ラヴェル《スペインの時》あらすじ・聴きどころを解説|時計に隠れた恋人たち

恋人を時計に隠したら、運び手のほうが魅力的だった

恋人と二人きりになりたいのに、店には帰ってくれない客がいる。そこで時計屋の妻が考えたのは、恋人を大きな時計に隠し、客に寝室まで運ばせるという作戦でした。ところが、運ばれる恋人は詩ばかり作り、運んでいる男は何度でも笑顔で頼みを聞いてくれる。妻の関心は、少しずつ思いがけない方向へ動いていきます。

ラヴェルの《スペインの時》は、たった五人で繰り広げる、約一時間の恋の喜劇です。大きな時計の上げ下げ、言葉ばかりの恋人、隠れたまま出られなくなる銀行家。その騒ぎを、時計のように精密なオーケストラが支えます。《ボレロ》とはまた違う、ラヴェルの洒落た笑いを楽しめる一作です。

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1分でわかるあらすじ / 登場人物と相関図 / 詳しい物語 / 聴きどころ / 時計と恋の仕掛け / 成立背景

《スペインの時》の基本情報

作曲モーリス・ラヴェル(1875〜1937)/1907年作曲
原題L’heure espagnole(スペインの一時間)
台本・原作フラン=ノアン。1904年に上演された自身の同名の一幕喜劇をもとにした台本
初演1911年5月19日、パリのオペラ=コミック座。指揮:フランソワ・リュールマン
言語・構成フランス語/1幕・21場。合唱を使わず、五人の独唱者で進む音楽喜劇
舞台18世紀、スペインのトレド。時計屋の店と、その上階にある妻の部屋
演奏時間約55分。単独では通常、途中休憩なし。ほかの短い作品と組み合わせる公演が多い
休憩込みの目安併演作品により異なる。例:2024年オペラ=コミック座の《プルチネッラ》との公演は休憩込み約2時間10分。『スペインの時』との二本立てで上演も多い。

1分でわかるあらすじ

トレドの時計屋トルケマダが外出する木曜日。妻コンセプシオンは恋人の詩人ゴンサルヴェを迎えるつもりでしたが、修理を待つラバ追いのラミロが店に残ってしまいます。

妻はラミロに大時計を運ばせ、その中に恋人を隠して寝室へ送り込みます。さらに、妻に言い寄る銀行家イニーゴも別の時計へ。二つの時計が上へ下へと運ばれる間、詩ばかりのゴンサルヴェにも、時計から出られないイニーゴにも妻は失望します。

やがて妻は、何度頼んでも快く働くラミロに惹かれ、今度は時計なしで寝室へ招きました。夫が戻ると、詩人と銀行家は客を装い、時計を買って取り繕う羽目に。恋人たちが高い買い物をさせられる一方、妻の心をつかんだのは、時計の修理を待っていただけのラミロでした。

五人の登場人物と相関図

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コンセプシオン時計屋の妻。夫の留守に恋人を招き、逢瀬の邪魔になる客を時計運びに使います。
声種:ソプラノ。メゾソプラノによる上演も多い役です
ラミロ郵便荷物をラバで運ぶラバ追い。時計の修理に来た客で、頼まれると大時計を軽々と運びます。
声種:バリトン
ゴンサルヴェコンセプシオンの恋人である若い詩人。何を見ても詩にしたくなり、肝心の逢瀬が進みません。
声種:テノール
ドン・イニーゴ・ゴメス妻に言い寄る裕福な銀行家。夫に町の時計を管理する仕事を与え、留守の時間を作った人物です。
声種:バス
トルケマダコンセプシオンの夫。時計屋で、毎週木曜日には町の時計の調整に出かけます。
声種:テノール

物語を追うときは、「詩人が恋人、銀行家が別の求愛者、ラバ追いは修理を待っている客」という開幕時の関係を覚えておくと分かりやすくなります。二つの大時計の中身は変わりますが、運ぶ人はいつもラミロです。

