ヴェルディ《椿姫》ヴィオレッタのアリア|È strano… Ah, fors’è lui… Sempre libera 歌詞・日本語対訳と解説

「いつも自由に」と歌う心に、なぜ愛の声が戻ってくるのか

夜会の華やかさが遠のき、愛の言葉だけが残る。場面から着想した挿絵。

「いつも自由に、喜びから喜びへ」。ヴェルディの《椿姫》で、ヴィオレッタは目のくらむような装飾音を走り抜けます。けれど、その華やかな歌の途中に、別の声が入ってくる。さきほど愛を告げたアルフレードの声です。

自由を宣言する彼女の音楽に、愛の旋律が入り込む。ここに、このアリアのおもしろさがあります。「È strano…」で始まる独白から「Ah, fors’è lui」、そして「Sempre libera」までを聴くと、恋を夢見る自分と、それを振り払おうとする自分が、一人の声の中に現れます。

彼女は何から自由でいたいのか。そして、その自由は心から望んだものなのか。歌詞の小さな言葉と、音楽が変わる瞬間を追ってみましょう。

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1分でわかる内容 / 対訳・単語 / 核心の一節 / 聴きどころ / 歌うためのヒント / 成立背景

ヴィオレッタのアリアの基本情報

項目内容
作曲ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi、1813–1901)
作品・位置《La traviata(椿姫)》第1幕末。第6曲〈Scena ed Aria〉
歌い出しÈ strano!… / Ah, fors’è lui che l’anima… / Sempre libera degg’io…
台本フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(1810–1876)。原作はアレクサンドル・デュマ・フィスの戯曲《椿姫》
成立・初演1853年初演のオペラ。1853年3月6日、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場
歌う人物・編成ヴィオレッタ(ソプラノ)と管弦楽。後半にアルフレード(テノール)の舞台外の声が入る
言語イタリア語
演奏時間一続きで約11分の収録例。ゲオルギュー/ロパルド/ショルティ、1994年ロンドン公演:前半5分59秒+後半4分56秒。省略やテンポで変わる
参照楽譜リコルディ声楽譜、刊年推定1868年、プレート25121/25092–109、IMSLP #392069。第6曲、印刷頁69–81(PDF 73–85頁)
主要な音楽区分〈Ah, fors’è lui〉:ヘ短調からヘ長調へ、3/8拍子、Andantino。〈Sempre libera〉:変イ長調、6/8拍子、Allegro brillante

楽譜・台本・歌劇場資料・フランス国立図書館の録音目録を参照しています。[1–5]

1分でわかる――恋を受け入れたい夜に、自由を叫ぶ

舞台はパリ。高級娼婦として華やかな社交界に生きるヴィオレッタは、自宅の夜会で青年アルフレードから愛を告げられます。彼は、彼女が病気だったときにも様子を気にかけていました。客が帰り、一人になると、その言葉が心から離れません。「愛しながら愛される」喜びを、初めて本気で考えるのです。

「もしかすると、あの人こそ」。ゆっくりしたアリアでは、騒がしい生活の中でひそかに思い描いてきた恋人の姿を、アルフレードに重ねます。ところが突然、「ばかげたこと!」と自分の夢を否定する。大勢がいるパリで、自分は孤独な女。ならば恋に期待せず、楽しみの中で生きようと決めます。

そこから始まる「Sempre libera」は、自由を掲げる華やかな歌。しかし、アルフレードの愛の声が届くと、彼女は「Oh! amore!」と反応します。自由への決意と愛への憧れ。第1幕は、その二つを同じ音楽の中に残して終わります。

原語歌詞と日本語対訳――独白の変化を順に読む

原語は参照したリコルディ声楽譜の歌唱本文に合わせ、各まとまりの基本の歌詞を一度ずつ載せます。楽譜内の同じ語句の反復、長く伸ばす母音、装飾による繰り返しは整理しました。第2連も収録し、後半のアルフレードの歌とヴィオレッタの応答は別に示します。日本語訳は原語から作成した独自訳です。

〈Sempre libera〉は folleggiare、Vo’ che scorra…、sempre lieta ne’ ritrovi… を採用。初期台本には trasvolar、Perché ignoto… などの異なる本文があります。同じ歌い出しでも、台本と演奏用楽譜でその後の言葉が違うことがあります。

冒頭のシェーナ|心に刻まれた言葉

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

イタリア語日本語訳
È strano!… è strano!… in core不思議だわ……不思議……心の中に
Scolpiti ho quegli accenti!…あの言葉が刻み込まれている!
Sarìa per me sventura un serio amore?…真剣な恋は、私には不幸になるのかしら?
Che risolvi, o turbata anima mia?…どうするの、乱れた私の心よ?
Null’uomo ancora t’accendeva…まだ誰一人、おまえに恋の火をともしたことはなかった……
Oh gioiaああ、喜びよ、
Ch’io non conobbi, essere amata amando!…私の知らなかった喜び――愛しながら愛されること!
E sdegnarla poss’ioその喜びを、私は退けられるの?
Per l’aride follie del viver mio?私の人生の、あのむなしい享楽のために?

