ショパン《バラード第1番》解説|静かな歌は、なぜ激しい結末へ向かうのか

窓からの光に照らされた木目のグランドピアノ。創作のイメージ。
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ゆったりと歌われていた旋律が、やがて力強い和音に包まれ、最後には激しい音の流れが鍵盤を駆け抜けます。ショパンの《バラード第1番 ト短調》作品23には、約9〜10分の中に大きな起伏があります。

聴きどころは、華やかな技巧に加え、一度現れた旋律が姿を変えて戻ってくることです。控えめだった歌が堂々と響き、懐かしい旋律が現れたかと思うと、音楽は急速に結末へ向かいます。

二つの旋律を手がかりに、序奏から結末までをたどってみましょう。

1分でわかる《バラード第1番》

《バラード第1番》は、ショパンが1830年代に作曲し、1836年に出版したピアノ独奏曲です。「バラード」は、もともと物語を語る詩や歌曲と結びついた言葉。ショパンはこの名称を用いて、ピアノのための新しいジャンルを切り開きました。

音楽の中心にあるのは、陰りを帯びた第1主題と、明るく伸びやかな第2主題です。主題とは、曲の骨組みになる、特徴のある旋律や音のまとまりのこと。二つは調や伴奏を変えて再登場し、後半では第2主題が大きな頂点を作ります。そのあと第1主題が短く戻り、急速な終結部へ突入。最後はト短調で力強く閉じます。

初めて聴くときは、穏やかな第2主題が、のちにどれほど強い響きへ変わるかに注目すると、全体をつかみやすくなります。

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《バラード第1番》の基本情報

項目内容
作曲者フレデリック・ショパン(1810〜1849)
作品名バラード第1番 ト短調 作品23
原題Ballade in G minor, Op. 23
成立1830年代。1833〜1835年ごろとする研究があり、1831年の着想にさかのぼる説もあります
出版1836年
献呈シュトックハウゼン男爵
編成ピアノ独奏
構成序奏とコーダを備えた単一楽章の作品
演奏時間約9〜10分

パリで形になった、新しいピアノの音楽

ドラクロワが1838年に描いたショパンの肖像。
ショパンの肖像(ドラクロワ、1838年)。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

若いショパンが取り組んだ、約10分の大作

1830年ごろ、モンマルトルから見たパリ西部の版画。
モンマルトルから見たパリ西部(ヒュルリマン、1830年ごろ)。パリ市立美術館所蔵、CC0。 出典:Wikimedia Commons

ショパンは1830年に故郷を離れ、1831年にパリへ移りました。《バラード第1番》は、その前後からパリ時代の初期にかけて成立した作品です。[1][2]

着想を1831年のウィーン滞在にさかのぼらせる説明もありますが、作曲の経緯には不明な点があり、1833〜1835年ごろの作品とする研究もあります。確かな節目は1836年の出版で、このときショパンは26歳でした。[1]

すでにノクターンやマズルカ、練習曲などを手がけていたショパンは、この曲で、性格の異なる旋律を長い流れの中に組み込みました。旋律の間をつなぐ部分や終結部も大きく広がり、一曲で約10分に及ぶ構成となっています。

「バラード」は、ゆっくりした曲という意味ではない

バラードという題名とシュトックハウゼン男爵への献辞が印刷された楽譜表紙。
1836年刊の楽譜表紙。題名とシュトックハウゼン男爵への献辞。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

現代のポピュラー音楽では、「バラード」はゆったりした歌を指すことが多い言葉です。ショパンの題名は、19世紀の文学や歌曲で使われていた意味につながっています。

当時のバラードは、伝説や民間の物語、超自然的な出来事などを語る詩と結びついていました。歌曲なら、その言葉を歌うことで人物や事件を伝えられます。

ショパンはこの名称を、歌詞のないピアノ独奏曲に用いました。語り出しを思わせる序奏があり、歌の途中で雰囲気が変わり、最後には強い緊張が一気に放たれます。聴き手は具体的な筋書きを知らなくても、音楽の進行そのものに物語のような起伏を感じられます。[1][2]

