海は美しい。それでも、この村では人が追い詰められていく

沖には海が広がり、浜辺には漁船が並ぶ。朝になれば鐘が鳴り、村人たちは仕事へ出ていく。ブリテンのオペラ『ピーター・グライムズ』には、思わず息をのむほど美しい海の音楽があります。
ところが、その海辺で暮らす人々の視線は、ひとりの漁師へ冷たく注がれています。彼のもとで働いていた少年が、漁の途中で死んだのです。
事故だったという判断が出ても、疑いは消えません。漁師は成功して見返そうとし、村人たちは彼の行動を見張る。その間に立つ女性は、彼と新しい少年を救おうとします。
人を支えるはずの村が、どうして逃げ場のない場所になってしまうのか。『ピーター・グライムズ』は、ひとりの声と大勢の声がぶつかり合う、緊張に満ちた海辺の物語です。
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1分でわかるあらすじ / 登場人物と相関図 / 詳しい物語 / 聴きどころ / 成立背景
| 作品 | ピーター・グライムズ(Peter Grimes)作品33 |
| 作曲 | ベンジャミン・ブリテン(Benjamin Britten、1913–1976) |
| 台本 | モンタギュー・スレイター(Montagu Slater) |
| 原作 | ジョージ・クラッブの長編詩『The Borough』(1810年)の「Peter Grimes」 |
| 初演 | 1945年6月7日、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場。指揮:レジナルド・グッドオール |
| 言語・構成 | 英語/プロローグと全3幕。各幕2場 |
| 舞台 | 1830年頃、イングランド東海岸の漁村「バラ(The Borough)」 |
| 演奏時間 | 音楽のみ約2時間25分〜2時間30分。出版社の目安は147分 |
| 休憩込み | 約3時間15分〜3時間20分が目安。2023年パリ・オペラ座公演は休憩2回を含め3時間15分 |
以下は、プロローグと全3幕からなる通常の台本に沿った物語です。[1・2]
1分でわかる『ピーター・グライムズ』のあらすじ
イングランドの漁村で、漁師ピーター・グライムズの徒弟が海で死ぬ。事故と判断されても、村人たちの疑いは消えない。グライムズは漁で財産を築き、教師エレンと結婚して村に認められようと、新しい少年ジョンを迎える。だが焦りは少年への厳しい扱いにつながり、彼を止めようとしたエレンにも手を上げてしまう。村の男たちが小屋へ向かうなか、グライムズは少年を崖下の船へ急がせる。ジョンは足を滑らせて転落し、命を落とす。やがて村はグライムズを追う集団となり、彼の心は崩れていく。エレンと元船長バルストロードが彼を見つけるが、船長は沖で船を沈めるよう告げる。グライムズが海へ消えた翌朝、村にはいつもの生活が戻る。
登場人物と相関図|誰が彼を支え、誰が追うのか

| ピーター・グライムズ | 漁師/テノール。村で孤立し、成功して尊敬を得ようとする。激しい気性と、穏やかな家庭への憧れを併せ持つ |
| エレン・オーフォード | 未亡人の教師/ソプラノ。グライムズを気遣い、新しい徒弟にも心を配る |
| バルストロード船長 | 引退した商船の船長/バリトン。グライムズへ現実的な助言をする数少ない理解者 |
| ジョン | 新しく迎えられる徒弟の少年/歌わない役。大人たちの争いの間で、危険な労働を強いられる |
| セドリー夫人 | 裕福な未亡人/メゾソプラノ。犯罪への関心と噂話が、村の疑いを強めていく |
| 村人たち | 漁師や住民たち/合唱。日常を支える共同体が、やがてひとりを追う群衆へ変わる |
酒場「ザ・ボア」を切り盛りする女主人アンティ(コントラルト)と二人の姪(ソプラノ)、薬剤師ネッド・キーン(バリトン)、法律家スウォロー(バス)、漁師ボブ・ボウルズ(テノール)も重要です。ネッドは新しい徒弟を手配し、スウォローは冒頭の死因審問を進めます。[1]
詳しい物語|新しい出発は、どこで崩れたのか
プロローグ|事故という判断で、噂は終わらない