呼びかけの相手は、自分の心です。t’accendeva の t’ は「あなた」でもアルフレードを指しません。直前の anima mia を受け、ヴィオレッタが自分自身に問いかけています。essere amata amando は、受け身の「愛される」と、自分から「愛する」が同時にある言葉。恋愛の経験の多さと、彼女がここで発見する喜びは、別のものなのです。

冒頭のシェーナの単語と文法を開く
原文の語・辞書形意味と、この歌詞での働き
È
辞書形・構成:essere
「〜である」。現在3人称単数。不思議なのは自分の心の変化。
strano
辞書形・構成:strano
不思議な、奇妙な。主語は状況全体で、男性単数の形。
in
辞書形・構成:in
〜の中に。in core=心の中に。
core
辞書形・構成:cuore
心。詩的な形。後の cor も同語。
Scolpiti
辞書形・構成:scolpire
刻まれた。過去分詞男性複数、accenti に一致。ho scolpiti quegli accenti の倒置。
ho
辞書形・構成:avere
私は持つ。ここは「刻まれた言葉を心に持つ」、結果の状態を強く感じさせる。
quegli
辞書形・構成:quello
あの。男性複数 accenti に付く指示形容詞。
accenti
辞書形・構成:accento
言葉、声の響き。複数。ここではアルフレードの愛の言葉。
Sarìa
辞書形・構成:essere
sarebbe に相当する古い条件法3人称単数。「〜になるだろうか」。
per
辞書形・構成:per
〜にとって/〜のために。per me と per l’aride follie で役割が違う。
me
辞書形・構成:io(強勢形)
私。前置詞の後、または強調する目的語に使う。
sventura
辞書形・構成:sventura
不幸、災い。主語 un serio amore の述語。
un
辞書形・構成:不定冠詞
一つの。男性単数名詞 amore に付く。
serio
辞書形・構成:serio
真剣な、本気の。amore を修飾。
amore/amor
辞書形・構成:amore
愛、恋。amor は語尾を省いた形。
Che
辞書形・構成:che
何を。Che risolvi?=何を決めるのか。後の che は関係代名詞や接続詞にもなる。
risolvi
辞書形・構成:risolvere
決める。現在2人称単数。呼びかけられる anima が主語。
o/Oh
辞書形・構成:呼びかけ・間投詞
o は「〜よ」、Oh は「ああ」。
turbata
辞書形・構成:turbare
乱された、動揺した。女性単数 anima に一致。
anima
辞書形・構成:anima
魂、心。女性名詞。ここでは自分の心を人格化。
mia/mio
辞書形・構成:mio
私の。mia は女性単数、mio は男性単数。
Null’uomo
辞書形・構成:null(o)+uomo
どんな男も〜ない。null は nullo の省略、uomo は男。
ancora
辞書形・構成:ancora
まだ、これまで。否定表現と結びつく。
t’accendeva
辞書形・構成:ti+accendere
おまえに火をともしていた。ti は anima、accendeva は半過去3人称単数、主語は null’uomo。
gioia
辞書形・構成:gioia
喜び。後の sdegnarla の la が指すもの。
Ch’io
辞書形・構成:che+io
私が〜するところの。che は gioia を受ける関係代名詞、io は私。
non
辞書形・構成:否定副詞
〜ない。
conobbi
辞書形・構成:conoscere
私は知った。遠過去1人称単数。non conobbi=知らなかった。
essere
辞書形・構成:essere
〜である。amata とともに受動不定詞を作る。
amata
辞書形・構成:amare
愛される。過去分詞女性単数、ヴィオレッタに一致。
amando
辞書形・構成:amare
愛しながら。ジェルンディオ。受動の「愛される」と同時進行。
E/e
辞書形・構成:接続詞
そして。
sdegnarla
辞書形・構成:sdegnare+la
それを退ける。sdegnare の e が落ち、目的代名詞 la が付く。la=喜び。
poss’io
辞書形・構成:posso+io
私にはできるのか。potere 現在1人称単数 posso の o を省略、主語が後置。
l’aride
辞書形・構成:le+arido
あの乾いた、むなしい。古い冠詞省略。aride は女性複数で follie に一致。
follie
辞書形・構成:follia
狂気、ばかげたこと。複数。ここではむなしい享楽。
del
辞書形・構成:di+il
〜の。di は前置詞、il は男性単数定冠詞。
viver
辞書形・構成:vivere
生きること、人生。語末 e を省いた名詞的な不定詞。

