ラフマニノフ《幻想的小品集》Op.3 解説|「鐘」と、19歳が描いた五つの表情

《鐘》の前後にも、若いラフマニノフの魅力がある

暖かな光が差す室内の黒いグランドピアノ
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低い音が三つ、重く響く。ラフマニノフの《前奏曲 嬰ハ短調》は、「鐘」の通称でも親しまれるピアノ曲です。

この曲は、《幻想的小品集》Op.3の第2曲にあたります。曲集を通して聴くと、重厚な和音のほかに、長い息で歌う旋律、急に表情を変えるユーモア、しなやかな舞曲にも出会えます。

作曲したのは19歳のラフマニノフ。のちの協奏曲にも通じる歌心と、ピアノのさまざまな響きを引き出す発想が、五つの短い作品に詰まっています。

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1分でわかる / 誕生の背景 / 全5曲の鑑賞ガイド / 深く楽しむ視点 / 人気と改訂

1分でわかる《幻想的小品集》

《幻想的小品集》Op.3は、1892年に作曲された全5曲のピアノ独奏曲集です。演奏時間は約20〜25分。悲しみを帯びた《エレジー》、通称「鐘」で知られる《前奏曲》、穏やかな《メロディー》、活発な《道化師》、舞曲の動きをもつ《セレナード》が並びます。各曲は独立して演奏できますが、続けて聴くと、旋律の歌わせ方や音の重さの違いが際立ちます。作曲の師アレンスキーに献呈され、チャイコフスキーからも評価を受けました。まずは《前奏曲》で、冒頭の楽想が速い中間部を経て大きな響きに変わるところを聴いてみてください。[1][2][4]

まず聴くなら、第2曲《前奏曲 嬰ハ短調》。 最初と再現部で、同じ楽想の響き方を比べるのが入口になります。

基本情報

項目内容
作曲者セルゲイ・ラフマニノフ(1873–1943)
作品名幻想的小品集 Op.3
原題Morceaux de fantaisie, op.3
作曲1892年
初出版1893年、モスクワのグートハイル社
献呈アントン・アレンスキー
編成・構成ピアノ独奏、全5曲
演奏時間約20〜25分
全曲初演ハルキウ(当時の名称ハリコフ)、作曲者のピアノ。ヘンレ版序文によれば1893年1月9日〔新暦/旧暦1892年12月28日〕
本文の対象1892年の初稿を基本に、第3曲と第5曲の1940年改訂版も紹介

音楽院を卒業し、自分の作品を世に送り出す

1892年、ラフマニノフはモスクワ音楽院の作曲科を優秀な成績で卒業しました。《幻想的小品集》は、その年の後半に書かれたと考えられる作品です。初めて出版された彼のピアノ独奏曲集で、作曲の師アレンスキーに献呈されました。[1]

1892年の若いラフマニノフの肖像
ラフマニノフ、1892年。撮影者不詳/パブリックドメイン。 出典:Wikimedia Commons

一曲の披露から、五曲の曲集へ

《前奏曲》は、曲集全体に先立って演奏されました。ヘンレ版序文では、1892年10月8日〔新暦〕、モスクワの電気博覧会で、ラフマニノフがルビンシテイン、ショパン、リストの作品とともに披露したとされています。

同年12月の友人スローノフへの手紙からは、四曲にもう一曲を加えたことがわかります。ただし、最後に書かれたのがどの曲かは確定していません。

全五曲はハルキウで作曲者自身によって初演され、1893年に出版されました。[1]

師アレンスキーと学生たち。中央に座るアレンスキー、右端のラフマニノフ
アレンスキー(中央の着席者)と学生たち、1892年。ラフマニノフは右端。撮影者不詳/PD-US(Commons表記)。 出典:Wikimedia Commons

チャイコフスキーが気に入った二曲

1893年に撮影されたチャイコフスキーの肖像
チャイコフスキー、1893年。Alfred Fedecki撮影/パブリックドメイン。 出典:Wikimedia Commons

出版された曲集を、ラフマニノフはチャイコフスキーにも贈っています。若い才能を支援していた先輩作曲家は、なかでも《前奏曲》と《メロディー》を高く評価しました。[4]

重く劇的な曲と、穏やかに歌う曲。この二曲を続けて聴くと、若いラフマニノフが書いた音楽の幅が感じられます。

全5曲の鑑賞ガイド

布の上の小さな鐘と、背景に見えるピアノ
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「幻想的小品集」という題名ですが、五曲をつなぐ決まった物語はありません。それぞれの曲名と、実際に聞こえる音の動きを手がかりに聴いていきましょう。以下の小見出しに添えた表現は、この記事の鑑賞案内です。