町の集会所では、グライムズの徒弟ウィリアム・スポードの死について審問が行われています。漁に出た少年は、船の上で亡くなり、その遺体はグライムズが陸へ運んで帰りました。
グライムズは、長い漁の間に飲み水が尽きた事情を説明します。審問を進めるスウォローは、少年の死を事故によるものと判断し、今後は少年の徒弟を雇わないよう忠告します。
しかし村人たちは、結論が出たからといって態度を変えません。グライムズには、審問が終わったあとも、自分を犯人と見る視線が残り続けます。
人々が去ると、教師エレンが彼に寄り添います。グライムズは村の噂に傷つき、エレンは少しずつ信頼を取り戻せると励ます。二人の声が重なる場面から、オーケストラの「夜明け」へ。海が静かに姿を現すと、村の一日が始まります。[2・3]
第1幕|成功すれば、きっと認めてもらえる
浜辺へ漁船を戻したグライムズを、ほとんどの村人は手伝おうとしません。手を貸すのは、元船長バルストロードと薬剤師ネッド・キーンです。
ネッドは、救貧院から新しい徒弟を迎えられると知らせます。少年の迎えを頼まれた運び屋ホブソンは気乗りしませんが、エレンが同行して世話をすると申し出たため、引き受けます。
グライムズには、漁で大金を稼ぎ、立派な暮らしを手に入れ、エレンと結婚するという願いがあります。成功して村人の口を封じれば、自分にも穏やかな家庭が持てる。その願いが、彼を漁へ駆り立てていきます。
バルストロードは、村を離れることや、今すぐエレンと結婚することを勧めます。しかしグライムズは、故郷を離れるつもりはありません。エレンの同情を頼りに結婚するのも、彼の望む形ではないのです。
空が暗くなり、嵐が近づきます。バルストロードが酒場へ入ったあと、グライムズは屋外に残り、嵐から心を守ってくれる港を求めて歌います。やがてその願いをのみ込むように、間奏曲「嵐」が荒れ狂います。[3・4・5]

その夜、村人たちは酒場「ザ・ボア」に集まっています。外は激しい嵐。酒を飲む者、薬を待つセドリー夫人、騒がしくふるまうボウルズなど、狭い室内には村の日常が詰まっています。
そこへ、びしょ濡れのグライムズが現れます。人々が身を引くなか、彼は「Now the Great Bear and Pleiades」を歌い始めます。大熊座とプレアデス星団を思い、空に運命の手がかりを探すような歌です。荒々しい漁師の口から、思いがけず繊細な声が浮かび上がります。
村人たちには、その内面へ近づこうとする気持ちがありません。酔ったボウルズとの衝突が起こりかけ、バルストロードが間に入ります。ネッドが始める輪唱「Old Joe has gone fishing」は、張りつめた場を一時的に和らげます。
エレンとホブソンが、新しい徒弟ジョンを連れて到着します。長い移動と嵐に疲れた少年を、エレンは休ませたい。ところがグライムズは、すぐ小屋へ連れて帰ると言い張り、少年を連れて暗い夜へ出ていきます。新しい暮らしの始まりは、すでに誰かを急がせる形になっていました。[3・6]
第2幕|明るい日曜の朝に、傷が見つかる

晴れた日曜日。村には礼拝の響きが聞こえ、エレンは外でジョンと過ごしています。話しかけても、少年は言葉を返しません。エレンは彼の服の傷みと首元のあざに気づき、暮らしを心配し始めます。
そこへグライムズがやって来て、魚の群れを見つけたから、今すぐ漁へ出ると言います。エレンは、少年にも休日が必要だと止めます。あざについて問いただし、彼と一緒に新しい生活を始めようとした努力が失敗したことを告げます。
グライムズは激しく反応し、エレンに手を上げます。そしてジョンを連れて去ってしまう。少年を守ろうとしたエレン自身も、暴力を受ける立場になります。
礼拝を終えた人々が出てくると、目撃した出来事が広まり、男たちはグライムズの小屋へ向かうことを決めます。教会から聞こえた声が、ひとりを追及する声へ変わっていく場面です。
取り残されたエレン、酒場の女主人アンティ、二人の姪は、女性たちの立場を四重唱で歌います。騒ぎを動かす男性たちが去ったあと、支える側の疲れと孤独が、静かな声で残されます。[3・6・7]
続く小屋の場面へつなぐのが「パッサカリア」です。低いところで同じ形が繰り返され、その上を別の音が動く。逃げようとしても同じ場所へ引き戻されるような音楽が、次の出来事への緊張を高めます。
小屋でグライムズは、ジョンに漁の支度を急がせています。彼の頭には、大漁への期待と、エレンとの暮らしが遠のく不安が交互に浮かびます。「In dreams I’ve built myself some kindlier home」では、心の中に築いてきた優しい家を歌います。その憧れを聴いた直後に少年への厳しい命令が戻るため、二つの姿が痛いほど近くに感じられます。[2・4・8]

