
低いクラリネットが、重い足取りの旋律を奏でます。チャイコフスキーの《交響曲第5番》は、沈んだ響きから始まる音楽です。
ところが、終楽章で聞こえる同じ旋律は、驚くほど堂々としています。音の輪郭には聞き覚えがあるのに、表情がまるで違います。約45〜50分の音楽で、この旋律に何が起こるのでしょうか。
途中には、ホルンが長く歌う第2楽章と、バレエの一場面を思わせるワルツもあります。歌い、踊り、ときには激しくぶつかる四つの楽章をたどりながら、冒頭の旋律が姿を変えていく過程を聴いてみましょう。
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概要 / 成立の背景 / 運命の主題 / 全楽章の鑑賞ガイド / 聴きどころ / 深く楽しむ視点 / 初演とその後
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1分でわかる《交響曲第5番》
チャイコフスキーが1888年、48歳のときに書いた、全4楽章の交響曲です。低いクラリネットによる暗い旋律で始まり、ホルンが歌う緩やかな第2楽章、優雅なワルツを経て、力強い終楽章へ進みます。
全曲を結ぶのは、一般に「運命の主題」と呼ばれる冒頭の旋律です。すべての楽章に登場し、最後には明るい長調の行進曲へ変わります。最初はこの旋律を耳に残し、再登場するたびに音色や勢いの違いを確かめると、全体の流れをつかめます。
「運命」という呼び名の根拠や初演後の手紙を知ると、華やかな終結にも、もう一つの聴き方が生まれます。
まず聴くなら、第2楽章のホルン独奏
静かな弦楽器に続いて、ホルンがゆったりと歌い始めるところが入口におすすめです。一つのフレーズがすぐには終わらず、先へ先へと伸びていきます。
基本情報
| 作曲者 | ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840〜1893) |
| 作品名 | 交響曲第5番 ホ短調 Op.64 |
| 原題 | Симфония № 5 ми минор, соч. 64 |
| 作曲 | 1888年5〜8月。主な作曲地は、クリン近郊のフロロフスコエ |
| 全曲の管弦楽初演 | 1888年11月17日(ロシア旧暦11月5日)、サンクトペテルブルク。作曲者自身の指揮 |
| 献呈 | テオドール・アヴェ=ラルマン |
| 初版出版 | 1888年、ユルゲンソン |
| 構成 | 全4楽章 |
| 演奏時間 | 約45〜50分 |
| 編成 | フルート3(第3奏者はピッコロ持ち替え)、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、弦楽器 |
| この記事の対象 | 通常演奏される管弦楽版の全曲 |
名声の中で、自分の創作力を疑った1888年

第4番から10年、その間にも続いていた創作
1888年のチャイコフスキーは、すでに国外でも知られる作曲家でした。この年の前半にはヨーロッパ各地で自作を指揮し、演奏家や作曲家との交流を広げています。
番号付きの交響曲では、第4番の初演から10年が過ぎていました。その間にも《ヴァイオリン協奏曲》《弦楽セレナード》などを書き、1885年には、番号を付けない大作《マンフレッド交響曲》を完成させています。多彩な管弦楽作品を経て、再び番号付きの交響曲に取り組んだのが第5番でした。
それでも、新しい交響曲を書く段階では、自信が揺らぎます。支援者ナジェジダ・フォン・メックへの1888年6月の手紙では、まだ創作力が尽きていないことを、他人にも自分にも示したいという思いを伝えています。
自分の音楽を批判した人へ贈った交響曲

献呈先のテオドール・アヴェ=ラルマンは、ハンブルクの音楽活動を支えた人物です。チャイコフスキーは1888年1月の演奏旅行で彼に会いました。
本人が残した旅行記には、年長のアヴェ=ラルマンが自分の音楽を批判し、ドイツへ移り住むよう勧めたことが記されています。ドイツへ移れば、よりよい作曲家になれるという趣旨の助言でした。
ずいぶん率直な言葉ですが、チャイコフスキーは彼との出会いを好意的に書き残しました。その年の夏に完成した第5番は、この人へ献呈されます。
田園で進めた仕事と、完成の喜び

