wurf は、ここでは友情を得た大きな幸運を表す。
gelungen → gelingen成功した。過去分詞で ist が省略されている。
eines → einある一人の。男性単数・2格で Freundes に付く不定冠詞。
Freundes → Freund友人の。単数・2格。次の Freund を限定する。
Freund友人。eines Freundes Freund で「一人の友の友」。相互の友情を表す。
zu sein → zu + sein〜であること。zu は不定詞を導く語、sein は「〜である」。前の Wurf の内容を説明する。
wer〜する人は。関係代名詞・主格。
einある一人の。中性名詞 Weib の4格の不定冠詞。
holdes → hold愛しい、優美な。Weib に付く中性単数・4格。
Weib女性、妻。ここでは伴侶・妻。詩が書かれた時代の語感で読む。
errungen → erringen勝ち得た、手に入れた。過去分詞。hat が省略されている。
mische → mischen混ぜよ、加えよ。接続法I・3人称単数による願望・命令。
seinen → seinその人自身の。Jubel に付く男性単数・4格の所有語。
Jubel歓声、歓喜。mische の目的語。
ein → einmischenmische … ein で、歓声を輪に加える。離れて置かれた動詞の前綴り。
jaそう、まさに。続く呼びかけを強める。
auch〜も。nur とともに範囲を広げる。
nurただ〜だけ。「ただ一人でも」。
eine → ein一つの、一人の。女性名詞 Seele の4格。
Seele魂、心。ここでは結びつく一人の人を表す。
sein nennt → sein + nennen自分のものと呼ぶ。sein は所有を表す語、nennt は現在・3人称単数。Seele が目的語。
auf〜の上で。ここは場所なので3格を取る。
dem男性・中性単数の定冠詞・3格。Erdenrund に付く。
Erdenrund → Erde + Rund地球、地上の世界。Erde は地球・大地、Rund は丸いもの・円。
wer’s → wer + es〜する人が、それを。es は誰かの心を自分に結ばれたものと呼べることを受ける。
nie一度も〜ない。
gekonnt → könnenできた。過去分詞。hat が省略されている。
stehle → stehlen盗む。sich … stehlen で「そっと抜け出す」。接続法I・3人称単数による命令・願望。
weinend → weinen泣きながら。現在分詞で、立ち去る人の状態を表す。
sich自分を。ここでは再帰表現 sich stehlen の一部。
aus diesem Bund → aus + dieser + Bundこの結びつき・仲間の輪から。aus は3格を取り、diesem は男性単数・3格。Bund は結盟・結びつき。

詩の第3連|虫から天使まで、喜びは命を満たす

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

ドイツ語日本語訳
Freude trinken alle Wesenすべての生きものは喜びを飲む、
an den Brüsten der Natur;自然の乳房から。
Alle Guten, alle Bösen善い者も、悪い者も、
folgen ihrer Rosenspur.自然が残す薔薇の道をたどる。
Küsse gab sie uns und Reben,自然は私たちに口づけと葡萄を与え、
einen Freund, geprüft im Tod;死の試練をも耐え抜く友を与えた。
Wollust ward dem Wurm gegeben,虫にも生の歓びが与えられ、
und der Cherub steht vor Gott!ケルブは神の前に立つ!

ここで喜びの範囲は、人間の社会を越えて自然界へ広がります。自然は母の姿を借り、あらゆる生きものを養う。口づけ、葡萄、友情という身近な幸福が並んだあと、小さな虫と天使のケルブが一続きに歌われます。Wollust は官能的な快さを含む強い語です。虫にも命を満たす歓びがある、という対訳にしました。[1]