ミツキェヴィチの詩に、決まった筋書きがあるのか

アユ・ダグの岩場に立つ詩人ミツキェヴィチ。
ミツキェヴィチの肖像(ヴァンコヴィチ、1828年)。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

ショパンのバラードには、ポーランドの詩人アダム・ミツキェヴィチの詩から刺激を受けたという、シューマンの伝える証言があります。第1番を物語詩《コンラート・ヴァレンロト》と結びつける解釈も知られています。

ただし、この曲がその詩のどの場面を描くのか、ショパン自身が対応関係を示した説明は残っていません。「この旋律は主人公」「ここから戦いが始まる」といった読み方は、後世の解釈です。

故郷を離れたショパンの経験や、ポーランド文学への関心を重ねて聴くことはできます。それでも、特定の物語や政治的事件の描写と断定せず、音楽そのものの変化を聴く余地を残しておきたい作品です。[1]

音楽をたどる|二つの旋律から、激しいコーダへ

序奏、第1主題、第2主題、中央部、終盤、コーダの順に並ぶ全曲の流れ。
二つの主題とコーダを目印にした全曲の概略。

以下の小見出しは、この記事の鑑賞案内です。ショパンが付けた物語上の標題ではありません。

序奏――低い音から上へ、語り始める

バラード第1番の序奏と第1主題の書き出しが記された自筆譜。
《バラード第1番》自筆譜の冒頭。1835年とされる資料。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

冒頭の速度表示は「Largo」。幅広く、ゆっくりと始まります。両手がオクターヴの間隔で同じ旋律を奏で、低音域から上へと進むため、まず音の線がくっきりと聞こえます。

この曲の主な調はト短調ですが、冒頭には変イ長調の和音の響きが置かれています。最初から主調に落ち着かず、少し離れた響きから始まることで、これから何が続くのかを待つ感覚が生まれます。

上昇する動きが収まると、音楽はいったん足を止めるように静まります。ここでの間や響きの残し方によって、演奏ごとの語り口にも違いが出ます。

第1主題――揺れる伴奏と、陰りを帯びた歌

第8小節から「Moderato」、ほどよい速さの音楽に入ります。左手が伴奏を始め、その上にト短調の第1主題が現れます。

拍子は4分の6。四分音符六つを、三つずつ二つのまとまりとして感じられる拍子です。左手の動きが揺れを作り、右手はその上を歌っていきます。

旋律には、落ち着く先の音へすぐ進まず、その手前の音に触れてから解けるような動きがあります。そのわずかな引っかかりが、穏やかな歌の中に切なさを生みます。

やがて右手の動きが細かくなり、響きも強まります。音域が広がり、伴奏の勢いが増すにつれて、最初の控えめな語り口から、せき立てられるような音楽へ移っていきます。

第2主題――変ホ長調に開ける、伸びやかな旋律

緊張を帯びた動きが落ち着くと、「Meno mosso」の第2主題が現れます。調は変ホ長調で、ト短調の第1主題に比べ、やわらかく明るい響きになります。

左手は和音を一度に鳴らさず、音を順にほどいていく分散和音で伴奏します。右手の旋律は、その流れに支えられながら、広い音域へ伸びていきます。

ここで聴きたいのは、旋律の長いまとまりです。一音ごとの美しさに加え、どこへ向かってふくらみ、どこで力を緩めるかに耳を向けると、歌の広がりを味わえます。

中央部――別の調で戻る主題と、きらびやかな動き

第94小節から、第1主題がイ短調で戻ります。聞き覚えのある旋律ですが、最初のト短調から調が変わり、音楽は再び動き始めます。

続いて第2主題が、今度はイ長調で力強く現れます。最初に聴いたときよりも響きは厚くなり、ゆったりした歌が大きな身振りを持つようになります。同じ旋律を覚えているからこそ、その変化が鮮明に感じられる場面です。

そのあとには、軽快なリズムや装飾の多い音楽が続きます。細かな音型と跳躍がきらめき、冒頭の沈んだ雰囲気から遠く離れます。軽やかな動きを挟むことで、後半の重い響きとの違いも際立ちます。