カンタービレ〈Ah, fors’è lui〉第1連|夢見た人は、あの人かもしれない

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

イタリア語日本語訳
Ah, fors’è lui che l’animaああ、もしかすると、あの人なのかもしれない――私の心が、
Solinga ne’ tumulti騒がしさの中で孤独に、
Godea sovente pingereたびたび描いては楽しんでいた、
De’ suoi colori occulti!…心のひそかな色彩で描いていた、あの人。
Lui che modesto e vigile控えめに、心を配りながら、
All’egre soglie ascese,病む私の住まいを訪れた人。
E nuova febbre accese,そして新しい熱をともして、
Destandomi all’amor.私を愛へと目覚めさせた人。
A quell’amor ch’è palpitoあの愛へ――それは鼓動、
Dell’universo intero,宇宙全体の鼓動。
Misterioso, altero,神秘的で、気高く、
Croce e delizia al cor.心にとって、苦しみであり歓びでもある。

「孤独」は、静かな部屋だけにあるのではありません。solinga ne’ tumulti は「騒がしさの中で孤独な」。華やかな生活の中で心がひそかに描いていた人と、実際に心配してくれた青年が重なります。病気の febbre と、恋がともす nuova febbre。同じ「熱」が、体の苦しみから心の目覚めへと意味を変えるのも印象的です。

カンタービレ第1連の単語と文法を開く
原文の語・辞書形意味と、この歌詞での働き
Ah
辞書形・構成:間投詞
ああ。感情の声。
fors’è
辞書形・構成:forse+è
もしかすると〜だ。forse=たぶん、è=essere 現在3人称単数。
lui
辞書形・構成:lui
彼、あの人。アルフレード。関係節の中では pingere の目的語として理解する。
che
辞書形・構成:関係代名詞
その人を〜。lui を受け、l’anima が描く対象を示す。
l’anima
辞書形・構成:la+anima
その心。la は女性単数定冠詞。ここではヴィオレッタ自身の心。
Solinga
辞書形・構成:solingo
孤独な。女性単数で anima を説明。
ne’
辞書形・構成:nei=in+i
〜の中で。i は男性複数定冠詞。tumulti に付く。
tumulti
辞書形・構成:tumulto
騒ぎ、喧騒。男性複数。
Godea
辞書形・構成:godere
楽しんでいた。godeva の詩的形、半過去3人称単数。主語は anima。
sovente
辞書形・構成:sovente
しばしば、たびたび。
pingere
辞書形・構成:pingere(現代語 dipingere)
描く。詩語。不定詞、godea に続く。
De’
辞書形・構成:dei=di+i
〜の。ここでは色彩を示し、描くための色という含み。
suoi
辞書形・構成:suo
その/自分の。男性複数 colori に一致。ここでは心自身の色。
colori
辞書形・構成:colore
色彩。男性複数。
occulti
辞書形・構成:occulto
隠れた、ひそかな。男性複数で colori に一致。
modesto
辞書形・構成:modesto
控えめな。lui の態度。
vigile
辞書形・構成:vigile
気を配る、注意深い。病む彼女を気遣う。
All’egre
辞書形・構成:a+le+egro
病んだ〜のところへ。all’ は alle の省略、egre は女性複数で soglie に一致。
soglie
辞書形・構成:soglia
敷居、入口。複数。病人の住まいを詩的に表す。
ascese
辞書形・構成:ascendere
上った、訪れた。遠過去3人称単数。主語は lui。
nuova
辞書形・構成:nuovo
新しい。女性単数、febbre に一致。
febbre
辞書形・構成:febbre
熱、発熱。ここは恋の熱。
accese
辞書形・構成:accendere
ともした、燃え立たせた。遠過去3人称単数。
Destandomi
辞書形・構成:destare+mi
私を目覚めさせながら。ジェルンディオ destando に目的代名詞 mi が付く。
all’amor
辞書形・構成:a+l’+amor
愛へ。a は方向、l’ は定冠詞、amor は amore の省略。
A
辞書形・構成:前置詞 a
〜へ。直前の destandomi all’amor を説明し直す。
quell’amor
辞書形・構成:quello+amore
あの愛。quell’ は母音前の省略。
ch’è
辞書形・構成:che+è
それは〜である。che は amore を受ける関係代名詞。
palpito
辞書形・構成:palpito
鼓動、脈動。愛を宇宙の生命の動きとして表す。
Dell’universo
辞書形・構成:di+l’+universo
宇宙の。universo は宇宙、全世界。
intero
辞書形・構成:intero
全体の。男性単数 universo を修飾。
Misterioso
辞書形・構成:misterioso
神秘的な。amore を説明。
altero
辞書形・構成:altero
誇り高い、気高い。ここでは愛の崇高な性質。
Croce
辞書形・構成:croce
十字架。比喩として苦しみ、重荷。
delizia
辞書形・構成:delizia
歓び、至福。
al
辞書形・構成:a+il
〜にとって/〜に。ここでは心に対して。
cor
辞書形・構成:cuore
心。語尾を短くした形。