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原文の語・辞書形/構成意味と、この歌詞での働き
trinken飲む。現在・3人称複数。主語は後ろの alle Wesen、目的語は先頭の Freude。
Wesen存在、生きもの。中性名詞の複数。
an〜に接して、〜のところで。ここでは3格を取る。
den複数・3格の定冠詞。Brüsten に付く。後の den Schöpfer では男性単数・4格。
Brüsten → Brust乳房。複数・3格。自然を養う母として描く。
der Natur → die Natur自然の。女性単数・2格で Brüsten を限定する。
Guten → gut善い者たち。形容詞 gut を名詞化した複数形。
Bösen → böse悪い者たち。形容詞 böse を名詞化した複数形。
folgen後をたどる。現在・3人称複数。対象を3格で示す。
ihrer → ihr彼女の。その女性単数・3格形が Rosenspur に付く。自然を受ける所有語。
Rosenspur → Rosen + Spur薔薇の跡、薔薇の道。Rosen は Rose の複数、Spur は跡・道筋。
Küsse → Kuss口づけ。複数・4格で gab の目的語。
gab → geben与えた。過去・3人称単数。
sie彼女は。ここでは擬人化された自然を受ける主語。
uns私たちに。ここでは3格で、与える相手を示す。
Reben → Rebe葡萄のつる。複数・4格。葡萄、さらに葡萄酒の恵みを連想させる。
einen Freund → ein + Freund一人の友を。男性単数・4格。前行の gab にかかる。
geprüft → prüfen試された。過去分詞が Freund を説明する。
im → in + dem〜の中で。3格の定冠詞との結合。
Tod死。im Tod で「死の場面で/死の試練において」。
Wollust官能的な快さ、強い生の歓び。女性名詞で ward … gegeben の主語。
ward → werdenwurde に相当する古い過去形。given に相当する gegeben とともに受動を作る。
Wurm虫、小さな這う生きもの。dem Wurm は男性単数・3格で、与えられる相手。
gegeben → geben与えられた。過去分詞。ward gegeben で「与えられた」。
Cherubケルブ。聖書に登場する天使的存在。男性単数・主格。
steht → stehen立つ。現在・3人称単数。
vor〜の前に。ここでは場所を表す3格。
Gott神。vor Gott で「神の前で」。

行進曲の歌詞|星々のように、自分の道を進め

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

ドイツ語日本語訳
Froh, wie seine Sonnen fliegen喜ばしく、その方の星々が飛びゆくように、
Durch des Himmels prächt’gen Plan,天の壮麗な広がりを通って、
Laufet, Brüder, eure Bahn,走れ、兄弟たちよ、自分たちの道を、
freudig, wie ein Held zum Siegen.勝利へ向かう英雄のように、喜びに満ちて。

テノールが歌い、男声合唱が加わる行進曲の区間です。seine(その方の)は、直前に歌われた Gott を受けると読めます。宇宙を進む星々の姿を、人が人生の道を進む姿に重ねています。「喜び」はここで静かな満足から、足を前へ運ぶ力に変わります。[1]

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原文の語・辞書形/構成意味と、この歌詞での働き
froh喜ばしい、晴れやかな。呼びかけられる人の状態を示す。
wie〜のように。比較を導く。
seine → seinその方の。Sonnen に合わせた複数・主格の所有語。直前の Gott を受けると読める。
Sonnen → Sonne太陽、星々。複数で fliegen の主語。宇宙の複数の太陽を指す。
fliegen飛ぶ、飛びゆく。現在・3人称複数。
durch〜を通って。4格を取る前置詞。
des男性・中性単数の定冠詞・2格。Himmels に付く。
Himmels → Himmel天の。男性単数・2格で Plan を限定する。
prächt’gen → prächtigen → prächtig壮麗な。母音を省いた詩的な形。男性単数・4格で Plan に付く。
Plan平面、広がり。ここでは天の広大な領域。「計画」では読みにくい箇所。
laufet → laufen走れ。2人称複数の古風な命令形。現代の lauft に相当。
eure → euer君たちの。Bahn に付く女性単数・4格。
Bahn道、軌道。eure Bahn laufen で「自分たちの道を進む」。
freudig喜びに満ちた、嬉々として。走り進む状態を示す。
Held英雄。ein Held が比較される姿を示す。
zum → zu + dem〜へ、〜のために。3格の結合形。
Siegen → siegen勝つこと、勝利すること。動詞を名詞化した中性名詞。