主な仕事場となったのは、モスクワから離れたクリン近郊、フロロフスコエの家でした。仕事のための外出や体調不良を挟みながら、初夏に全体の下書きをまとめ、夏には各楽器へ音を割り振る管弦楽化を進めました。
8月26日付のメック夫人への手紙には、発熱と激しい歯痛で眠れなかったことが記されています。それでも交響曲を無事に仕上げられた喜びが大きく、小さな体の不調は気にするほどのことではない、と続けました。
この手紙には、秋の演奏会で新しい交響曲を自分で指揮する予定も書かれています。
「運命の主題」は、何を表しているのか

第5番を語るとき、よく使われるのが「運命」という言葉です。冒頭の旋律を「運命の主題」と呼ぶことには、作曲者の草稿という手がかりがあります。
初期の構想には、第1楽章の序奏に関して、運命、あるいは人間には計り知れない摂理への全面的な服従を示す言葉が残されています。続く部分には、疑い、嘆き、信仰へ身を委ねることへの問いも書き込まれました。
一方、作曲中の1888年6月23日、コンスタンチン大公への手紙では、「標題のない交響曲」に取り組んでいると説明しています。
四つの楽章をたどる鑑賞ガイド

以下の小見出しは、各楽章の特徴を示す、この記事の鑑賞案内です。
第1楽章|重い序奏から、歩みと歌が動き出す
Andante — Allegro con anima
冒頭は、低い音域のクラリネットによる静かな旋律です。弦楽器の落ち着いた伴奏の上で、短い音型が区切られながら進みます。この旋律が、後の楽章にも現れる「運命の主題」です。
やがてテンポが上がり、クラリネットとファゴットが、動きのある主題を示します。これは「運命の主題」とは別の旋律です。ここから、歩みを刻むようなリズムに乗って、楽章の本格的な動きが始まります。
弦楽器が伸びやかに歌うところでは、それまで刻まれていた足取りが和らぎます。旋律の断片を繰り返して緊張を高める場面や、全体が大きく鳴る場面もあり、歌の滑らかさとリズムの勢いが交互に耳を引きます。
大きな盛り上がりを経たあとも、この楽章は華やかに締めくくられません。音量が落ち、歩みが遠ざかるように、低い響きの中へ沈んでいきます。
第2楽章|ホルンの歌を、強い響きが遮る
Andante cantabile, con alcuna licenza
低い弦楽器の和音に続き、ホルンが一つの長い旋律を歌います。「カンタービレ」は、歌うようにという指示です。「コン・アルクナ・リチェンツァ」には、ある程度の自由をもって、という意味があり、旋律の呼吸に応じて柔軟に進める余地が示されています。
ホルンの柔らかな響きは、旋律が高まるにつれて張りを帯びます。音を一つずつ聴くよりも、フレーズ全体がどこへ向かって伸びていくかを追うと、この独奏の大きな呼吸が感じられます。
木管楽器が応じ、弦楽器が歌を引き継ぐにつれ、響きは厚みを増します。中ほどでは動きが活発になり、静かな独奏で始まった楽章が、強い感情の高まりへ進みます。
そこへ、第1楽章の「運命の主題」が強い響きで割り込みます。この主題による大きな中断は二度あり、ゆったりした歌に身を任せていた耳を、急に引き戻します。
大きな中断のあとは響きが薄くなり、歌が戻ってきます。激しい合奏の直後に聞こえる弱い音にも耳を向けてみてください。強弱の幅が広いからこそ、静けさにも緊張が残ります。最後は落ち着いた響きへ戻って閉じられます。
第3楽章|優雅なワルツの足元で、リズムが揺れる
Valse. Allegro moderato
第3楽章はワルツです。弦楽器による滑らかな旋律が始まると、それまでの重い響きから空気が変わります。
チャイコフスキーのバレエ音楽を思い出す方もいるでしょう。三拍子のワルツですが、冒頭の伴奏は一拍目を休みます。強く踏み出すはずの場所に音がないため、旋律がふわりと浮かぶように聞こえます。その後にも、拍からずれたところを強調する動きが加わり、規則正しい三拍子の中に揺らぎが生まれます。
中間部では、弦楽器の細かな音型がせわしなく動き、冒頭の大きく滑らかな線とは違う表情になります。ワルツの旋律が戻ってきたときには、その細かな動きを挟んだことで、もとのゆったりした身振りが際立ちます。
終わり近くには、クラリネットとファゴットが「運命の主題」を静かに示します。第2楽章で歌を断ち切ったときとは違い、ここではそっと思い出させるような再登場です。
第4楽章|明るくなった主題が、さらに激しい道を進む
Finale. Andante maestoso — Allegro vivace
終楽章の始まりには、冒頭で聞いた「運命の主題」が戻ります。今度は明るいホ長調で、弦楽器を中心に、ゆっくりと威厳をもって奏でられます。
旋律を支える和音が変わり、厚みのある弦楽器の響きが加わるため、第1楽章の重い足取りが、堂々たる歩みへ変わったように聞こえます。
ただし、明るい序奏のあとも音楽は落ち着きません。速い主部はホ短調で始まり、弦楽器の鋭い動きと管楽器の力強い響きが、緊張を作ります。幅広く歌うところを挟みながら、勢いを取り戻し、大きな頂点へ向かいます。
途中には、全曲が終わったかと思わせる強い区切りと休止があります。初めて聴くと、ここで思わず息を解いてしまうかもしれません。けれども、その先に、ゆったりした壮麗な行進曲が待っています。
「運命の主題」は、ここで大きく前面へ出ます。冒頭から続いてきた旋律を、オーケストラが力を合わせて押し広げ、さらに終結へ向けて速度を上げていきます。
最後に戻ってくるのは、「運命の主題」だけではありません。第1楽章の速い部分に現れた主題も、金管楽器による堂々とした姿で再登場します。四つの楽章を聴いてきた記憶がここで重なり、全曲はホ長調の強い響きで閉じられます。
まず聴きたい三つの場面

