ラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》解説|鐘の響きから始まる、歌うピアノと再起の物語

ピアノが鳴らす鐘、その先で歌い始めるのは誰か

静かな舞台に置かれたグランドピアノのイメージ
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ピアノが、鐘を思わせる和音を静かに鳴らします。響きは繰り返されるたびに強まり、やがてオーケストラの大きな旋律へとつながっていきます。

ラフマニノフ《ピアノ協奏曲第2番》の冒頭です。印象的なのは、その後のピアノの働きです。自らは細かな音の流れを作り、最初の長い旋律をオーケストラに委ねます。

作曲家が創作の不振から立ち直る時期に生まれたこの協奏曲には、重厚な響きも、静かな歌も、鋭く駆け抜ける勢いもあります。ピアノだけでなく、その周囲で鳴る楽器にも耳を向けながら、全3楽章をたどってみましょう。

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1分でわかる《ピアノ協奏曲第2番》

ラフマニノフの《ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18》は、1900〜1901年に作曲された、独奏ピアノとオーケストラのための全3楽章の作品です。交響曲第1番の初演失敗後、創作の不振に苦しんでいた作曲家は、医師ダーリによる治療を経てこの協奏曲を書き、感謝を込めて献呈しました。

第1楽章は鐘のようなピアノの和音と重厚な旋律、第2楽章は木管楽器とピアノによる静かな歌、第3楽章は鋭いリズムと大きく広がる旋律が聴きどころです。演奏時間はおよそ35分。独奏と合奏が旋律と伴奏を交代しながら、一つの長い音楽を作っていくところに魅力があります。

ここを聴いてみよう

静かな旋律を味わうなら、第2楽章の前半がおすすめです。ピアノの柔らかな伴奏に乗って木管楽器が歌い始めるところまで、まずは聴いてみてください。

作品の基本情報

項目内容
作曲者セルゲイ・ラフマニノフ(1873〜1943)
作品名ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18
原題Концерт для фортепиано с оркестром № 2 до минор, соч. 18
作曲1900〜1901年
全曲初演1901年11月9日、モスクワ。ピアノ:ラフマニノフ、指揮:アレクサンドル・ジロティ
献呈ニコライ・ダーリ
構成全3楽章:Moderato/Adagio sostenuto/Allegro scherzando
編成独奏ピアノ、フルート・オーボエ・クラリネット・ファゴット各2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、弦楽器
演奏時間約35〜37分

初演日は現在の暦で示しています。当時のロシアで使われていた暦では10月27日です。

この協奏曲が生まれるまで

1921年のラフマニノフの肖像
ラフマニノフ、1921年。撮影:Kubey-Rembrandt Studios。Public domain。 出典

交響曲第1番の失敗と、書けなくなった時期

1897年、ラフマニノフの交響曲第1番がサンクトペテルブルクで初演されました。指揮を担当したのはアレクサンドル・グラズノフです。演奏は成功せず、作品は厳しい批評を受けました。

まだ20代前半だったラフマニノフにとって、この経験は大きな打撃となります。作曲家としての自信を失い、その後しばらく、大きな作品の創作が滞りました。

ただし、音楽の仕事すべてから離れたわけではありません。この時期にはオペラの指揮者として働き、1899年にはロンドンにも出演しています。演奏や指揮を続けながら、自分の新しい音楽を書くことに困難を抱えていたのです。

ロンドンでの出演に際しては、新しいピアノ協奏曲を用意する約束もしていましたが、実現できませんでした。

トルストイとの面会も、励ましにはならなかった

周囲の人々は、彼を立ち直らせようと力を尽くしました。1900年初めには、敬愛していた作家レフ・トルストイに会う機会も設けられます。

ところが、期待した励ましは得られませんでした。歌手フョードル・シャリアピンとともに自作の歌曲を披露した際、トルストイは、その音楽を必要とする人がいるのかと疑問を呈したと伝えられています。

