
大学から名誉博士の称号を贈られたブラームスは、そのお礼に、学生たちが宴席や仲間内の儀礼で歌う旋律を使いました。厳かな金管の歌に続いて、ファゴットが新入生をからかう歌を吹き、最後は《ガウデアムス》でにぎやかに結びます。
《大学祝典序曲》という堅い名前からは想像しにくい、親しみやすい音楽です。作曲に先立つ手紙には、栄誉を受けた喜びを音楽で表したいという考えが記されていました。
ブラームスは、学生たちの歌をどのように大学への贈り物に仕立てたのでしょうか。
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1分でわかる / 成立の背景 / 鑑賞ガイド / 構成と響き / 歌詞の意味
1分でわかる《大学祝典序曲》
《大学祝典序曲》作品80は、ブレスラウ大学から贈られた名誉博士号への謝礼として、ブラームスが1880年に作曲した管弦楽曲です。演奏時間は約10分。翌1881年1月4日、作曲者自身の指揮で初演されました。
使われているのは、当時のドイツの学生たちに親しまれていた4つの歌です。仲間の結束を示す歌や新入生をからかう歌が、楽器と表情を変えながら登場します。静かなハ短調で始まり、最後は学生歌《ガウデアムス》をハ長調で堂々と奏して終わります。
最初に耳を向けたいのは、途中で現れる2本のファゴット。弾む伴奏に乗った歌が、作品のユーモアを伝えてくれます。歌の引用を楽しみながら、素材を変化させて一曲にまとめるブラームスの手腕も味わえる作品です。
音楽と映像で、作品の魅力をさらに深く。YouTube「クラシック音楽の事件簿」でもご紹介しています。
《大学祝典序曲》の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作曲者 | ヨハネス・ブラームス(1833〜1897) |
| 作品名 | 大学祝典序曲 ハ短調 作品80 |
| 原題 | Akademische Festouvertüre, op. 80 |
| 作曲 | 1880年夏、バート・イシュル |
| 成立のきっかけ | 1879年のブレスラウ大学による名誉博士号授与 |
| 初演 | 1881年1月4日、ブレスラウ。作曲者自身の指揮 |
| 献呈先 | ブレスラウ大学 |
| 出版 | 1881年 |
| 構成 | 単一楽章の演奏会用序曲 |
| 調性 | ハ短調で始まり、ハ長調で終結 |
| 演奏時間 | 約10分 |
| 編成 | ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、弦楽器 |
「序曲」といっても、オペラの幕開けに演奏する曲ではありません。演奏会で独立して取り上げるための作品です。学生歌の旋律はすべて楽器が奏し、声楽や合唱は加わりません。
名誉博士の喜びを、音楽で伝える
礼状に記されていた、喜ばしい管弦楽曲の構想
1879年3月11日、ブレスラウ大学はブラームスに名誉博士の称号を授与しました。ブレスラウは、現在のポーランドのヴロツワフです。大学に通った経験のないブラームスが、作曲家としての業績によって、学問の世界からも栄誉を受けたのでした。

名誉博士号は、通常の課程を修了して取得する学位とは異なり、優れた仕事をたたえて大学が贈るものです。
この曲の成立は、ブラームスが簡単な礼状で済ませようとしたところ、友人の指揮者ベルンハルト・ショルツから、音楽による返礼を期待されていると知らされた、という逸話とともに紹介されます。

ブラームス自身も、1879年の時点ですでに音楽による返礼を考えていました。1879年4月の、ブレスラウの音楽活動を支えたアドルフ・カウフマンに宛てたとされる礼状では、形式的な手紙では感謝を十分に表せないとしたうえで、誇らしく喜ばしい交響的な楽章なら、その気持ちが伝わるかもしれないと記しています。
翌1880年夏、オーストリアの保養地バート・イシュルで《大学祝典序曲》が形になります。ブラームスは47歳。すでに交響曲第1番、第2番やヴァイオリン協奏曲を書き上げていた時期です。