世界への抱擁|「何百万もの人々よ」と呼びかける

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

ドイツ語日本語訳
Seid umschlungen, Millionen!抱きしめられよ、何百万もの人々よ!
Diesen Kuss der ganzen Welt!この口づけを、世界中へ!
Brüder, überm Sternenzelt兄弟たちよ、星の天蓋の上には、
muss ein lieber Vater wohnen.愛に満ちた父が住んでいるに違いない。

行進曲と器楽の展開を経て、第1連が大きく戻ります。そのあとに現れるのが、この抱擁の歌です。喜びに呼びかけていた視線が、いまは世界の人々へ向かう。「Diesen Kuss」は動詞を省いた短い句なので、「この口づけを、世界中へ!」と勢いを保って訳しました。[1]

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原文の語・辞書形/構成意味と、この歌詞での働き
seid → sein〜であれ。2人称複数の命令形。umschlungen とともに「抱きしめられよ」。
umschlungen → umschlingen抱きしめられた、取り囲まれた。過去分詞。
Millionen → Million何百万。複数形で、人々への呼びかけ。
diesen → dieserこの。Kuss に付く男性単数・4格。
Kuss口づけ。動詞を省いた句の4格。「この口づけを」。
der ganzen Welt → die + ganz + Welt世界全体に。女性単数・3格と読む。ganz は全体の、Welt は世界。口づけを向ける相手。
überm → über + dem〜の上に。3格の結合形。
Sternenzelt → Sterne + Zelt星の天蓋。Sterne は Stern(星)の複数、Zelt は天幕。
muss → müssen〜に違いない、〜であるはずだ。現在・3人称単数。確信を表す。
lieber → lieb愛しい、慈愛に満ちた。Vater に付く男性単数・主格の形。比較級ではない。
Vater父。muss wohnen の主語。詩では天上の父を表す。
wohnen住む。不定詞で muss と組む。

創造主への問い|世界よ、その存在を感じるか

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

ドイツ語日本語訳
Ihr stürzt nieder, Millionen?ひれ伏すのか、何百万もの人々よ?
Ahnest du den Schöpfer, Welt?世界よ、創造主の存在を感じるか?
Such’ ihn überm Sternenzelt!星の天蓋の上に、その方を求めよ!
Über Sternen muss er wohnen.星々の上に、その方は住んでいるに違いない。

音楽は、荘厳な呼びかけから静かな問いへ変わります。世界を du(君)と呼ぶため、地上のすべてが一つの相手になる。「感じるか」と問い、「求めよ」と促し、最後に「住んでいるに違いない」と確信を歌います。喜びの広がりが、天上へのまなざしにつながる区間です。[1]

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原文の語・辞書形/構成意味と、この歌詞での働き
ihr君たちは。2人称複数の主語。
stürzt nieder → niederstürzen身を投げ伏す、ひれ伏す。現在・2人称複数。nieder は下へという意味の分離前綴り。
ahnest → ahnen予感する、存在を感じ取る。現在・2人称単数の古風な形。現代の ahnst に相当。
du君は。ここでは後ろの Welt に呼びかける単数の主語。
den Schöpfer → der Schöpfer創造主を。男性単数・4格で ahnest の目的語。
Welt世界よ。ここでは呼びかけ。
such’ → suchen求めよ、探せ。2人称単数の命令形 suche の語末省略。
ihnその方を。男性単数・4格。Schöpfer を受ける。
über〜の上に。ここでは場所を表す3格。
Sternen → Stern星々。複数・3格。
erその方は。男性単数の主語で Schöpfer を受ける。