医師ダーリへの献呈

医師ニコライ・ダーリの肖像
医師ニコライ・ダーリ、1915年頃。撮影者不詳。Public domain。 出典

1900年、ラフマニノフは医師ニコライ・ダーリの治療を受けます。ダーリは催眠と暗示を用いる治療を行っており、ラフマニノフはこの年の初めから春にかけて通いました。

後年に伝えられた回想によると、診察では、新しい協奏曲を書けること、その仕事がうまく進むことを繰り返し伝えられたといいます。やがて創作意欲が戻り、同年には協奏曲の作曲が進み始めました。

家族や音楽仲間に支えられながらの再出発でした。ラフマニノフは、回復を助けたダーリへの感謝を、完成した協奏曲の献呈という形で残しています。

第2・第3楽章が先に演奏された

1901年刊のピアノ協奏曲第2番、2台ピアノ版の楽譜表紙
《ピアノ協奏曲第2番》作曲者編曲の2台ピアノ版、1901年、A. Gutheil刊。表紙上部にダーリへの献辞。Public domain。 出典

この協奏曲は、最初から全曲が披露されたわけではありません。1900年12月15日、モスクワで先に演奏されたのは、第2楽章と第3楽章でした。

ピアノを弾いたのはラフマニノフ自身。指揮は、従兄であり、ピアノの師でもあったアレクサンドル・ジロティが務めました。

二つの楽章は好評を得ました。翌1901年には第1楽章を含めた全曲が完成し、11月9日、同じ独奏者と指揮者によって初演されます。28歳のラフマニノフは、この演奏でも成功を収めました。

この時期には《2台のピアノのための組曲第2番》や《チェロ・ソナタ》も完成しています。《ピアノ協奏曲第2番》は、新作を生み出す力を取り戻した時期を代表する作品となりました。

全3楽章の流れと聴きどころ

第1楽章は鐘のような和音と重厚な歌、第2楽章は木管からピアノへの旋律の受け渡し、第3楽章は軽快な主題からハ長調の終結へ進む。
全3楽章の流れと、耳を向けたい楽器。タップで拡大。

第1楽章|Moderato――重い和音から、長い旋律へ

最初に聴こえるのはピアノだけです。低音と和音が一定の間隔で置かれ、音量を増すにつれて、旋律が始まる前から緊張が高まります。

蓄えられた力が動き出すと、ピアノは広い音域を行き来する分散和音へ移ります。分散和音とは、和音の音を同時に鳴らさず、順番に奏でること。その流れの上で、弦楽器を中心としたオーケストラが、ハ短調の長い旋律を歌い始めます。

細かく動くピアノと、ゆっくり大きく進む旋律。その二つが重なって、冒頭の重い和音とは違う、流れのある響きを作ります。

やがて、ピアノが柔らかな第2の旋律を奏でます。ここでは変ホ長調へ移り、冒頭の重さが和らぎます。最初の重厚な旋律と、この親密に語りかけるような旋律が、楽章の中心となる二つの「主題」です。

中ほどでは、旋律の断片が楽器を変えて現れ、細かな動きが勢いを増していきます。大きな山場では、オーケストラが最初の主題を奏でる上に、ピアノの力強い行進曲風のリズムが重なります。冒頭と同じ旋律でも、その下の動きが変わることで、足取りがいっそう強く感じられます。

山場を過ぎると、柔らかな第2主題がホルンに現れます。ピアノで聴いた歌が、丸みを帯びた管楽器の響きへと姿を変えます。楽章は最後に再び力を引き締め、ハ短調で閉じられます。

第2楽章|Adagio sostenuto――伴奏の上を、旋律が渡っていく

弦楽器の静かな和音によって響きの色が変わり、音楽はホ長調へ移ります。第1楽章のハ短調から離れた調へ進むため、ここでは空間がふっと開いたように感じられるかもしれません。