詳しいあらすじ|二つの時計が上へ下へ

全曲は切れ目なく進む1幕物です。ここでは、五つのまとまりで物語を紹介します。

1.夫の留守に、帰らない客が一人

時計の振り子が動き、店にある時計がそれぞれ違う時刻を鳴らしています。トルケマダの店へやって来たラミロは、止まってばかりいる懐中時計の修理を頼みました。郵便荷物を決まった時刻に運ぶ仕事なので、正確な時計が必要なのです。

そこへ妻コンセプシオンが現れ、今日は町の時計を調整する木曜日だと夫に思い出させます。妻はこの留守の時間に、恋人ゴンサルヴェを迎えるつもりでした。夫は急いで出かけますが、ラミロには戻るまで店で待つように頼んでしまいます。

知らない客が居座っていては、恋人と二人きりになれません。コンセプシオンは、以前から寝室へ置きたかった大時計をラミロに運んでもらい、その間に恋人を迎えることにしました。重そうな時計も、ラミロにはごく軽い荷物です。彼は快く引き受け、時計を肩に担いで上階へ向かいます。

2.恋人は詩ばかり。時計ごと寝室へ

ラミロがいなくなると、ゴンサルヴェがやって来ました。コンセプシオンは時間を惜しんで彼を急がせます。ところが詩人は、時計の文字盤や妻の胸の鼓動を見聞きするたびに、新しい詩の題材を思いつくのでした。逢瀬を始めたい妻と、それを歌にしたい恋人。二人の望みは、同じようでいて噛み合いません。

ラミロが戻ってくると、妻はもう一方の時計のほうが部屋に合いそうだと言い、まず運んだ時計を下ろしてくるよう頼みます。再び二人きりになった隙に、ゴンサルヴェを店に残った大時計の中へ押し込みました。ラミロに時計ごと運んでもらえば、客の目を逃れて恋人を寝室へ入れられるというわけです。

時計に入るという奇妙な状況さえ、ゴンサルヴェには詩になる材料でした。木の箱を棺に見立て、愛と死を結びつけて大げさに歌います。妻のほうは、とにかく早く入ってほしい。ここでも、歌っている内容と二人の置かれた状況とのずれが笑いになります。

3.銀行家まで時計に入り、運び替えが始まる

そこへ銀行家ドン・イニーゴ・ゴメスが現れます。彼もコンセプシオンを口説くために来たのでした。夫が町の時計を管理する仕事に就けたのは、自分が手を回したからだと得意げに語ります。妻のいる店から夫を定期的に外へ出すための計らいです。

ラミロは最初の時計を店へ戻し、今度はゴンサルヴェ入りの時計を寝室へ運びます。コンセプシオンも後を追いました。取り残されたイニーゴは、威厳のある態度よりも、お茶目なところを見せたほうが妻の気を引けると考え、空いた時計へ体を押し込みます。

寝室での逢瀬は思うように進まず、妻は店へ戻ってきます。時計の調子がおかしくて我慢できないという口実で、ラミロにゴンサルヴェ入りの時計を下ろしに行かせました。その間にイニーゴは扉から顔を出し、カッコウの鳴きまねをして妻を驚かせようとします。コンセプシオンには、その冗談を楽しむ余裕がありません。

それでも、若い詩人より経験のある男のほうが頼れそうだというイニーゴの言葉には心が動きます。戻ってきたラミロが、代わりにもう一つの時計を上へ運ぼうかと申し出ると、妻は承知しました。ゴンサルヴェが下り、イニーゴが上がります。どちらの時計も平然と持ち上げるラミロの力に、妻はますます感心するのでした。

4.今度は、時計なしで来てください

コンセプシオンはゴンサルヴェに、もう詩は十分だから帰るように告げます。それでも彼は時計の中にとどまり、木の箱から森の精を連想して詩を作り続けました。ラミロは合間に店番をし、時計の音をラバにつけた鈴の音に重ねて、心地よく過ごしています。