やがて村の男たちの声が近づきます。グライムズは、ジョンが自分のことを村へ話したのだと思い込み、少年を崖下の船へ向かわせます。
扉をたたく音。急いで崖を下りる少年の悲鳴。ジョンは足を滑らせて転落します。グライムズは、少年を追って崖下へ降りていきます。
小屋へ入った男たちが見つけるのは、思いのほか整頓された、誰もいない室内です。彼らは、ほんの少し前に起きた転落を目撃していません。観客が知っている出来事と、村人たちの知っている事実との間に、決定的な隔たりが生まれます。[3・7]
第3幕|名前を呼ぶ声が、逃げ場を奪う
数日後の夜。町の集会所ではダンスが行われています。グライムズとジョンの姿は見えず、セドリー夫人は、少年が殺されたのだと疑いを強めています。
エレンとバルストロードは、グライムズを探しています。船は戻っているのに、本人は見つからない。エレンは浜辺で、ジョンの濡れた上着を拾いました。
そこには、彼女が縫った錨の刺繍があります。「Embroidery in childhood was a luxury of idleness」と歌いながら、エレンは少年に少しでも豊かなものを与えたかった思いを振り返ります。そのために縫った印が、いまは悲惨な出来事を示す手がかりになってしまったのです。
この話を聞いたセドリー夫人は、村の人々を動かします。群衆はグライムズを捜しに出ていき、彼の名前を叫び始めます。疑いは、本人を見つけて裁こうとする行動へ膨らんでいきます。[2・3・7]
数時間後、霧のなかにグライムズが現れます。遠くから名前を呼ぶ声が届き、彼の歌には、それまでの言葉や旋律の断片が戻ってきます。過去と現在の区別がほどけ、誰に何を答えているのかさえ、定まらなくなっていきます。
エレンとバルストロードが彼を見つけます。エレンは家へ帰ろうと呼びかけますが、言葉は届きません。
ここでバルストロードは、歌うのをやめ、普通の話し声で指示します。陸が見えなくなるまで沖へ出て、それから船を沈めるように。彼を支えてきた人物の、最後の言葉です。[2・3・7]

グライムズは海へ出ていきます。
朝になると、村人たちがまた姿を現します。沖で船が沈みかけているという知らせは、遠すぎて確かめようがない話として、日常の中へ流されていく。村には仕事と噂話が戻り、海は再び朝の光を受けます。
大きな悲劇が起きたあとも、村は動き続ける。その平穏な終わり方が、かえって深い痛みを残します。[3・7・9]
有名曲と聴きどころ|まずは、海の音から入ってみる