ピアノが柔らかな分散和音を始めると、その上にフルートが旋律を置き、クラリネットが長い歌を続けます。ピアノの細かな音と、木管楽器のゆったりした旋律が、異なる速さで進むように重なります。

旋律はやがてピアノへ渡ります。管楽器では奏者の息によってつながっていた線を、ピアノでは一音ずつ打鍵しながらつないでいきます。同じ歌でも、音の立ち上がりと余韻が変わり、表情の違いが生まれます。

中間部では動きが活発になり、ピアノの響きも熱を帯びます。やがて、独奏者の技巧を前面に出すカデンツァへ進みます。

その後、初めの歌が弦楽器に戻ります。終わり近くでは、ピアノの和音による落ち着いた歌も現れ、音楽はホ長調の静けさの中で閉じられます。

第3楽章|Allegro scherzando――鋭い足取りと、大きく開く歌

オーケストラの短い導入からピアノが勢いよく入り、音楽は再びハ短調へ向かいます。前の楽章とは対照的に、短く区切られた音や鋭いリズムが目立ちます。

楽章名の「スケルツァンド」は、戯れるように、という意味を持つ言葉です。ここでは軽快さと力強さが組み合わさり、細かな動きが次々に音楽を押し進めます。

その流れが落ち着くと、オーボエとヴィオラが、ゆったりとした第2の旋律を奏でます。この楽章を代表する、長く広がる歌です。ピアノが受け取ると、旋律の周囲に豊かな響きが加わります。速く切り込む部分と、時間をかけて歌う部分の違いが、この楽章の大きな魅力になっています。

中ほどには、同じ主題を楽器が順番に追いかける場面があります。まず第1ヴァイオリンが軽く奏で、すぐにピアノが応じ、ほかの楽器も加わります。このように声部が追いかけ合う書き方を「フガート」と呼びます。最初は一つの線だった音楽が、入り組んだ動きへ育っていくところが聴きどころです。

終盤、先ほどの大きな歌が、ハ長調の明るい響きで広がります。最初はオーボエとヴィオラによって控えめに現れた旋律が、ここではオーケストラの厚い響きを得ます。

最後はピアノが鮮やかに駆け抜け、全合奏による力強い終止へ。ハ短調で始まった協奏曲は、ハ長調で結ばれます。

まず聴きたい3つの場面

木管楽器の歌をイメージしたクラリネットの静物
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1.第1楽章の冒頭――和音の間に残る余韻

冒頭では、和音と和音の間に残る余韻を聴いてみてください。次の音が鳴るまでの間合いによって、重さや切迫感が変わります。異なる演奏を比べるときにも、つかみやすい目印です。

2.第2楽章の前半――クラリネットからピアノへ

歌が途切れずにつながるように聴こえるか、それとも奏者の交代によって表情が変わるか。旋律を受け取る瞬間のピアノの音と、その直前のクラリネットの歌い方に注目してみましょう。

3.第3楽章の終盤――大きな旋律が戻ってくるところ

最初に穏やかに現れた歌が、最後にどれほど広く、強く響くかを比べてみましょう。山場で旋律を急がずに歌う演奏もあれば、前へ進む力を保つ演奏もあり、終結の印象が変わります。

ピアノの華やかさを、長い流れの中で聴く

光が差し込む演奏会場とピアノのイメージ
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この作品の第1楽章には、オーケストラが演奏を止め、独奏者に長い見せ場を任せる独立したカデンツァがありません。技巧的な動きの多くが、オーケストラとともに進む音楽の中へ組み込まれています。

たとえば最初の主題の伴奏では、ピアノが広い音域を動き続けます。音は多くても、それらをすべて同じ強さで前へ出せば、オーケストラの旋律との釣り合いが変わってしまいます。どの音を響かせ、どこを控えるかという判断が、曲全体の聴こえ方に関わります。