イニーゴとの逢瀬も失敗でした。大きな体が窮屈な時計にはまり、まともに出てこられないのです。妻が戻ると、ラミロは察してその時計を下ろしに行きます。残されたコンセプシオンは、詩しか作らない男と、時計から出られない男への不満を一気に歌います。夫の留守は終わりかけているのに、楽しみにしていた時間が空しく過ぎてしまいました。

ラミロがイニーゴ入りの時計を運んで戻ると、妻は彼の力強さと落ち着きに目を向けます。何度頼んでも嫌がらず、どんな重さも苦にしない。妻は彼に、もう一度寝室へ来てほしいと頼みました。どちらの時計を運べばよいか尋ねるラミロに、今度は時計なしで、と答えます。二人は一緒に上階へ向かいました。

5.恋人たちは時計を買い、夫は新しい日課を頼む

店には、時計に隠れた二人の男が残されています。ゴンサルヴェがようやく外へ出ると、トルケマダが帰ってきました。慌てて隠れ直そうとして時計を間違え、中のイニーゴに場所を塞がれてしまいます。

トルケマダは二人を客として迎えました。イニーゴは、振り子の仕組みを詳しく調べたくて時計の中に入ったと言い訳します。夫はそれなら買ってくれるのだろうと話を進め、ゴンサルヴェにも同じ値段で別の時計を勧めました。怪しまれたくない二人は、買うと答えるしかありません。

イニーゴは購入に同意しても、まだ箱から出られません。帰ってきたコンセプシオンも加わって引っぱりますが、抜け出せず、最後はラミロがあっさり抱え上げて助けます。

二つの時計が売れたので、妻の寝室に置く時計はなくなりました。コンセプシオンが、ラミロは毎朝ラバとともに窓の下を通ると伝えると、トルケマダは彼に、毎日妻へ時刻を知らせてほしいと頼みます。五人は舞台の前へ進み、恋ではラバ追いにも出番が来ると歌う五重唱で、喜劇を閉じます。

聴きどころ|まずは妻の嘆きから

最初に一つ聴くなら、コンセプシオンの「ああ、なんて情けない成り行き」がおすすめです。二人も恋人候補がいるのに、どちらにも失望した妻が怒りをぶちまける場面で、このオペラの可笑しさが短い時間に凝縮されています。

《スペインの時》は、有名なアリアを順番に並べるタイプの作品ではありません。会話や動作がつながって、そのまま音楽になります。

1.導入――時計が鳴るだけで、店が見えてくる

まだ人物の会話が始まる前から、耳には細かな動きが届きます。刻む音、鐘の響き、機械のような反復が重なり、時計店の空間が立ち上がります。一つの大きな旋律に集中するより、奥や手前で別々の音が動いている様子を聴くと楽しい導入です。

台本では、店の時計はそれぞれ違う時刻を鳴らします。正確な時刻を知りたいラミロが訪れる先で、音はてんでばらばら。この小さな食い違いが、これから始まる騒動にもよく似ています。

2.ゴンサルヴェ「木の箱の中で」――恋より歌が大切?

時計に隠れる詩人が、木の箱を悲劇の舞台のように扱って歌う場面です。ほかの人物が用事を進めようとしているのに、彼の声だけは表現を膨らませ、言葉を飾り、時間を引き延ばします。恋人に会うための隠れ場所が、そのまま歌の見せ場になってしまうのでした。

テノールの声が伸びやかになるほど、妻の急ぐ気持ちとの隔たりがはっきりします。美しい声に酔いながらも、「今はそこを歌っている場合だろうか」と感じる。その二重の楽しみ方ができる場面です。

3.ラミロ「なんて魅力的な女性だろう」――素朴な声の居場所

ラミロは、時計運びを頼まれることを迷惑とは感じていません。店に並ぶ精巧な機械を眺め、時計の響きから自分の仕事で聞く鈴の音を思い浮かべます。恋の言葉を操るのは苦手だと言っていた彼にも、物を見る感性があると分かる時間です。

