大切な話をしたいのに、彼女の電話が終わらない

結婚を申し込みたい。けれど、話を切り出そうとするたびに電話が鳴る。ようやく通話が終わったと思えば、今度は彼女のほうから別の相手へ電話をかけてしまいます。
メノッティの《電話》は、出発を控えた男性の焦りと、電話のおしゃべりに夢中の女性を描く、約20〜25分の恋愛喜劇です。舞台で歌うのは二人だけ。小さな部屋の出来事が、華やかなソプラノの歌と、待たされるバリトンの芝居で、にぎやかなオペラになります。
初演は1947年。古い据え置き電話が置かれた作品ですが、目の前にいる人よりも、電話の相手を優先してしまう状況には、今も覚えがあるでしょう。短い時間で物語と音楽を楽しみたい人にも親しみやすい一作です。
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《電話》の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作曲・台本 | ジャン・カルロ・メノッティ |
| 原題 | The Telephone, or L’Amour à trois |
| 副題 | 「三人の恋」「三人での恋」の意味 |
| 原作 | 作曲者自身によるオリジナル台本 |
| 初演 | 1947年2月18日、ニューヨークのヘクシャー劇場 |
| 初演の形 | バレエ・ソサエティによる《霊媒》との二本立て |
| 言語・構成 | 英語、全1幕の喜歌劇 |
| 舞台 | ルーシーのアパート。終盤には公衆電話も登場 |
| 登場人物・声種 | ルーシー:ソプラノ/ベン:バリトン |
| 演奏時間 | 約20〜25分 |
| 休憩 | 本作の途中には通常ありません。併演作品を含む所要時間は公演によります |
1分でわかるあらすじ
ベンは、旅行に出る前に結婚を申し込もうと、恋人ルーシーの部屋を訪ねます。ところが、ベンが話を切り出すたびに電話が鳴り、ルーシーは通話に夢中。ようやく電話を切っても、今度は自分から友人に電話をかけてしまいます。
列車の出発時刻が迫り、ベンは求婚できないまま部屋を出ます。そこで思いついたのが、公衆電話からルーシーに電話をかける方法でした。
電話の相手になったベンは、ようやく結婚を申し込めます。ルーシーの返事は、喜んで承諾。二人は受話器越しに愛を確かめ合い、ルーシーは旅先から毎日電話をくれるよう、ベンに自分の電話番号を念押しします。
登場人物|二人の恋に、一台の電話が入り込む

ルーシー|ソプラノ
ベンが求婚しようとしている女性です。電話での会話に夢中になり、目の前のベンの話は後回しになります。友人との楽しげなおしゃべりから、口論、涙、恋人との甘い会話まで、短時間でさまざまな表情を見せる役です。
ベン|バリトン
旅行に出る前に求婚したい男性です。ためらいがちに話すうちに電話に遮られ、列車の時間を気にしながら待ち続けます。歌声に加え、通話中のルーシーを見つめる表情や、話しかける間の取り方でも笑いを生みます。
マーガレット、ジョージ、パメラなど、電話の相手は舞台に現れず、その声を歌う役もありません。ルーシーの応答から、どんな相手と何を話しているのかを想像します。
副題の「三人の恋」で数えられるのは、ベン、ルーシー、そして電話。二人の間へ割り込む電話が、人間の恋敵のように扱われています。
詳しいあらすじ|出発までの1時間、求婚は何度も中断される
全1幕で進む物語を、場面の流れに沿って紹介します。
贈り物を渡し、話を切り出そうとするベン

舞台はルーシーのアパート。彼女は、ベンから受け取った贈り物を開けています。
ベンの列車が出るまで、あと1時間。その前に尋ねたいことがあると告げ、ルーシーへの思いを伝えようとします。けれど、肝心の言葉がなかなか出てきません。
そこへ、マーガレットから電話がかかってきます。ルーシーは近況を尋ね、知人たちの話をし、笑いながら会話を続けます。別れの挨拶をしても、また話が始まる。ベンの待ち時間は、そのたびに延びていきます。
時間がないと伝えたら、時刻を調べられてしまう
ようやく受話器が置かれ、ベンは話を再開しようとします。そこへまた電話。今度は間違い電話でした。
ベンが残り時間の少なさを訴えると、ルーシーは正確な時刻を知りたいのだと受け取り、電話で時刻を調べます。話を急ぎたいベンに、ルーシーは時刻を報告します。
気を取り直して求婚の言葉を探したところで、再び電話が鳴ります。相手はジョージ。ルーシーが自分について話した内容をめぐって、彼は怒っています。ルーシーは否定し、言い返しますが、通話の末に泣きだしてしまいます。
ベンが慰めようとしても、彼女はハンカチを取りに部屋を離れます。
はさみを手に、電話へ近づく