一方、第2楽章ではカデンツァが現れ、独奏者の動きに耳が集まります。全曲を聴くときには、ピアノが合奏に溶け込む場面から、単独で前へ出る場面まで、音の存在感がどう変わるかを追う楽しみもあります。

ハ短調からハ長調へ、響きの変化をたどる

作品名にある「ハ短調」は、全曲の中心となる調です。すべての場面が同じ調で進むわけではありません。第1楽章の柔らかな第2主題は変ホ長調、第2楽章の中心はホ長調で、それぞれに異なる響きの明るさがあります。

第3楽章は再びハ短調を軸として進み、終盤にハ長調へ到達します。ハ短調とハ長調は、どちらも「ド」を中心としながら、音の組み合わせが違う調です。同じ中心音に戻りつつ響きが明るくなるため、終結には、遠くへ来た感覚と、落ち着く場所を得た感覚が重なります。

こうした変化に、作曲家の再起を重ねて聴くこともできます。ただし、各楽章に病気や治療の筋書きが指定されているわけではありません。

映画やポピュラー音楽にも広がった旋律

初演後、この協奏曲は多くのピアニストに取り上げられ、旋律は演奏会場の外にも広がりました。映画『逢びき』では、この協奏曲が登場人物たちの感情と結びつけて使われています。

第2楽章の旋律はエリック・カルメンの《All by Myself》に、第3楽章の第2主題は《Full Moon and Empty Arms》に取り入れられました。後者はフランク・シナトラらが歌っています。協奏曲を初めて通して聴く人でも、どこかで耳にした歌に出会うかもしれません。

ラフマニノフ自身の演奏も残っている

ラフマニノフを起用した1921年のヴィクター社のレコード広告
ヴィクター社の広告、1921年3月。Public domain(Commons:PD-US)。 出典

この作品には、作曲者自身がピアノを弾いた録音が残されています。1929年、レオポルド・ストコフスキー指揮、フィラデルフィア管弦楽団との録音です。

アメリカ議会図書館の解説でも、その演奏の速い運びと、作品全体をまとめる力が論じられています。甘美な旋律を大きく引き伸ばすイメージで親しんでいた人には、意外に感じられるかもしれません。

ほかの演奏と比べるなら、まず第1楽章の冒頭や、第3楽章の大きな旋律で、音楽が前へ進む速さと、歌にかける時間を聴いてみましょう。完成から約28年を経た作曲者が、自作をどのように演奏したかに触れられます。

楽譜で確かめたい方へ

IMSLPで《ピアノ協奏曲第2番》の楽譜を見る

次に聴くときは、歌の受け渡しを追ってみる

最初は、気に入った旋律を一つ見つけるだけでも十分です。もう一度聴くときには、その歌を最初に奏でる楽器と、次に受け取る楽器を追ってみてください。

特に、第3楽章の大きな旋律が最初に現れる場面と、最後に戻る場面を比べると、周囲の響きが歌の表情をどう変えるかがわかります。華やかな終結を聴いたあとには、冒頭の一人きりのピアノも、また違う印象で響くかもしれません。

ラフマニノフの生涯|挫折からの再起、祖国を離れても書き続けた音楽
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参考資料

画像・図解の出典

  • ラフマニノフの肖像:Kubey-Rembrandt Studios、1921。Public domain (PD-old-70-expired / US expired)。Wikimedia Commons
  • ニコライ・ダーリ:撮影者不詳、1915年頃。Public domain (PD-RusEmpire / US expired)。Wikimedia Commons
  • 協奏曲第2番・2台ピアノ版の表紙:作曲:Sergei Rachmaninoff/出版:A. Gutheil、1901。Public domain (PD-Russia-expired / US expired)。Wikimedia Commons
  • ヴィクター社の広告:Victor Talking Machine Company(写真撮影者不詳)、1921年3月。Public domain (Commons: PD-US)。Wikimedia Commons
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