学生歌は、ブラームスにもなじみのある音楽だった
ブラームスが選んだのは、ブレスラウ大学だけの校歌ではなく、ドイツ語圏の学生たちが広く共有していた歌でした。素材は学生歌集にも収められており、宴席の楽しみだけでなく、仲間の結束や儀礼とも結びついていました。
彼自身も1853年、20歳のころ、ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムとの交流を通じて、ゲッティンゲンの学生たちと過ごしています。大学に在籍していなくても、学生たちが集い、歌い、語り合う世界には触れていたのです。
作品について、ブラームスはスッペ風の陽気な学生歌のポプリと説明しました。「ポプリ」とは、いくつかの旋律を取り合わせた音楽のこと。軽快な序曲で知られるスッペの名を出すところにも、作品を大げさに飾らない語り口がうかがえます。
学生歌の選択をめぐっては、こんなやり取りも伝わっています。批評家で後にブラームスの伝記を書いたマックス・カルベックが、新入生をからかう歌まで使ったのかと尋ねると、ブラームスは肯定したというのです。カルベックは、その歌で学長に敬意を表することに戸惑ったとされます。

この逸話からは、新入生をからかう歌を大学への贈り物に使うという、選曲のおかしみが伝わってきます。
4つの学生歌をたどる鑑賞ガイド

曲には楽章の区切りがなく、約10分の音楽が続きます。以下の見出しは、流れを追うための鑑賞案内です。
静かな始まりから、トランペットの厳かな歌へ
冒頭は、祝いの曲としては控えめです。ハ短調の暗めの響きの中で短い動きが積み重なり、強い合奏との対照が生まれます。最初から祝祭の頂点を聞かせず、音楽が動き出す気配をつくっています。
やがてティンパニの静かな響きに導かれ、3本のトランペットが最初の学生歌を奏します。《Wir hatten gebauet ein stattliches Haus》、日本語では「私たちは立派な家を建てた」と訳せる歌です。
調性はハ長調へ移り、響きが明るく開けます。ここでのトランペットは、派手な合図よりも、まとまった歌を聞かせる役割です。旋律をそろえて進む金管の響きに、厳かな落ち着きがあります。
この歌は、1819年にイェーナの学生団体が解散させられたことに関わっています。題名にある「家」は、背景を知れば、学生たちが築いてきた共同体とも重なります。酒席で親しまれた学生歌にも、団体の解散を惜しむ思いや結束の記憶が含まれていました。
弦楽器が受け持つ、伸びやかな旋律
次の学生歌では、弦楽器がなめらかに旋律を広げます。使われているのは、《Der Landesvater》の名でも知られる儀礼歌《Alles schweige!》の一節です。
《Alles schweige!》は「すべて静まれ」といった意味ですが、引用されるのは歌の冒頭ではなく、後半の一節です。
トランペットのまとまった歌に対し、こちらは弦の音が途切れずにつながり、前へ流れます。第2ヴァイオリンやヴィオラが旋律を担う響きには厚みもあり、晴れやかさの中に、ブラームスらしい柔らかな歌心が聞こえます。
ファゴットが吹く、新入生をからかう歌
音楽が生き生きとした動きに変わると、2本のファゴットが特徴的な旋律を吹き始めます。《Was kommt dort von der Höh’》、「あそこの高みから何がやって来るのか」という歌です。《Fuchslied》や《Fuchsenritt》とも呼ばれます。
ドイツの学生文化では、新入生を「キツネ」に当たる言葉で呼ぶことがあり、この歌も新入生をからかう習慣と結びついていました。カルベックとの逸話に登場するのは、この歌です。
ヴィオラとチェロの弾む伴奏に乗って、ファゴットがくっきりした節回しを聞かせます。先ほどまでの伸びやかな歌から、短い音の動きが目立つ表情への切り替わりです。拍の合間を刻む伴奏や、旋律が不意に顔を出す登場の仕方も、とぼけた感じを生んでいます。

ここまでに出そろった素材は、その後、姿を変えて組み合わされます。新しい歌の登場だけを待たず、前に聞いた動きが別の楽器で戻ってくるところにも耳を向けてみてください。
最後を飾る《ガウデアムス》
終盤には「マエストーソ」、つまり威厳をもって奏する指示が置かれ、4つ目の学生歌《Gaudeamus igitur》が現れます。
ここでは旋律が大きな歩幅で進み、その周りを高い弦楽器の速い音階が彩ります。細かな動きが止まらないため、堂々と構えた歌にも勢いがあります。管楽器の厚い響きに打楽器も加わり、ハ長調で明快に結ばれます。
最後に新しい歌が加わることで、終結部に新鮮な力が生まれます。
学生歌の親しみやすさを支える、緻密な構成