1.第1楽章の冒頭――低いクラリネットの輪郭
最初の数分は、旋律の高さと低さ、区切り方に注目してください。終楽章を聴いたあとでここへ戻ると、同じ旋律を暗く感じさせる音色や伴奏の働きがつかみやすくなります。
2.第2楽章の前半――ホルンから周囲へ広がる歌
独奏の美しさに加えて、その周りで鳴る楽器を聴いてみましょう。ホルンが歌っている間、伴奏はどれほど控えめに鳴っているでしょうか。独奏だけでなく背景の音量にも注意すると、音楽を際立たせる工夫が見えてきます。
3.終楽章の大きな休止のあと――行進曲から最後の加速へ
休止のあと、音楽がどんな速さで再開するかを確かめてください。行進曲が十分な重みをもって進む演奏と、勢いを保って前へ進む演奏では、この休止のあとの印象も変わります。
もう一歩深く楽しむ、二つの視点

独奏と大合奏の対照が生む迫力
金管楽器が強く響くと、とても大きな編成に感じられる作品です。けれども、使われる打楽器はティンパニだけ。大太鼓やシンバル、ハープは加わりません。
強烈な響きを生むのは、金管楽器の重なり、弦楽器の細かな動き、音域や強弱の組み合わせです。反対に、クラリネットやホルンの独奏が前面に出ると、大きなオーケストラの中から一筋の音が聞こえてきます。
共通の主題を複数の楽章へ戻して全曲を結ぶ、いわゆる「循環形式」の仕組みも、こうした音色の違いによって生きています。旋律を何度も聞かせるだけでなく、どの楽器に、どれほどの強さで奏でさせるかが、その場面での意味合いを変えています。
終楽章の明るさを、どう受け取るか
暗い短調から明るい長調へ進むため、第5番はしばしば「運命に打ち勝つ音楽」として説明されます。確かに、終結の響きには力強い肯定感があります。
一方、その勝利がどれほど自然に聞こえるかについては、異なる受け止め方がありました。圧倒的な解放と感じることも、大きな身振りで自分を奮い立たせているように感じることもできます。
聴き分ける手がかりは、明るい主題そのものに加え、そこへ至る緊張と休止、行進曲の速さ、最後の加速の組み合わせです。指揮者がそれぞれをどうつなぐかによって、終結の重みも変って聞こえるでしょう。
初演からハンブルクへ――評価を変えた実際の演奏