終盤――第2主題の頂点から、第1主題へ

第166小節では、第2主題が変ホ長調で再登場します。最初と同じ調へ戻りながら、和音と伴奏が充実し、堂々とした響きに変わっています。

全曲の中でも、歌が大きく広がる場面です。右手の旋律を追いながら、その下で左手がどれほど広い音域を動き、響きを支えているかにも耳を向けてみてください。

この大きな広がりのあと、第194小節からト短調の第1主題が戻ります。初めは第1主題、第2主題の順に現れましたが、終盤では第2主題、第1主題という順序になります。

最後の第1主題は、冒頭のように長い展開へ進みません。短いまとまりの中で緊張を強め、急速なコーダへつながっていきます。

コーダ――拍子を変え、最後の激流へ

第208小節からは「Presto con fuoco」。非常に速く、火のような激しさを伴って演奏する指示です。拍子も4分の6から2分の2へ変わります。

それまでの三つずつ揺れる拍の感触から離れ、音楽は鋭く前へ進みます。短い音型が繰り返され、強いアクセントが打ち込まれます。次々に現れる速い走句やオクターヴによって、ピアノの広い音域が使われます。

ここでは、音の多さの中から、強く打ち出される音を拾ってみると流れを追いやすくなります。音型が駆け上がる方向や、低音へ落ちる動きも、緊張を作る大切な要素です。

途中で何度も現れた長調の華やかさから、最後はト短調の厳しい響きへと帰着します。

さらに面白く聴くための二つの視点

ソナタ形式とのつながり――自由な流れの中にある骨組み

前半は第1主題から第2主題、終盤は第2主題から第1主題へ。
前半と終盤の主題の順序。中央部の再登場は省略しています。

《バラード第1番》には、性格の異なる主題を示し、それを変化させ、後半で再び取り上げるという、ソナタ形式に通じる構成があります。

ただし、典型的なソナタ形式なら、後半で主題をどの調へ戻すかが大きな役割を持ちます。この曲では、終盤の第2主題が主調のト短調や同じ主音のト長調ではなく、初めに現れた変ホ長調で戻ります。主題の順序や調の配置に、ショパン独自の扱いが見られます。

そのため、詳しい区分の仕方には研究者による違いもあります。[4][6]

大きく盛り上がったあとに、なぜコーダが続くのか

第2主題の力強い再登場を聴くと、そこで曲が大きくまとまったように感じるかもしれません。それでも音楽は終わらず、第1主題へ戻り、さらに激しいコーダへ進みます。

第2主題の頂点では、長い旋律が豊かな響きの中で歌われます。コーダでは、短い音型、鋭いアクセント、急速な動きが前面に出ます。同じ強奏でも、そこで起きていることは異なります。

歌を十分に広げたあと、その呼吸を切り替えるように終結部が始まる。この二段階の高まりによって、最後の部分には、前の盛り上がりをさらに押し越えていく力が生まれるのです。

シューマンの共感と、ピアノ・バラードのその後

クリーフーバーによるシューマンのリトグラフ。
シューマンの肖像(クリーフーバー、1839年)。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

1836年、ライプツィヒでショパンと会ったシューマンは、このバラードを特に高く評価しました。本人に、ショパンの作品の中でも最も気に入っていると伝えたことを書き残しています。

その報告によれば、ショパンはしばらく考えてから、自分もこの作品を特に好んでいるという趣旨で応じました。二人の評価が重なったことを伝える証言です。[3]

ショパンはその後もバラードを作曲し、四曲を残します。第1番のように激しい終結を持つものもあれば、違う表情で閉じるものもあり、同じ題名を使いながら、各曲で構成と表現を変えていきました。

ピアノ曲に「バラード」という名を与える試みは、ブラームスやリスト、グリーグらにも受け継がれます。作品23は、ショパン自身の代表作であるとともに、後の作曲家が取り組むジャンルの出発点にもなりました。[2]

楽譜を見ながら聴く

IMSLPで《バラード第1番》の楽譜を見る

参考資料

画像・図解について

歴史資料の作者・年代・利用条件は各画像のキャプションと出典ページに記載しています。「イメージ」と表示した画像は創作です。

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作品解説
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