歌を並べるだけでは終わらない
ブラームスの「ポプリ」という説明からは、知っている歌が次々に出てくる気楽な曲を想像するかもしれません。実際には、歌と歌の間にも、曲をつなぐ重要な音楽があります。
たとえば冒頭の素材は、曲の途中にも戻ってきて、音楽を先へ進めます。引用された歌も、一度奏して終わりではなく、すでに出た素材と結びつきながら展開します。
全体は、主題を提示し、変化させ、再び戻すというソナタ形式の考え方を踏まえて組み立てられています。歌そのものを楽しむ人にも、主題の関係を追う人にも、それぞれ聴くものがあります。
打楽器が広げる、祝祭の響き
《大学祝典序曲》では、ティンパニに加えて、大太鼓、シンバル、トライアングルも使われます。ブラームスの交響曲では通常そろわない楽器です。
大太鼓の低い打撃やシンバルの広がる響きは、弦や管の旋律に別の輪郭を加えます。高い音域のピッコロから低音を支えるコントラファゴットやテューバまで、編成の幅も大きく、終結の華やかさを支えています。
ただし、全曲が大音量で押し切られるわけではありません。控えめな冒頭や、限られた楽器による歌があるからこそ、全体がそろう響きの明るさが際立ちます。
《ガウデアムス》は、何を喜ぶ歌なのか

最後の《Gaudeamus igitur》は、「さあ、喜ぼう」「だから楽しもう」といった意味のラテン語です。歌い出しは、若いうちに楽しもうと呼びかけます。その後には、青春と老年を過ぎれば、人は土に迎えられるという言葉が続きます。
楽しさを歌う理由には、人生が限られているという認識があるのです。別の節では、大学や教授たちの繁栄を願います。学生の喜びと、学ぶ共同体への賛歌が一つの歌に収まっています。
歌詞の内容をそのまま作曲者の意図とみなすことはできませんが、元の歌を知ると、最後の旋律には、晴れやかな祝典の響きに加えて、学生たちが今を楽しむ呼び声も重なって聞こえてきます。
同じ夏に書かれた、笑う序曲と泣く序曲
ブラームスは1880年の同じ夏に、《悲劇的序曲》作品81も作曲しました。作品番号が隣り合う2つの演奏会用序曲を、片方は泣き、もう片方は笑うという趣旨の言葉で説明しています。
笑う側が《大学祝典序曲》、泣く側が《悲劇的序曲》です。後者では、学生歌の親しみやすさに代わって、厳しい響きや緊張感が前に出ます。
2曲を聴き比べると、同じ時期のブラームスが書き分けた、管弦楽の表情の幅を感じ取れます。
初演と出版――大学への贈り物が、演奏会の曲目へ
1881年1月4日、ブラームスはブレスラウで《大学祝典序曲》の初演を指揮しました。客席には大学の学長や教授たちもいました。名誉博士号の授与からは、約2年がたっています。
楽譜は同年に出版され、大学への返礼として生まれた一曲は、各地の演奏会で取り上げられる作品になりました。

参考資料
Los Angeles Philharmonic:Academic Festival Overture — Kathy Henkelによる作品解説。学生文化との関係、編成、学生歌と楽器の働き。
Christie’s:ブラームスの1879年4月の自筆礼状 — カウフマン宛てとされる手紙の紹介と原文の一部。音楽による謝意の構想。
Schleswig-Holstein Musik Festival:Brahms’ Erste — Christoph Guddorfによる作品解説。授与日、学生歌集、引用箇所、《悲劇的序曲》との関係。
Breitkopf & Härtel:Akademische Festouvertüre c-moll op. 80 — 成立、作曲地、初演情報。
IMSLP:Academic Festival Overture, Op.80 — 原曲の基本情報、引用曲、出版情報。
Philip Hale:Boston Symphony Programme Notes — カルベックとの伝承、初演時の大学関係者、学生歌の性格。
Pitts Sanborn:Brahms and Some of His Works — 旋律の提示楽器、調性、終結部の説明。
Brevard Philharmonic:A Tchaikovsky Afternoon, Program Notes — 冒頭素材の再登場、学生歌とソナタ形式の関係。
Bowling Green State University:University Men’s Chorus & Volaré — 《Gaudeamus igitur》のラテン語歌詞と英訳。本文では意味を独自に要約。