最初に一つ聴くなら、《4つの海の間奏曲》の「夜明け」がおすすめです。歌詞を追わなくても、冷たい空気と広い海が耳に浮かびます。劇場へ行く前なら、この曲にグライムズの歌とエレンの歌を一つずつ加えると、作品の三つの世界がつながります。
1.《4つの海の間奏曲》|海が、もうひとりの主役になる
「夜明け」「日曜の朝」「月光」「嵐」からなる管弦楽作品で、オペラの間奏曲を演奏会用にまとめたものです。曲順は劇中の順序と異なり、歌なしで一つずつ聴けるよう終わり方も整えられています。
「夜明け」では高い弦とフルートが細い線を描き、きらめく音型の下から、低い響きが波のようにせり上がります。「日曜の朝」は鐘の音と活動的なリズムが印象的。「月光」では静けさの内側に小さな動きが残り、「嵐」では激しい音のうねりの間に、グライムズの求める安らぎを思わせる旋律が顔を出します。
目の前の風景と、人の心の動きが一緒に聞こえてくる。そこが、この間奏曲の大きな魅力です。[4・5・8]
2.「Now the Great Bear and Pleiades」|酒場に浮かぶ、孤独な歌
第1幕のグライムズの独唱です。周囲のざわめきから離れ、声が夜空へ向かうような感触があります。広く歌い上げる瞬間と、ひとつの音へ思いを集中させる瞬間を聴いてみてください。人々が恐れる漁師の内側に、別の時間が流れていることが感じられます。その歌を聞いた村人たちの反応まで追うと、彼がどれほど孤立しているかが見えてきます。[2・6]
3.「Old Joe has gone fishing」|同じ歌が、酒場をひとつにする
第1幕の酒場で歌われる輪唱です。一つの旋律を、別の声が追いかけて入り、場の空気が動き始めます。難しい説明を知らなくても、声が増えていく面白さがすぐ伝わります。独りで思いに沈むグライムズの歌のあとに置かれているため、みんなで同じ歌を歌うことの力が際立ちます。後半の群衆もまた、声を合わせます。その二つの場面を思い出しながら聴くと、合唱の意味が大きく変わります。[6・7]
4.『夢に築いた優しい家』|欲しかったのは、温かい暮らし
第2幕、小屋の中でグライムズが歌います。財産や成功への執着の奥には、温かい家で暮らしたいという願いがある。その願いが声になると、彼の強がりは急に脆く聞こえます。大切なのは、独唱だけでなく前後も聴くことです。少年へ向けた厳しい言葉と、家を夢見る歌が隣り合うことで、彼の選択が悲劇を生んでいることが伝わります。[2・4・8]
5.「刺繍のアリア」|縫い込んだ優しさが、証拠に変わる
第3幕のエレンの独唱です。濡れた上着の錨を前に、子どもへ何かを与えたかった思いが歌われます。感情が高まっても、歌には静かに見つめ直す時間が残っています。声の線を追いながら、目の前にあるものが少年本人ではなく、彼の衣服だけだということを思い出してください。小さな手仕事が、途方もなく大きな喪失を語り始めます。[2・7・10]
6.「パッサカリア」|繰り返しが、行き止まりへ導く
第2幕の浜辺から小屋へ移る間奏曲です。繰り返される低い音型の上に、さまざまな響きが積み重なり、ヴィオラの独奏が浮かびます。次の展開へ進んでいるのに、足元の形は変わらない。その感覚を、グライムズが成功への考えを手放せない姿と重ねて聴くと、舞台が切り替わる時間そのものがドラマになります。《4つの海の間奏曲》とは別の作品番号33bで、演奏会でも取り上げられます。[8・11]
作品が面白くなる、二つの見方

一つ目|救われたい人が、弱い人を傷つけてしまう
グライムズには、誰かに認められたい切実な願いがあります。彼の歌を聴くと、その願いに心が近づきます。けれど舞台上では、少年を休ませず、支えてくれるエレンにも手を上げる。理解したくなる歌と、見過ごせない行動が、同じ人物の中にあります。
ここでジョンを見続けると、物語の重心が変わります。グライムズには、自分の夢を歌う声があります。村人たちにも、疑いと怒りを大きく響かせる声があります。しかしジョンは、歌わない役として置かれています。彼の苦しさは、体の傷や沈黙や動きから受け取るしかありません。
エレンが少年を休ませようとする場面は、成功や名誉の話から、いま目の前にいる子どもの体へ目を戻そうとする場面として見られます。グライムズがその呼びかけを受け止められなくなったとき、彼の望む「優しい家」は、もっとも弱い人を犠牲にする計画になってしまいます。
彼の孤独に共感しながら、少年の沈黙も聴く。この二つを同時に追うことが、作品の痛みに近づく道です。
二つ目|合唱の力が、共同体を群衆に変える
村人たちは、はじめから同じことだけを言う集団ではありません。仕事をし、酒を飲み、薬を待ち、礼拝へ行く。それぞれの生活があり、酒場には笑いや軽さもあります。
だからこそ、後半で声が一方向へそろっていくと怖いのです。あの人が言った、別の人も聞いた、ならば自分たちで確かめよう。個々の動きがつながり、ついにはひとりの名前を叫ぶ大きな音になります。
観客はジョンが崖で転落した瞬間を知っています。村人たちは、同じ瞬間を見ていません。それでも彼らは、断定に向かって進みます。舞台を見る私たちは、何を見て判断しているのかという問題へ巻き込まれます。
そして結末では、その大きな声が日常の中へ戻ります。グライムズが消えても、海辺には朝が来る。村の生活が続くという普通のことが、ひとりを失ったあとでは、これほど恐ろしく聞こえるのです。ここに挙げた二つは、人物の行動と音楽から作品を楽しむための読み方です。
成立背景|遠いアメリカで、故郷の海を見つけた