語順を整えると「Ah, forse è lui che l’anima, solinga ne’ tumulti, godea sovente pingere de’ suoi colori occulti」。描くのは l’anima、描かれるのは lui。suoi colori は、この心が内に隠していた色彩と読みました。

〈Ah, fors’è lui〉第2連|少女のころに描いた未来

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

イタリア語日本語訳
A me fanciulla, un candido少女だった私に、清らかで、
E trepido desire胸の震えるような憧れが、
Quest’effigiò dolcissimoこのうえなく優しい、この人の姿を描いてくれた。
Signor dell’avvenire,未来をともにする人の姿を。
Quando ne’ cieli il raggio空の中に、その人の美しさの輝きを
Di sua beltà vedea,見いだしていたころ、
E tutta me pascea私は身も心も満たしていた、
Di quel divino error.その神々しい夢に。
Sentìa che amore è il palpito愛は鼓動なのだと感じていた、
Dell’universo intero,宇宙全体の鼓動なのだと。
Misterioso, altero,神秘的で、気高く、
Croce e delizia al cor.心にとって、苦しみであり歓びでもあると。

ここでは時間が少女のころへ戻ります。憧れが描いた「未来の人」。恋の喜びをまだ知らない少女にも、愛への想像はありました。divino error は、直訳すると「神々しい思い違い」。未来の恋人を思い描く美しい夢を、そのころの自分を振り返る言葉として訳しています。

カンタービレ第2連の単語と文法を開く
原文の語・辞書形意味と、この歌詞での働き
fanciulla
辞書形・構成:fanciulla
少女。A me fanciulla=少女だった私に。
candido
辞書形・構成:candido
清らかな、無垢な。男性単数 desire に一致。
trepido
辞書形・構成:trepido
震える、胸をときめかせた。期待と不安を含む。
desire
辞書形・構成:desiderio
願望、憧れ。詩的な形。effigiò の主語。
Quest’
辞書形・構成:questo
この。questo dolcissimo signor の questo が省略されたもの。effigiò の目的語。
effigiò
辞書形・構成:effigiare
姿を描いた。遠過去3人称単数。主語は un candido e trepido desire。
dolcissimo
辞書形・構成:dolce
このうえなく優しい。絶対最上級、signor を修飾。
Signor
辞書形・構成:signore
主人、君。ここは未来の愛する人。神を指すと固定しない。
dell’avvenire
辞書形・構成:di+l’+avvenire
未来の。avvenire は将来、未来。
Quando
辞書形・構成:quando
〜したころ。時間の従属節。
cieli
辞書形・構成:cielo
空、天。男性複数。ne’ cieli=空の中に。
il
辞書形・構成:定冠詞
男性単数。raggio、palpito などに付く。
raggio
辞書形・構成:raggio
光線、輝き。
Di/di
辞書形・構成:前置詞
〜の/〜によって。di sua beltà は「その美しさの」。
sua
辞書形・構成:suo
その人の。女性単数 beltà に一致。
beltà
辞書形・構成:bellezza
美しさ。詩語。
vedea
辞書形・構成:vedere
私は見ていた。ここは古い1人称単数の半過去、現代形 vedevo。
tutta
辞書形・構成:tutto
すべての、全体の。tutta me=私のすべてを。
pascea
辞書形・構成:pascere
私は養っていた、満たしていた。古い1人称単数半過去、現代形 pascevo。
quel
辞書形・構成:quello
あの。その。男性単数 error に付く。
divino
辞書形・構成:divino
神聖な、神々しい。
error
辞書形・構成:errore
思い違い、錯覚。詩的な省略。ここでは憧れの夢の含み。
Sentìa
辞書形・構成:sentire
私は感じていた。古い1人称単数の半過去、現代形 sentivo。
che
辞書形・構成:接続詞
〜ということを。Sentìa che amore è… の内容を導く。