1888年11月17日、チャイコフスキー自身の指揮で全曲が初演されました。その後もサンクトペテルブルクやプラハで演奏されますが、彼の自己評価は厳しくなっていきます。
同年12月14日付のメック夫人への手紙では、この交響曲はうまくいかなかったと述べ、色彩の過剰さや、作為的に感じるところを挙げています。喝采があったことは認めながらも、それは新しい交響曲への評価ではなく、自分の過去の仕事に向けられたものだ、と受け取っていました。
ブラームスが練習を聴きに来た

翌1889年3月、チャイコフスキーはハンブルクで第5番を指揮しました。その最初の練習を聴くために、滞在を一日延ばしたのがブラームスです。
3月12日付の弟モデストへの手紙によると、練習のあと、二人は一緒に昼食を取り、酒を飲みました。チャイコフスキーは、ブラームスの率直さと気取らない人柄を好意的に記しています。ただ、終楽章はブラームスにも奏者たちにも好評ではなく、この時点では自分も気に入らない、と書きました。
その数日後、演奏会を終えた報告では、調子が変わります。練習を重ねるにつれて奏者が音楽に親しみ、本番もうまくいったことを伝え、再びこの交響曲を好きになったと述べました。
実際の演奏を通して、作品への見方が変わっていったことが、これらの手紙からうかがえます。
次に聴くときは、最後から冒頭へ戻ってみる
全曲を聴いたあと、第1楽章の冒頭をもう一度かけてみてください。終楽章で大きく鳴り響いた旋律が、低いクラリネットの静かな声へ戻ります。
音色、速さ、和音が変わると、同じ旋律がどれほど違って聞こえるか。その違いを確かめると、四つの楽章をつなぐチャイコフスキーの工夫を感じ取れるでしょう。

参考資料
Tchaikovsky Research:Symphony No. 5――成立、草稿の言葉、初演、献呈、出版、書簡の出典。
1888年6月23日、コンスタンチン大公宛書簡(Letter 3589)――「標題のない交響曲」という本人の説明。
1888年8月26日、メック夫人宛書簡(Letter 3644)――完成の喜びと初演の予定。
1888年12月14日、メック夫人宛書簡(Letter 3738)――初期の演奏後の自己評価と、喝采に対する受け止め方。
チャイコフスキー《1888年の外国旅行の自伝的記述》――第11章のアヴェ=ラルマンとの出会い。
Tchaikovsky Research:Johannes Brahms――ハンブルクでの交流、1889年3月12日・17日付のモデスト宛書簡の引用。
Boston Symphony Orchestra:Tchaikovsky — Symphony No. 5――第4番以後の創作と、主題が再登場する仕組み。
Sun Valley Music Festival:Tchaikovsky’s 5th Symphony program notes――制作中の不安、演奏指示、ワルツのリズム。
Fort Worth Symphony Orchestra:Symphony No. 5――第2楽章の中断と終楽章の構成。
Berliner Philharmoniker:Symphony No. 5――楽章構成と管弦楽の動き。
Lansdowne Symphony Orchestra:Tchaikovsky Symphony No. 5 Program Notes & Listening Guide――終結での第1楽章主題の回帰。
画像・図解の出典
チャイコフスキー(1888年)|Atelier E. Bieber(Leonard Berlin撮影と推定)|1888|パブリックドメイン。資料ページ
ナジェジダ・フォン・メック|作者不明|制作年不明|パブリックドメイン。資料ページ
テオドール・アヴェ=ラルマン|作者不明|1857年より前(Commons記載)|パブリックドメイン。資料ページ
ブラームス(1889年)|C. Brasch, Berlin|1889|パブリックドメイン。資料ページ
交響曲第5番の楽譜表紙(1888年)|装丁作者不明/P. Jurgenson刊|1888|パブリックドメイン。資料ページ