物語の出発点は、サフォーク出身の詩人ジョージ・クラッブが1810年に刊行した『The Borough』です。海辺の町と、そこで暮らす人々を描いた長編詩の中に、漁師ピーター・グライムズの物語があります。
原作のグライムズは、少年の徒弟を次々と死に至らせる、苛酷な人物として描かれています。ブリテンとスレイターは、そこから孤独、家庭への願い、村との対立を広げ、観客がその声に耳を傾けてしまう人物へ作り替えました。原作をそのまま読む場合と、オペラを見る場合とでは、グライムズに近づく経路が違います。[8・9]

1941年、アメリカに滞在していたブリテンとテノール歌手ピーター・ピアーズは、クラッブの作品に出会います。作家E・M・フォースターの記事がその関心を促し、ロサンゼルスで手にしたクラッブの本が、故郷の東海岸へ気持ちを向けるきっかけになりました。
海を隔てた異国で、故郷の漁村の物語を読む。そこから生まれた作品だからこそ、海は遠景の飾り以上の存在として鳴り響きます。生活を支え、船を揺らし、ときには人の命を奪う海が、音楽の中に絶えずあります。
ブリテンは1942年にイギリスへ戻り、モンタギュー・スレイターと台本を作り上げます。作曲は1944年1月から1945年2月にかけて進められました。委嘱したのは、アメリカで知り合った指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーです。彼はロンドンで先に初演することを認めました。[4・9・12]

1945年6月7日、戦争がヨーロッパで終結して間もないロンドンで、『ピーター・グライムズ』は初演されます。グライムズをピアーズ、エレンをジョーン・クロスが歌い、レジナルド・グッドオールが指揮しました。
サドラーズ・ウェルズ劇場の再開を飾ったこの作品は、大きな成功を収め、ブリテンを国際的に知られる作曲家に押し上げます。英語の言葉と、身近な土地の風景と、人間の複雑さを、大きなオペラとして響かせたことが、イギリスのオペラの新しい展開につながりました。[1・9・12]
初めて観るなら、ひとりの声と大勢の声を追う
人物をすべて覚えなくても、グライムズ、エレン、バルストロード、ジョンの四人を追えば、物語の中心が見えてきます。誰が何を望み、誰が少年の体を心配し、誰が現実的な助言をするのか。その違いを見てみてください。
音楽では、グライムズが強い命令を出すときと、遠い夢を歌うときの声の変化を。エレンが励ますときと、上着の刺繍を見つめるときの声の変化を。そして村人たちが日常の歌を歌うときと、彼の名前を叫ぶときの変化を追うと、言葉をすべて拾えなくてもドラマが届いてきます。
最後に聞こえる海は、冒頭と同じように美しいかもしれません。それでも、その海を見つめる私たちの耳は、もう最初と同じではありません。ひとりがいなくなった村の朝を、どう聞くか。『ピーター・グライムズ』は、その問いを静かに残して幕を閉じます。
参考資料と画像の出典
物語は原語台本を軸に、出版社と歌劇場の資料で照合しました。曲名の日本語表記は内容を伝えるための説明です。
[1]Boosey & Hawkes:Peter Grimes
[3]English National Opera:The Story of Peter Grimes
[4]Boston Symphony Orchestra:Four Sea Interludes
[5]Los Angeles Philharmonic:Four Sea Interludes, Op.33A
[6]パリ・オペラ座:Peter Grimes(2023年)
[7]Royal Ballet and Opera:Opera Essentials — Peter Grimes
[8]Los Angeles Philharmonic:Four Sea Interludes and Passacaglia
[9]Britten Pears Arts:Peter Grimes
[10]Metropolitan Opera:Peter Grimes — Plot and Creation
[11]Boosey & Hawkes:Passacaglia from Peter Grimes
[12]Royal Ballet and Opera:Creative Spotlight — Benjamin Britten
史料・現代風景:クラッブ肖像(Henry William Pickersgill、1818年頃、PD-Art)、ブリテン写真(撮影者不詳、1940年代、Commons:PD-UK-unknown)、オールドバラ海岸(Mark A. Wilson、2005年、PD-self)。挿絵・風景イメージ・相関図は本記事のためのオリジナル制作です。