この連の主語は、初めが un candido e trepido desire。後半の vedea・pascea・Sentìa は語り手の「私」です。語尾が -a でも、ここでは1人称の古い半過去として読みます。

転換部〈Follie!〉|人であふれる街を、砂漠と呼ぶ

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

イタリア語日本語訳
Follie!… follie!… delirio vano è questo!…ばかげたこと!……ばかげたこと!……むなしい妄想だわ!
Povera donna, sola哀れな女、ただ一人、
Abbandonata in questo見捨てられている、この、
Popoloso deserto人であふれる砂漠に。
Che appellano Parigi,パリと呼ばれる、この砂漠に。
Che spero or più?… che far degg’io?…今さら何を望むの?……私はどうしたらいいの?
Gioire,楽しむのよ。
Di voluttà nei vortici perir!快楽の渦の中で、果ててしまえばいい!

popoloso deserto――「人であふれる砂漠」。大勢の人が行き交い、夜会が続く街が、彼女にとっては砂漠なのです。孤独の言葉の直後に gioire が来るため、「楽しむ」は軽い気分転換よりも切迫した選択として聞こえます。楽譜では「快楽の渦」の vortici に長い装飾的な走句があり、この転換部から声の運動が激しくなります。

転換部の単語と文法を開く
原文の語・辞書形意味と、この歌詞での働き
Follie
辞書形・構成:follia
ばかげたこと、狂気。複数の感嘆。「恋の夢など」と自分に言い聞かせる。
delirio
辞書形・構成:delirio
錯乱、妄想。è の主語。
vano
辞書形・構成:vano
むなしい、実りのない。delirio を修飾。
questo
辞書形・構成:questo
これ、この。è questo=これは〜だ。後では deserto を修飾。
Povera
辞書形・構成:povero
哀れな。女性単数 donna に一致。
donna
辞書形・構成:donna
女、女性。ここではヴィオレッタ自身。
sola
辞書形・構成:solo
ただ一人の。女性単数。
Abbandonata
辞書形・構成:abbandonare
見捨てられた。過去分詞女性単数で donna を説明。
Popoloso
辞書形・構成:popoloso
人口の多い、人であふれる。男性単数 deserto に一致。
deserto
辞書形・構成:deserto
砂漠。大都市の孤独を表す比喩。
Che
辞書形・構成:関係代名詞
それを。deserto を受け、appellano の目的語。
appellano
辞書形・構成:appellare
人々は呼ぶ。現在3人称複数、主語は不特定の人々。
Parigi
辞書形・構成:Parigi
パリ。
spero
辞書形・構成:sperare
私は望む、期待する。現在1人称単数。
or
辞書形・構成:ora
今、今となっては。詩的な省略。
più
辞書形・構成:più
さらに、もう。Che spero or più?=今さら何を期待するか。
far
辞書形・構成:fare
する。不定詞の語末 e を省略。
degg’io
辞書形・構成:deggio+io
私は〜しなければならない。deggio は dovere の古い1人称単数形。io=私。
Gioire
辞書形・構成:gioire
喜ぶ、楽しむ。不定詞で自分の問いに答える。
voluttà
辞書形・構成:voluttà
官能的な快楽、悦楽。
nei
辞書形・構成:in+i
〜の中で。男性複数 vortici に付く。
vortici
辞書形・構成:vortice
渦。複数。快楽へ巻き込まれる像。
perir
辞書形・構成:perire
滅びる、死ぬ。語末 e を省略。楽譜は perir、初期台本には finire。

カバレッタ〈Sempre libera〉|喜びから喜びへ

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

イタリア語日本語訳
Sempre libera degg’ioいつも自由でいなければ、私は、
Folleggiare di gioia in gioia,喜びから喜びへと、戯れ続けなければ。
Vo’ che scorra il viver mio私の人生が流れていくことを望む、
Pei sentieri del piacer.快楽の小道を通って。
Nasca il giorno, o il giorno muoia,日が生まれても、日が死んでも、
Sempre lieta ne’ ritroviいつも集いの中で楽しく、
A diletti sempre nuoviいつも新しい楽しみへ、
Dee volare il mio pensier.私の思いは飛んでいかなければならない。