エレジー、前奏曲、メロディー、道化師、セレナードの順序と聴く目印
五曲の曲順と聴く目印。図を押すと拡大できます。

第1曲《エレジー》変ホ短調——静かな歌が、次第に熱を帯びる

「エレジー」は悲歌、哀歌という意味です。左手が低い音から広がる伴奏を奏で、その上に右手の旋律が入ります。和音を一音ずつほどいて弾く「分散和音」が、途切れずに歌を支えます。

伴奏は細かく動きますが、旋律はゆったりしています。一つひとつの音に立ち止まるより、歌がどこへ向かって高まり、どこで息を収めるかを追うと、長いフレーズがつかみやすくなります。

中間部では、低い声域に旋律が現れます。その歌が高い音域へ広がるにつれ、響きも厚くなり、静かだった音楽が強く感情を訴えるように変わります。[2]

盛り上がりのあとには、冒頭の楽想が戻ります。伴奏の動きと歌の穏やかさが再び聞こえると、大きな高まりを経たあとの落ち着きが感じられます。「悲しい曲」と一括りにせず、内にこもる部分から感情があふれる部分への変化を聴きたい一曲です。

第2曲《前奏曲》嬰ハ短調——静けさと強奏の距離を聴く

冒頭では「ラ、ソ♯、ド♯」の三つの音が、低い音域で力強く鳴ります。それに静かな和音が続き、強い打音と、そのあとに残る響きの対比が生まれます。

「鐘」という通称は、この重い音と余韻をよく表しています。正式な曲名は《前奏曲》で、鐘の鳴る具体的な場面を説明した標題が楽譜に付いているわけではありません。

中央の速い部分に入ると、細かな音が連なり、静かな和音の間にあった余白が埋まっていきます。動きが切迫したところへ、冒頭の楽想が分厚い和音となって戻ってきます。

この再現部では、楽譜の一部が四段に分けて書かれています。両手で弾く音を高低の層に整理して示したもので、低音の支え、旋律、重なる和音が広い音域を満たします。冒頭の音型を覚えておくと、再現部で響きがどれほど広がったかを比べられます。[3]

強奏のあと、曲は静かに終わります。大きな和音が鳴る瞬間だけでなく、その響きが収まっていく終結までが、この曲の流れです。

第3曲《メロディー》ホ長調——伴奏の下に、歌を見つける

《前奏曲》の重い響きから、穏やかなホ長調へ。曲集で唯一、長調を主調とするこの小品が、聴き心地を変えます。

1892年の初稿では、右手が柔らかな和音を刻み、その下で左手が旋律を歌います。上の音ばかりを追うと、伴奏の方を主役として聴いてしまうかもしれません。低めの音域で続く、なめらかな歌を探してみてください。[2]

旋律に沿って和音の色が移り、穏やかだった響きが少しずつふくらみます。音量が増しても、歌の線は長く続いている。その流れを保ちながら、再び落ち着きを取り戻していきます。

1940年の改訂版では伴奏が流れる動きへ書き換えられているため、録音によって印象が異なります。初めて聴く際は、演奏されている版も確かめると、説明と音を結びつけやすくなります。

第4曲《道化師》嬰ヘ短調——鋭い身ぶりから、ゆったりした歌へ

原題の「ポリシネル」は、道化の人物を指す名前です。音楽は急な跳躍や強いアクセントを繰り出し、冒頭から身ぶりの大きさを感じさせます。

高い音と低い音の行き来、力強い音に続く軽い応答、急な強弱の変化。前の《メロディー》で聴いた滑らかな線に代わって、ここでは音の切れ目や鋭いアクセントが耳に残ります。

途中で速さと表情が変わり、ゆったり歌う旋律が現れます。活発だった音楽が落ち着くため、同じ一曲の中でも空気が変わったように聞こえます。やがて冒頭の動きが戻り、歌から鋭い身ぶりへと切り替わります。[3]

第5曲《セレナード》変ロ短調——歌と踊りが重なる終曲

短い導入のあと、ワルツの動きをもつ主部が始まります。伴奏が拍を刻み、その上で旋律がしなやかに動きます。

「セレナード」は夜に奏でる音楽を意味しますが、この曲では舞曲の足取りも大切です。ゆっくりした夜の歌を想像していると、旋律の身軽さが意外に感じられるかもしれません。

旋律の周囲には、細かな装飾や和音の変化があります。歌が進む方向と、伴奏が保つ拍を一緒に感じてみてください。音の表面が華やかになっても、その下に舞曲の動きが続いていることがわかります。[2][3]

変ロ短調という調性でも、表情は沈んだままではありません。軽やかさや優雅さを含むこの終曲を聴くと、最初の《エレジー》からずいぶん違う場所へ来たように感じられます。

深く楽しむ視点——ピアノで「長い歌」を聴かせるには

柔らかな照明に浮かぶ無人のピアノ舞台
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ピアノの音は、鍵盤を打ったあとに少しずつ弱まります。それでも《エレジー》や《メロディー》では、人が息をつないで歌うような長い旋律が聞こえます。