一人になったベンは、何度やっても話せない苛立ちを歌います。その怒りが向かう先は、ルーシーの注意を奪い続ける電話です。
テーブルのはさみを見つけると、ベンは電話へ近づきます。ところが、電話が鳴り響き、ルーシーが戻ってきます。彼女は電話をかばい、ベンを非難。彼女は、電話がいじめられたかのようにベンを叱ります。
二人で静かに話したいと頼んでも、ルーシーには先に連絡したい相手がいます。友人のパメラです。ジョージとの口論について、ほかの人から伝わる前に説明しなければならないと、彼女は再び電話をかけます。
口論の説明が、終わらない長電話に

パメラへの説明から、口論の経緯が明らかになります。ルーシーは、パメラから聞いたジョージについての話を、別の知人たちに話していました。それがジョージ本人の耳に入ってしまったのです。
ルーシーは自分の言動を振り返りながら、話を続けます。短く済ませるという約束をしたはずなのに、説明はなかなか終わりません。
その横で、ベンはもう待てないと訴えます。やがて彼は、話を終えるのを待たずに部屋を出ていきます。
通話後にベンの不在に気づいたルーシーは、彼が何を伝えたかったのかと考えます。電話を残して彼が去った部屋で、寂しさを感じる彼女。そこへ、また電話がかかってきます。
今度の電話相手は、ベン

ベンは近くの公衆電話から電話をかけていました。今度は、ルーシーの注意もベンの声へ向かいます。
ようやく結婚を申し込むと、ルーシーは喜んで承諾します。彼女もベンを愛しており、どうしてもっと早く尋ねなかったのかと応じます。
二人は電話越しに二重唱を歌います。ルーシーはベンの帰りを待つと約束し、旅の間も毎日電話をかけてほしいと頼みます。忘れてほしくないのは、自分の電話番号。ベンも復唱し、二人はその番号を確かめ合います。
聴きどころ|電話の声を、一人のソプラノが演じ分ける

最初に聴くなら、マーガレットとの通話がおすすめです。ルーシーの歌の華やかさと、この作品の笑いの作り方がよく分かります。
マーガレットとの通話|笑い声がコロラトゥーラになる
最初の長い通話は、ルーシーのソプラノをたっぷり聴ける場面です。
挨拶や近況の質問が、軽やかな旋律に乗って進みます。笑い声は細かな音の動きへ広がり、おしゃべりの楽しさと、歌手の華やかな技巧が一緒に伝わってきます。
日常の笑いを大きく膨らませたように聞こえる技巧そのものが喜劇の表現になっています。
ベンの独唱|大げさな怒りの相手は、一台の電話
ルーシーがハンカチを取りに行った後、ベンは待たされる苦しさを歌います。
ここでは、彼がどれほど本気で電話を憎んでいるように歌うかに注目すると楽しめます。人間の恋敵に向かってもおかしくない勢いで、相手を電話と見定めて訴える。その真剣さが笑いになります。
はさみに気づいてからの動作も含め、声と芝居の両方でベンの我慢の限界を見せる場面です。
パメラとの通話|美しい旋律の横で、ベンの時間がなくなる
パメラへの長い説明では、ルーシーの歌が伸びやかに広がります。彼女は自分がどれほど困ったかを語り、そこへベンの焦る言葉が重なります。
ルーシーは電話の相手へ、ベンは目の前のルーシーへ言葉を向けています。同時に響く二人の声から、会話のすれ違いが聞こえてきます。
甘く流れる旋律を楽しみながら、ベンの声がどこで割り込むかにも耳を向けてみてください。彼女の歌が続くほど、彼が立ち去らなければならない時刻も近づいていきます。
最後の二重唱|離れてから、ようやく歌が通じ合う
最後の通話では、ベンとルーシーが互いの言葉に応じる二重唱になります。パメラとの通話中に重なった二人の声と聴き比べると、会話が成立したことが音楽からも分かります。
終わり近くにはワルツ風の軽やかさがあり、求婚が実った喜びを包みます。その中で歌われるのは、電話番号を覚えて連絡してほしいという具体的なお願い。恋愛の甘さと日常のおかしさが、最後まで一緒にあります。
なぜルーシーは、目の前のベンより電話を優先するのか