自由は、ここでは恋に縛られず、享楽を続けられること。しかし歌詞には、degg’io と dee――「〜しなければならない」が二度現れます。「好きに生きたい」という願いの隣に、「そう生きなければ」という力も働く。この言葉から、華やかさの奥に自分を励ます必死さを聴くこともできます。

カバレッタの単語と文法を開く
原文の語・辞書形意味と、この歌詞での働き
Sempre
辞書形・構成:sempre
いつも、絶えず。
libera
辞書形・構成:libero
自由な。女性単数、ヴィオレッタ自身に一致。
Folleggiare
辞書形・構成:folleggiare
はしゃぐ、戯れる、享楽にふける。degg’io に続く不定詞。
di gioia in gioia
辞書形・構成:di+gioia+in+gioia
喜びから喜びへ。di…in… は移り変わりを示す。
Vo’
辞書形・構成:volere
voglio(私は望む)の省略形。vo’ che+接続法で願いを述べる。
che scorra
辞書形・構成:che+scorrere
〜が流れることを。scorra は接続法現在3人称単数、主語は il viver mio。
Pei
辞書形・構成:per+i
〜を通って。per i の結合形。
sentieri
辞書形・構成:sentiero
小道、道筋。男性複数。
piacer
辞書形・構成:piacere
快楽、楽しみ。語尾 e を省略、ここは名詞。
Nasca
辞書形・構成:nascere
生まれようとも。接続法現在3人称単数、主語は il giorno。
giorno
辞書形・構成:giorno
日、一日。夜明けと日暮れを生と死で表す。
o
辞書形・構成:接続詞
または。ここは「日が生まれても、死んでも」と対にする。
muoia
辞書形・構成:morire
死のうとも。接続法現在3人称単数。古い楽譜の muoja を muoia と転写。
lieta
辞書形・構成:lieto
楽しい、陽気な。女性単数、ヴィオレッタの状態。
ritrovi
辞書形・構成:ritrovo
集まり、集う場所。男性複数、ne’ は nei の省略。
diletti
辞書形・構成:diletto
楽しみ、喜び。男性複数。前の a は向かう先。
nuovi
辞書形・構成:nuovo
新しい。男性複数 diletti に一致。
Dee
辞書形・構成:dovere
〜しなければならない。deve に相当する古い現在3人称単数形。
volare
辞書形・構成:volare
飛ぶ。dee に続く不定詞。
pensier
辞書形・構成:pensiero
思い、考え。語尾 o を省略。Dee volare の後置主語。

舞台外の声と応答|「自由」の中へ戻ってくる愛

※この見出しは歌詞の内容を要約したもので、正式な曲名・節名ではありません。

イタリア語日本語訳
[Alfredo]Amor è palpito[アルフレード]愛は鼓動、
Dell’universo intero,宇宙全体の鼓動。
Misterioso, altero,神秘的で、気高く、
Croce e delizia al cor.心にとって、苦しみであり歓びでもある。
[Violetta]Oh!… oh! amore!…[ヴィオレッタ]ああ!……ああ、愛!……
Follie!… follie!…ばかげたこと!……ばかげたこと!……
Gioir!… gioir!…楽しむのよ!……楽しむのよ!……

楽譜にはアルフレードの声の位置が「バルコニーの下」と記されています。彼の声にヴィオレッタが反応し、再び「Sempre libera」へ戻る。終盤ではアルフレードの「Amor è palpito」がさらに重なり、彼女の装飾的な歌の下に愛の言葉が残ります。基本歌詞の再現と終結部の反復は、上の対訳とこの欄を合わせて読めます。

舞台外の声と応答の単語と文法を開く
原文の語・辞書形意味と、この歌詞での働き
Alfredo/Violetta
辞書形・構成:人物名
アルフレード/ヴィオレッタ。歌う人物を区別する編集上の表示。
Oh/amore/Follie
辞書形・構成:既出語
愛への驚きと、夢を振り払う言葉。意味は前の表を参照。
Gioir
辞書形・構成:gioire
楽しむ、喜ぶ。語末 e を省略。命令形ではなく不定詞による自分への呼びかけ。
Amor è palpito…
辞書形・構成:既出語の再現
amore、essere、palpito、di+l’、universo、intero、misterioso、altero、croce、e、delizia、a+il、cor は前の表で説明。