この歌い出しは第10場と第16場に現れます。とくに後の場面では、上げ下げの忙しさの合間に落ち着いた空気が生まれます。バリトンの声を、詩人の華やかなテノールと聴き比べてみてください。自分を見せようとする声と、その場所を味わう声の違いが伝わってきます。

4.コンセプシオン「ああ、なんて情けない成り行き」――怒りにも踊りの勢い

妻の我慢が限界に達する第17場です。ゴンサルヴェの大げさな詩に付き合ってきた妻が、今度は自分の不満を遠慮なく歌います。同じ言葉を繰り返すたび、時間を無駄にした苛立ちが強くなるのが聴きどころです。

声だけを取り出して聴くより、オーケストラの切れ味や、拍の勢いと一緒に味わうと、怒りが喜劇として弾んで聞こえます。歌手には言葉をはっきり伝える力に加え、急な気分の変化を音の中で見せる力が必要です。大声で怒ればよい場面ではなく、音楽の細かな変化に妻の焦りを乗せるところが面白いのです。

5.最後の五重唱――五人そろって客席へ

最後には、物語の中にいた五人がそろって舞台の前へ出てきます。詩人、銀行家、夫、妻、ラバ追いという顔ぶれを歌で紹介し直し、恋の騒動を一緒に締めくくります。ハバネラの揺れるリズムに乗った、軽やかな結末です。

それまで一人ずつの言葉や用事に振り回されていた音楽が、五人の声をまとめていきます。だれかを裁いたり、夫婦の修復を長々と歌ったりすることなく、観客と笑いを共有する終わり方。字幕だけでなく、舞台上の五人が客席へ向き直る瞬間にも注目したいところです。

楽譜を確かめたい方は、IMSLPの《スペインの時》作品ページへ。

時計は正確なのに、恋のタイミングは合わない

言葉で時間を使う男と、体で時間を動かす男

ゴンサルヴェは恋を語る才能があります。イニーゴには金と社会的な力があり、夫を外へ出す仕組みまで作りました。それでも、妻が限られた時間に求めていることを二人とも実現できません。詩人は語り続け、銀行家は狭い箱に立ち往生します。

ラミロは、最初から恋の競争に参加していたわけではありません。できることを頼まれ、そのたびに引き受けていただけです。ところが、同じ時計を何度も運ぶ反復によって、彼の力、機嫌のよさ、落ち着きが妻にも観客にも伝わっていきます。大時計は隠れ場所であると同時に、男たちの違いを実際の行動で見せる道具なのです。

妻の心変わりも、突然の告白で説明されるのではなく、時計を持ち上げるたびに積み重なっていきます。だから、最後の「時計なしで」という短い返事だけで、何が変わったかが分かるのです。

会話を歌にするから、詩人の歌いすぎが目立つ

ラヴェルはこの作品を、音楽による会話として考えていました。多くの人物は、旋律をゆったり聞かせるよりも、相手に話しかけ、言い返し、頼み事をします。フランス語の言葉が音楽の中をすばやく行き交い、オーケストラはその背後で、動きや間の可笑しさを細かく支えます。

その中でゴンサルヴェだけが、いかにもオペラのテノールらしく歌おうとするのが面白いところです。周囲が会話しているぶん、彼の飾った言葉や長く伸ばす声が目立ちます。歌の美しさが、その場に合っていないという人物描写にもなるわけです。

舞台では、時計を持ち上げる瞬間や、扉から顔を出す瞬間と音楽がどう合うかも楽しめます。喜劇の間を歌手だけに任せず、音の長さや響きまで使って組み立てる。ラヴェルの精密さは、深刻な表情ではなく、この軽やかな笑いの中にも表れています。