電話が鳴れば、次の用事が生まれる
ルーシーの行動を追うと、通話にはそのつど理由があります。友人と話す楽しさがあり、怒っている相手には弁明が必要になり、今度はその口論を別の友人に説明したくなります。
特にパメラへの電話は、先ほどの通話が生んだ新しい用事です。一つ電話を終えれば暇になるはずが、話したことで次の電話が必要になってしまいます。
この流れに注目すると、ルーシーをただのおしゃべり好きとして見るより、騒動の連鎖がよく分かります。彼女は目の前の一件を片づけようとしながら、ベンとの話を先へ延ばし続けるのです。
電話は、二人の注意をどう変えるのか
ベンが部屋にいるとき、ルーシーの注意は電話の向こうへ向かいます。ベン自身が電話の相手になると、その注意をようやく受け取れます。
この仕掛けからは、相手を愛することと、その人の話を聞くことのずれも見えてきます。ルーシーの好意は変わっていなくても、着信を優先するたび、ベンの言葉は後回しになります。
結末で電話がなくならないところも愉快です。ベンは壊そうとした道具を使い、ルーシーも電話好きのまま求婚を受け入れます。副題の「三人の恋」は、恋人同士になっても一台の電話がそばに残る、この関係をよく表しています。
《霊媒》から《電話》へ|二本立ての依頼が生んだ喜劇
舞台の言葉も自分で書いた作曲家
ジャン・カルロ・メノッティは1911年、イタリアに生まれました。ミラノで学んだ後、1928年にアメリカのカーティス音楽院へ進みます。

1937年に上演された《アメリア舞踏会へ行く》は、翌年メトロポリタン歌劇場でも取り上げられました。さらにNBCからラジオ用オペラを依頼され、《泥棒とオールドミス》が1939年に放送されます。
《電話》以前から、メノッティは短い喜劇や、英語で物語を届けるオペラに取り組んでいました。自ら台本を書く作曲家として、言葉の応酬と歌の見せ場を一緒に組み立てていたのです。
重い作品の前に、笑える短編を
直接のきっかけは、1946年5月8日にコロンビア大学で初演された《霊媒》でした。偽の降霊会を営む女性が恐怖に追い詰められていく、全2幕の作品です。

この作品に注目したプロデューサーたちが、バレエ・ソサエティでの上演を働きかけます。その際、団体を率いるリンカーン・カーステインから、一晩の公演を構成するため、もう一つ短い作品を添えるよう求められました。
こうして用意されたのが《電話》です。降霊会の不安と恐怖へ進む前に、身近な恋愛のすれ違いで客席を笑わせる。性格の大きく異なる二作が、一組の公演になりました。
二本立ては1947年2月18日、ニューヨークのヘクシャー劇場で上演されます。メノッティは作曲と台本に加え、舞台の演出も自ら担いました。
初演の笑いから、ブロードウェイへ
初演直後の反応を伝える資料として、ロバート・A・サイモンによる『ニューヨーカー』誌の批評が残っています。
サイモンは、最初の台詞から笑いが起こり、終演では大きな喝采に至ったと記しました。台本と音楽の機知、動作を際立たせるオーケストラの働きにも好意的です。
1947年5月1日、二作はブロードウェイのエセル・バリモア劇場へ進出。11月1日まで続き、IBDBの記録では212公演を重ねています。

212回は《霊媒》との二本立て公演の記録です。
据え置き電話から、スマートフォンへ
2020年には、スコティッシュ・オペラがエディンバラ国際フェスティバルの委嘱で映像版を制作しました。舞台を現代のエディンバラへ移し、ルーシーとベンの間に入る道具も携帯電話へ置き換えています。
原作の電話線や公衆電話に関わる芝居は、現代版では工夫が必要になります。それでも、通知や着信のたびに相手との時間が中断される状況は、今の暮らしにも重なります。
古い電話を使った上演なら道具をめぐる芝居が楽しめ、現代版なら自分の生活との近さに気づく。《電話》は、演出によってそんな違いも味わえる作品です。
参考資料
- Wise Music Classical:作品情報・声種・編成・あらすじ
- Fondazione Pergolesi Spontini:公演用台本・イタリア語訳(PDF)
- Scottish Opera:作品解説・作曲者紹介・現代版の演出
- Brilliant Classics:成立経緯・音楽の解説(PDF)
- Robert A. Simon, “A New One”:初演直後の批評
- IBDB:1947年ブロードウェイ公演記録
- Naxos:1947年録音の曲目・演奏時間(PDF)
資料写真の出典
- メノッティ(1944年12月10日)。撮影:Carl Van Vechten/Library of Congress。Public domain。 Wikimedia Commons
- リンカーン・カーステイン(1948年)。撮影:George Platt Lynes/NYPL。Public domain(米国)。 Wikimedia Commons
- エセル・バリモア劇場の外観(2007年5月)。撮影:Andreas Praefcke/CC BY 3.0。縮小・WebP変換。 Wikimedia Commons/CC BY 3.0