その印象を支えるのが、旋律と伴奏の音量の違いや、次の音へ進む間合いです。旋律を伴奏よりはっきり響かせ、音が弱まりきる前に次の音へつなぐことで、耳は離れた打音をひと続きの歌として受け取れます。伴奏の細かな動きや和音の変化も、その流れを支えます。

演奏を聴き比べるときは、「どれほど大きく弾くか」に加え、「歌がどこまで一続きに聞こえるか」に注目してみてください。同じ楽譜でも、フレーズの頂点をどこへ置くか、伴奏をどれほど控えるかで、音楽の呼吸が変わります。

《道化師》の中間部では、前後の鋭い音の切り方に対して、旋律を長くつなぐ表現が際立ちます。音のつながりに耳を向けると、同じ一曲の中の表情の違いもつかめます。

《前奏曲》の成功——繰り返し求められた一曲

1921年、手に顎をのせるラフマニノフの肖像
ラフマニノフ、1921年。Kubey-Rembrandt Studios撮影/PD-US-expired。米国議会図書館所蔵。 出典:Wikimedia Commons

出版後、《前奏曲》は国外にも広まり、ラフマニノフの名を知らしめる作品になりました。のちに演奏家として世界を巡るようになってからも、聴衆はこの曲をアンコールに求めました。[5]

その人気が、出版からの継続的な収入に結びついたわけではありません。Hyperionの解説によると、グートハイル社から受け取ったのは五曲で200ルーブル、《前奏曲》一曲分では40ルーブルでした。当時のロシアの出版物は国外で十分な著作権保護を受けられず、世界的な普及に応じた出版印税は得られませんでした。[1][5]

約半世紀後、《メロディー》と《セレナード》を書き直す

1940年、ラフマニノフは《メロディー》と《セレナード》の改訂版を出版しました。19歳のときの作品へ、60代の作曲家・ピアニストが手を入れたことになります。[1][6]

《メロディー》では、和音を刻む伴奏が、音をほどいて流れる動きへ変わります。速度表示も、初稿の「アダージョ・ソステヌート」から「アンダンテ・コン・モート」へ。短い即興風のカデンツァ、つまり独奏の装飾的な一節も加わりました。

《セレナード》でも、伴奏や主題の装飾が書き換えられ、和音の色彩や技巧的な動きが豊かになります。どちらも曲の大きな骨組みを保ちながら、ピアノの響かせ方を練り直した改訂です。[1]

初稿と改訂版を比べるときは、主旋律を覚えたうえで、その周囲の音へ注意を移すと違いがつかめます。旋律が大きく変わらなくても、それを支える伴奏が変わることで、歌の進み方まで違って感じられます。

楽譜は、IMSLPの《幻想的小品集》作品ページから探せます。第3曲と第5曲では、初稿と改訂版の表記も確認してみてください。

次に聴くときは、五曲の間にある変化を

《鐘》を聴き慣れている方には、続けて《メロディー》を聴くところから。重い和音のあとに、穏やかな歌がどう聞こえるかを比べてみてください。

全曲を聴くなら、《メロディー》から《道化師》へ移る瞬間も目印になります。長い歌が鋭い身ぶりへ変わり、最後は《セレナード》の舞曲へ。約20〜25分の中で変わる音の表情を追うと、《幻想的小品集》を一冊の曲集として楽しめます。

ラフマニノフの生涯|挫折からの再起、祖国を離れても書き続けた音楽
ラフマニノフの生涯を、交響曲の失敗と再起、家族との暮らし、革命後の亡命、晩年の創作からたどります。代表曲の聴きどころと手紙、年表でわかりやすく解説。

参考資料

[1] G. Henle Verlag:Dominik Rahmerによる校訂版序文
成立、初演、献呈、出版、改訂。日付と最後に加わった曲の扱いは、この校訂資料を優先しました。

[2] ピティナ・ピアノ曲事典:《幻想的小品集》Op.3
各曲の調性、旋律と伴奏、舞曲の特徴。卒業年・初演の記述は校訂資料と照合しています。

[3] 《幻想的小品集》楽譜・John A. Preston編集の旧版スキャン
音型、声部配置、強弱、各曲の構成。

[4] Tchaikovsky Research:Sergei Rachmaninoff
曲集の贈呈、チャイコフスキーによる評価。

[5] Hyperion Records:Morceaux de fantaisie, Op.3
《前奏曲》の普及、アンコール、出版報酬。初演日や追加曲の同定にはヘンレ版序文を用いました。

[6] G. Henle Verlag:《幻想的小品集》作品案内
初稿と後年の改訂版、演奏上の位置づけ。

図解・画像について

図解は曲順と聴く目印を整理したオリジナルです。小見出しの説明や図解の言葉は、この記事の鑑賞案内です。イメージ画像は創作で、歴史資料の写真には作者・年代・利用条件と出典を付記しています。

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作品解説
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