この曲の核心――「自由でいなければならない」という言葉

Sempre libera degg’io
いつも自由でいなければ、私は。

歌い出しの libera だけを見ると、心から自由を喜んでいるように思えます。ところが、続く degg’io は「私は〜しなければならない」。さらに最後の一文も、「私の思いは飛んでいかなければならない」と歌います。

その直前に、彼女は本気の恋への憧れを「妄想」と呼び、パリを「人であふれる砂漠」と呼んでいました。そこから読むと、この自由の歌は、今の自分の生き方を守るための決意にも聞こえます。これは歌詞と場面から導く一つの読み方です。

決意の途中に、アルフレードの愛の歌が戻る。ヴィオレッタは思わず「愛!」と応じ、また「ばかげたこと」と振り払います。声は自由へ向かって走り、耳は愛へ引き戻される。この二つの力を聴くと、華やかな装飾音の一つ一つに、違った切実さが感じられるはずです。

華やかな決意の中に、愛の声が入り込む。場面から着想した挿絵。
音楽の場所言葉の中心心の動き
È strano…あの言葉が心から離れない自分の変化に驚く
Ah, fors’è luiもしかすると、あの人こそ恋を受け入れる可能性
Follie!これはむなしい妄想憧れを否定する
Sempre liberaいつも自由でいなければ従来の生き方への決意
舞台外の Amor…愛は宇宙の鼓動決意の中へ愛が戻る

耳を向けたい、三つの場所

空になったサロンに残る、夜会の余韻。情景イメージ。

1|「愛は宇宙の鼓動」で、誰の言葉を歌っているか

〈Ah, fors’è lui〉は3/8拍子のAndantino。歌い出しには p と dolciss.(きわめて甘く)、伴奏には leggere(軽く)の指示があります。長くつながる旋律が、騒がしい夜会を離れた内面を開いていきます。

「A quell’amor ch’è palpito」では、楽譜に con espansione(広がりをもって)の指示。ここで思い出したいのは、直前の二重唱でアルフレードが「Di quell’amor ch’è l’anima / dell’universo intero」と歌っていたことです。宇宙全体、神秘的で気高い愛、心の苦しみと歓び。彼の言葉と旋律につながる愛の歌を、今度はヴィオレッタが自分の声で受け止めます。[1・2]

2|「ばかげたこと」の後、声の動きが変わる

「Follie!」の直前には、考え込む姿が記され、続いて自分を振り払う動きが示されています。語り口が変わり、「快楽の渦」の vortici に長い走句が現れる。この音の渦を聴くと、快楽へ身を投じようとする言葉が、声の運動そのものになっているように感じられます。

続く〈Sempre libera〉は6/8拍子、変イ長調のAllegro brillante。歌の入口には assai brillante(きわめて華やかに)の指示もあります。3/8拍子の親密な歌から、二つの大きな拍に乗る快活な運動へ。音数だけでなく、言葉が乗る時間の質が変わります。[2]

3|走り続ける歌を、アルフレードの声が止める

ヴィオレッタが「私の思いは飛んでいかなければ」と歌ったあと、楽譜はAndantinoへ戻り、アルフレードの「Amor è palpito」が入ります。ヴィオレッタにも「Oh!」「oh amore!」の応答がある。自由の歌は、そのまま一気に終わる構造ではありません。

そして彼女は「Follie!」と振り払い、Tempo Iで華やかなカバレッタへ戻ります。終結に近づくと、アルフレードの愛の歌がまた重なります。耳を少しだけテノールへ向けてみてください。ソプラノの華やかさの下で、何が繰り返されているかが聞こえてきます。[2]

歌う人へ――同じ声で、違う心の向きを語る

この場面を歌うとき、まず決めたいのは、それぞれの言葉を「誰に向けているか」です。冒頭は自分の心への問い、カンタービレは夢見た恋人の発見、転換部は自分への否定、カバレッタは生き方の宣言。声の種類を機械的に変えるより、台詞の行き先を変えると、音楽の対比が自然に生まれます。