後半の歌詞は、こう戻る――反復を聴くための道案内

第4楽章では、同じ言葉が音楽の姿を変えて何度も現れます。以下は区間の順序を示す案内です。声部ごとの細かな反復回数は、参照楽譜で追うことができます。

位置戻ってくる歌詞
行進曲と器楽の展開のあと第1連「Freude, schöner Götterfunken」から「wo dein sanfter Flügel weilt」までが、合唱で戻る。
「Seid umschlungen」のあと創造主への問い「Ihr stürzt nieder …」が続く。
Allegro energico の区間第1連の前半「Freude … dein Heiligthum」と、抱擁の最初の二行「Seid umschlungen … der ganzen Welt」が、異なる声部で重なり合う。
続く静かな問い「Ihr stürzt nieder」「Ahnest du den Schöpfer」「Such’ ihn überm Sternenzelt」が戻り、続いて「Brüder … muss ein lieber Vater wohnen」が歌われる。
四重唱の区間「Freude, Tochter aus Elysium」で始まり、「Deine Zauber … wo dein sanfter Flügel weilt」へ。「すべての人は兄弟となる」が、より繊細な表情でもう一度歌われる。
終結へ抱擁の歌詞が戻り、「Seid umschlungen」「Diesen Kuss der ganzen Welt」が反復される。最後に「Freude, schöner Götterfunken」「Tochter aus Elysium」が高らかに残る。

後半に新しい語彙が増えるというより、すでに歌った言葉が、行進、祈り、対話、祝祭という別の姿を得ていきます。同じ「喜び」を何度も歌うことそのものが、この楽章のドラマです。[1]

この曲の核心――「すべての人は兄弟となる」の直前にある言葉

Deine Zauber binden wieder,
was die Mode streng getheilt.

あなたの魔法は、もう一度結び合わせる、
世の慣わしが厳しく隔てていたものを。

「すべての人は兄弟となる」は、一人で完結する標語のように覚えられがちです。けれど直前の歌詞を読むと、そのために必要な働きが見えてきます。隔てられていたものを、もう一度結び合わせる。ここで喜びは、人と人の関係を変える力を持っています。

大切なのは wieder(もう一度)です。人々は、最初から一つの輪の中にいるわけではない。離れたものが再びつながるという動きが、この短い副詞に含まれています。そして werden(なる)は、まだ変化の途中にある言葉です。

音楽も、静かな器楽の旋律から独唱へ、合唱へと同じ主題を渡していきます。後半では〈歓喜〉の歌と〈抱擁〉の歌が同時に重なる。言葉が語る結びつきを、別々の声が実際に一緒に鳴ることで体験させる――そんな聴き方ができる箇所です。[1]

世界を抱く歌に、なぜ「去れ」という一節があるのか

友や伴侶を得た者は歓声を加えよ。たった一人でも心を結ぶ相手がいればよい。そう歌った直後に、「それが一度もできなかった人は、涙を流しながら立ち去れ」と続きます。

この言葉は、友情を祝うシラーの詩が持つ厳しい境界を見せます。「すべての人」という大きな理想の中に、輪に入れない人の孤独が残っている。その緊張を、きれいな言葉へ訳し換えずに読むと、〈歓喜の歌〉は少し複雑な表情を持ち始めます。

参照楽譜では、独唱四重唱がこの「去れ」の行を歌うところに、強いアクセントと、その後の弱まりが見えます。晴れやかな歌の途中で、表情が一瞬陰る。そのあと音楽は、善い者も悪い者も含む自然の恵みへ進み、さらに世界への抱擁を歌います。孤独の行から、どれほど広い世界へ歌が戻っていくか。そこにも、この作品を聴き直す面白さがあります。[1]

耳を向けたい三つの場所――旋律だけでなく、変化を聴く

1.声の前に、低い楽器がすでに語っている

第4楽章冒頭の激しい音楽のあと、チェロとコントラバスが、まるで言葉を探すような旋律を奏でます。参照声楽譜にも「レチタティーヴォの性格で」という指示があり、語りに近い音楽として扱われています。その応答と、過去の楽章の回想を経て、低い弦から〈歓喜〉主題が現れる。人の声が入る前から、呼びかけの準備は始まっているのです。

楽譜の目印:ライネッケ編、印刷ページ1のレチタティーヴォの指示、印刷ページ3以降の Allegro assai。旋律は大きな跳躍よりも、隣り合う音への動きが印象に残ります。[1][5]