成立背景|小さな喜劇が、最初のオペラになるまで

モーリス・ラヴェル。1925年公表、撮影者不詳。フランス国立図書館所蔵/パブリックドメイン。Wikimedia Commons。

原作は、詩人・劇作家フラン=ノアンが書いた同名の一幕喜劇で、1904年にパリのオデオン座で上演されました。ラヴェルは1907年、この戯曲をオペラにする許可を得て、作曲に取りかかりました。

スペインを舞台にしていますが、登場人物が歌うのはフランス語です。ラヴェルにはバスク出身の母から伝わるスペインへの親しみがあり、その土地を題材にした作品を何度も書きました。ここでは、スペインの踊りを思わせるリズムや、いかにも情熱的な恋を期待させる設定が、男たちの頼りなさとの落差を生みます。

《スペインの時》の楽譜表紙。デュラン社、1911年。Commons掲載画像は後年の再版を出典とするもの/パブリックドメイン。Wikimedia Commons。

作曲から初演までには、約四年の隔たりがあります。オペラ=コミック座の支配人アルベール・カレは、夫の留守に恋人を招くという題材を、自分の劇場で上演することに慎重でした。初演に向けた話は進んでも、実現は先へ延びていきます。

ようやく1911年5月19日、フランソワ・リュールマンの指揮で初演されました。同じ夜にはマスネの《テレーズ》も上演されています。軽い恋の喜劇と、革命期を舞台にした悲劇を組み合わせた公演でした。初演時には、こうした小さな騒動へ高度な音楽を与えることへの戸惑いもありましたが、後には国外でも上演され、レパートリーとして定着していきます。

1911年初演のジャン・ペリエら出演者を描いた資料。ポール・シャルル・ドラロッシュ(1886〜1914)/パブリックドメイン。Wikimedia Commons。

ラミロを初演したジャン・ペリエは、ドビュッシー《ペレアスとメリザンド》のペレアスも初演した歌手でした。言葉と音楽の細かな結びつきを扱える歌手が、この素朴なラバ追いを担っています。ゴンサルヴェの歌いすぎと、ほかの人物の会話らしい歌い方の違いは、初演の配役を見ても作品の大切な特徴として浮かび上がります。

後年の《子供と魔法》が、子供の目の前で次々に変わる幻想を音楽にした作品なら、《スペインの時》は一つの店で起こる人間の騒動を、五人だけで組み上げた作品です。二作を続けて観ると、ラヴェルが音色を使って舞台の出来事をどれほど多彩に描けるか、その違いも楽しめます。

初めて観るなら、時計の中身と妻の視線を追う

最初の鑑賞では、二つの時計のうち、どちらに誰が入っているかを追ってみてください。空の時計、詩人入りの時計、銀行家入りの時計。これが分かれば、上へ下への運び替えも、複雑に感じず可笑しい段取りとして見えてきます。

もう一つの目印は、コンセプシオンが誰に注目しているかです。始めは恋人の言葉を急かし、次には銀行家に期待し、最後には黙々と時計を運ぶラミロを見る。その変化を、表情、返事の速さ、歌の調子で追うと、短いオペラの中で豊かな人物描写を感じられます。

時計が階段を往復するたび、オーケストラは同じ騒ぎに新しい表情を与えます。目は時計へ、耳は音楽へ。たった一時間の店先の出来事が、思いのほか賑やかな音楽になるはずです。

参考資料と画像の出典

原語台本(Atelier Lyrique de Tourcoing掲載) ― 人物、舞台、21場の行動、結末、歌い出し。

IMSLP:作品情報と楽譜 ― 構成、歌い出し、楽譜への動線。

IRCAM:L’Heure espagnole ― 1907年作曲、55分、初演日時と配役。

オペラ=コミック座:《プルチネッラ/スペインの時》 ― 原作、成立と初演、歌唱方針、2024年公演時間。

グラインドボーン:あらすじ ― 時計の運び替えと妻の選択。

モンテカルロ歌劇場:2024〜25年公演解説 ― 結末、ラヴェルとスペインの関係。

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