言葉・箇所練習の着眼点
stràno/accènti/amàta amàndo語の重心を先に会話として読む。essere amata amando は、愛される喜びと、自分が愛する喜びを一つの意味としてつなぐ。
scolpiti/accendeva/febbre子音のまとまりや二重子音を落とさず、直後の母音へつなぐ。accendeva と accese は同じ accendere の異なる時制。
l’ànima/sovènte pìngere/occùltil’anima が主語、lui が描かれる人という構文を保つ。改行ごとに文意を閉じず、pingere まで見通す。
misterióso/altèro/cróce e delìzia単語のアクセントと、長い音・装飾の配置を照合する。「苦しみと歓び」を、ただ一方の感情に寄せずに読む。
Follìe!/delìrio vàno恋への憧れを振り払う言葉。まず台詞として、何を否定しているのかを明確にする。
popolóso desèrto「人の多い」と「砂漠」の矛盾を一まとまりで伝える。ここだけ意味を読まずに通過しない。
Sèmpre lìbera dégg’iolibera はヴィオレッタの状態、degg’io の後の folleggiare は行為。装飾の中でも、文のつながりを失わない。
Vo’ che scorra il viver miovo’ は「私は望む」、scorra の主語は人生。子音を含む原文をリズムに乗せて読み、願いの文としてまとめる。
Nasca… muoia…/Dee volare…昼夜の対比から「思いが飛ぶ」まで、何が文の主語なのかを整理する。後置主語 il mio pensier へ向かって読む。
アルフレードの声の後「Oh! amore!」を、前奏の待ち時間として扱わない。聴く・反応する・振り払うという三つの行為を準備する。

ブレスは、まず台詞のまとまりを日本語と原語で読んでから、使用楽譜とテンポに合わせて検討するとよいでしょう。長い装飾は母音だけで音の動きを確認し、その後に原語を戻す練習も一案です。最後に必ず、何を語っているフレーズかを戻して歌います。

高音や終止の装飾は、学習する版・指導者・伴奏者と揃えておきたい部分です。音の難しさだけに目を向けず、どの言葉で心の向きが変わるかも、伴奏者と確かめてみてください。

成立背景――華やかな社交界の中心に、孤独な一人を置く

ジョヴァンニ・ボルディーニ《ヴェルディの肖像》、1886年。PD-Art/PD-old(作者没年1931)。Wikimedia Commonsの資料ページ。

《椿姫》の台本は、デュマ・フィスの戯曲をもとにピアーヴェが書きました。初演は1853年3月6日、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場。物語は、華やかな社交生活の中にいる女性の恋を中心に置きます。[3・4]

この第1幕の独唱を魅力的にしているのは、彼女の華やかさと孤独が、遠く離れた場面に分けられていないことです。さきほどまで大勢の客がいた同じ部屋で、「人であふれる砂漠」と歌う。愛を夢見る旋律も、喜びへ飛び続ける装飾も、同じ一人の女性から出てきます。

後の物語を知っていれば、「真剣な恋は不幸になるのか」という冒頭の問いは、さらに胸に残るでしょう。けれど、この場面で彼女がまだ知らない結末を、最初からすべて歌い込む必要はありません。今夜初めて気づいた喜びと、それを信じる怖さ。その現在の揺れが、このアリアを生きた独白にします。

もう一度聴くなら、この一つ

次に聴くときは、アルフレードの声が入った瞬間の、ヴィオレッタの「Oh! amore!」に耳を向けてみてください。自由を掲げていた彼女が、何を聴き、どう反応し、それをどう振り払うのか。そこが聞こえると、「Sempre libera」の華やかさは、一人の心を守ろうとする懸命な歌としても響き始めます。

作品ページの「Sheet Music」→「Vocal Scores」→「Complete」から楽譜を選べます。今回のリコルディ版は #392069。第6曲〈Scena ed Aria〉、印刷頁69–81(PDF 73–85頁)がこの場面です。

原文・楽譜・資料・画像の出典

[1]ピアーヴェ《La traviata》初期台本・第1幕(Wikisource、原本対照版)
原語本文、直前の出来事、第2連、初期台本と歌唱楽譜の異同。古い原文は著作権保護期間満了。

[2]IMSLP《La traviata》リコルディ声楽譜 #392069
第6曲の歌唱本文、拍子、主要な調、速度・表情指示、アルフレードの舞台外の声。印刷頁69–81を目視。

[3]Metropolitan Opera:La Traviata 作品・あらすじ
第1幕の人物・状況、オペラの位置づけ。

[4]Greek National Opera Virtual Museum:La traviata
初演日・劇場。

[5]フランス国立図書館:Verdi: La traviata, Live at London, 1994
演奏例の前半5分59秒、後半4分56秒。演奏者・録音情報。

[6]Wikimedia Commons:Verdi by Giovanni Boldini
肖像の作者・年代・利用条件。

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