2.行進曲になると、喜びに足取りが生まれる

「神の前に」の大きな響きのあと、音楽は変ロ長調、6/8拍子の行進曲へ切り替わります。テノールの「Froh, wie seine Sonnen fliegen」が始まると、それまでの歌と違う、前へ進む足取りが聞こえる。男声合唱の「Laufet, Brüder」が、その動きを受け取ります。

楽譜の目印:印刷ページ17の「Allegro assai vivace alla Marcia」、ページ19のテノール独唱。大太鼓などの打楽器も、この区間の色彩に関わります。[1][6]

3.「喜び」と「抱擁」が、別々の声で一つになる

「Seid umschlungen」の荘厳な合唱は3/2拍子。続く「Ihr stürzt nieder」には Adagio ma non troppo, ma divoto――遅く、しかし遅すぎず、敬虔に――という指示があります。ここでは熱気が祈りへ変わるように聞こえます。

その後、6/4拍子の Allegro energico, sempre ben marcato に入ると、〈歓喜〉の主題と〈抱擁〉の主題が同時に走り始めます。一つの旋律を全員で歌う喜びが、異なる言葉と旋律を一緒に鳴らす喜びへ広がる瞬間です。

楽譜の目印:印刷ページ29の Andante maestoso、ページ32の祈りの指示、ページ34からの二つの主題の重なり。[1]

歌う人へのヒント――同じ歌詞でも、呼びかける相手は変わる

一人の声から、合唱へ。声と管弦楽が一緒に音楽を作るイメージ。

喜びに語る声から、世界へ語る声へ

「Freude」では喜びそのものを呼び、「Brüder」では人々を呼び、「Welt」では世界全体を一つの相手として呼びます。同じ音量で歌う箇所でも、誰へ向けた言葉なのかを変えると、文章の焦点がつかみやすくなります。「Deine」「dein」は喜びへの「あなたの」。この指示先をそろえることも、合唱で言葉を共有する助けになります。

語の中心と、文が到着する場所を分けて考える

Freude は最初の音節、Götterfunken は Götter の最初、Menschen と Brüder も最初の音節が語の中心です。長い音価や高い音だけを目立たせると、語の形が見えにくくなることがあります。まず言葉として読み、次に楽譜の音節割りへ戻る方法が役立ちます。

「Deine Zauber binden wieder / was die Mode streng getheilt」は二行で一つの文です。「あなたの魔法が、何を結び合わせるのか」までつなげて意味を持つ。ブレスが必要な場合も、次の行へ続く意識を保つのは一つの表現の提案です。

ウムラウトと二重母音を、カタカナに閉じ込めない

schöner の ö、Brüder の ü は、日本語の「エ」「ウ」へ置き換えると別の母音になります。Freude や eure の eu は、二つの母音が移り変わる二重母音です。長く伸ばす音でどこまで最初の母音を保ち、いつ次へ移るかは、指揮者や合唱指導者とそろえると響きと言葉の両方が整います。

nicht の ch と、Tochter の ch はドイツ語の標準的な発音では音が異なります。さらに Freude、Welt、Bund などの子音を、どのタイミングで発音するかが合唱の輪郭に関わります。発音資料を声に出して確認し、伸ばす母音と語尾の子音を分けて練習すると、合わせる場所が見えます。[4]

速度の違いを、言葉の姿の違いとして読む

行進曲の「Laufet」は前へ進む呼びかけ、「Seid umschlungen」は大きな抱擁、「Ahnest du」は静かな問いです。すべてを同じ勝利の表情で通すより、楽譜の速度・強弱・敬虔さの指示に沿って、言葉の目的を切り替えると、長い楽章の見通しがよくなります。

高い音や長い持続が多い作品です。まず使用する版と担当声部を確認し、音程とリズム、歌詞のまとまりを整理してください。ブレス位置や音色は、指揮者の方針と声部の条件に合わせて決めるのが実践的です。[1]

成立背景――シラーの詩が、交響曲の声になるまで

ベートーヴェンの肖像。ヨーゼフ・カール・シュティーラー、1820年。手に持つのは《ミサ・ソレムニス》の楽譜。Wikimedia Commons/PD-old-100-expired・PD-Art。

シラーの「An die Freude」は1785年に書かれ、1786年に雑誌『Thalia』へ掲載されました。喜びを称える詩には、友情の輪、人類への抱擁、自然の恵み、天上の父といった像が次々に現れます。[7]

ベートーヴェンが交響曲の終楽章に選んだのは、その詩の一部です。詩集の順番をそのまま追うのではなく、歌詞を選び、並べ替え、反復し、冒頭に自分の呼びかけを加えました。読まれる詩が、管弦楽と声による大きな出来事に組み替えられたのです。[1]

完成した《第九》は、1824年5月7日にウィーンで初演されました。演奏会では《献堂式》序曲や《ミサ・ソレムニス》の一部も取り上げられています。人の声を交響曲の終結へ加えたこの作品は、四つの独唱、合唱、管弦楽を一つの長い流れに結びつけました。[3]

もう一度聴くなら――喜びの旋律が「誰の声」になるか

次に《第九》を聴くときは、〈歓喜〉の旋律が、どの声へ渡されているかを追ってみてください。最初は低い弦楽器。やがて独唱が言葉を与え、合唱が引き受け、最後には別の主題と重なっていく。

冒頭の「友よ」は、その大きな広がりへの入口です。一人が呼びかけ、多くの人が応じる。歌詞を知ったあとでは、有名な旋律の繰り返しも、人々の関係が広がっていく出来事として聞こえるはずです。

作品ページの「Sheet Music」→「Full Scores」で全曲総譜、「Vocal Scores」で第4楽章のピアノ伴奏付き声楽譜を選べます。この記事で参照したのは Carl Reinecke 編、V.A.1295 の版です。

原文・楽譜・参考資料

[1] ベートーヴェン《第九》第4楽章・ライネッケ編声楽譜(Breitkopf & Härtel、V.A.1295)

資料を開く:歌詞の綴り、反復・声部の重なり、調・拍子・速度・強弱。印刷ページ1、3、8–19、25–35、44–55、61–62を中心に目視確認。

[2] IMSLP:Symphony No.9, Op.125 (Beethoven, Ludwig van)

資料を開く:作品同定、作曲年、初版情報、全曲総譜と声楽譜の所在。演奏時間はルネ・レイボヴィッツ/ロイヤル・フィル、1961年収録例。

[3] Beethoven-Haus Bonn:1824年の演奏会・初演200周年研究会

資料を開く:1824年5月7日の初演、ケルントナートーア劇場、演奏会の併演曲。

[4] The Phoenix Symphony Chorus:Beethoven Ninth Text and Pronunciation(2015)

資料を開く:原語本文・後半の反復順序の補助照合、歌唱用ドイツ語発音の確認。既存英訳は転載していない。

[5] Los Angeles Philharmonic:Symphony No. 9, “Choral”(Thomas May)

資料を開く:全4楽章の流れ、器楽から独唱・合唱への展開。

[6] Los Angeles Philharmonic:Symphony No. 9(John Henken)

資料を開く:編成と打楽器の確認。

[7] シラー「An die Freude」1786年初出本文・原本スキャンへの案内(Wikisource)

資料を開く:1785年執筆と1786年初出の区別、詩全体と交響曲採用本文の比較。歌詞はこの初期詩の全文を流用せず声楽譜に従った。

[8] Boston Landmarks Orchestra:Beethoven’s Ninth(2022年公演解説・原語歌詞)

資料を開く:冒頭のO Freundeがベートーヴェン自身の言葉であること、Modeを慣わしと読む文脈の補助確認。英訳は転載していない。

原語歌詞:ベートーヴェン/シラーによる著作権保護期間の終了した本文。日本語対訳・読み解き・単語と文法の説明:本記事のために作成。挿絵とリハーサル画像は、歌詞・演奏体験から着想したイメージです。肖像画の作者・年代・利用条件は画像下に記載しています。

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