ラフマニノフ《交響曲第2番》解説|第3楽章の名旋律と、全曲をつなぐ響き

あのクラリネットの旋律は、どこへ続くのか

バーガンディーの布に置かれた黒いクラリネット
イメージ

弦楽器の柔らかな歌に続いて、クラリネットが長い旋律を奏でます。少しずつ音を上り下りし、落ち着きそうになると、さらに先へ進んでいく。ラフマニノフの《交響曲第2番》で、とりわけ親しまれている第3楽章の一場面です。

この旋律を入口に全曲を聴くと、作品の印象は大きく広がります。低い弦から始まる第1楽章、勢いよく走る第2楽章、そして以前の旋律を振り返りながら明るく終わる第4楽章。ゆったりした歌と激しい動きが、約1時間の中で交代します。

その長さを支えるのが、旋律どうしのつながりです。冒頭の短い音型がさまざまな主題に姿を変え、ときには前の楽章の歌が、はっきりと戻ってきます。名旋律に耳を傾けながら、音楽がどのように一つの全体へまとまるのかをたどってみましょう。

1分でわかる《交響曲第2番》

ラフマニノフの《交響曲第2番 ホ短調 Op.27》は、主に1906~1907年に作曲され、1908年に作曲者自身の指揮で初演された、全4楽章の交響曲です。第1番の初演の失敗から約11年。ドレスデンで作曲の時間を確保したラフマニノフは、再びこの分野に取り組みました。音楽は低弦の重々しい導入から始まり、活発な第2楽章、クラリネット独奏で知られる第3楽章を経て、明るいホ長調の終楽章へ進みます。豊かな歌に加え、冒頭の音型から育つ主題や、以前の楽章を回想する構成も魅力です。まずは第3楽章から聴き、その旋律が終楽章で戻るところへ進むと、全曲のつながりをつかみやすくなります。

まず聴くならここ――第3楽章《アダージョ》

冒頭の弦楽器から、クラリネット独奏へ。最初はこの音色の交代に注目するだけで十分です。独奏のあとも聴き続けると、音楽は次第に大きな合奏へ広がっていきます。

作品の基本情報

項目内容
作曲者セルゲイ・ラフマニノフ(1873–1943)
作品名交響曲第2番 ホ短調 Op.27
原語表記Симфония № 2 ми минор, соч. 27
成立主に1906~1907年。管弦楽化・推敲を経て1908年に初演
初演1908年2月8日〔当時のロシア暦では1月26日〕、サンクトペテルブルク
初演指揮ラフマニノフ
献呈作曲家・恩師のセルゲイ・タネーエフ
構成全4楽章
演奏時間省略なしで約1時間
編成フルート3〔第3奏者はピッコロ持替〕、オーボエ3〔第3奏者はイングリッシュホルン持替〕、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、打楽器、弦楽器
鑑賞ガイドの対象管弦楽による全曲。省略のない演奏を基本に案内します
1921年のラフマニノフの肖像
ラフマニノフ、1921年。《交響曲第2番》作曲時より後の肖像。撮影:Kubey-Rembrandt Studios/Public domain。 出典:Wikimedia Commons

成立年には、作曲を中心に「1906~1907年」とする資料と、その後の管弦楽化まで含めて「1906~1908年」とする資料があります。

成立背景――再び交響曲を書くまで

第1番の失敗と、創作への復帰

1897年、ラフマニノフの《交響曲第1番》がサンクトペテルブルクで初演されました。指揮はアレクサンドル・グラズノフ。演奏は成功せず、作品への厳しい批評も重なり、ラフマニノフは作曲への自信を大きく失います。

レーピンが1887年に描いた作曲家アレクサンドル・グラズノフの肖像画
アレクサンドル・グラズノフの肖像、イリヤ・レーピン、1887年。ロシア美術館所蔵/Public domain。第1番初演の約10年前の姿です。 出典:Wikimedia Commons

その後は創作が停滞しましたが、医師ニコライ・ダーリの治療などを経て、再びまとまった作品を書くようになります。1901年に全曲初演された《ピアノ協奏曲第2番》は、その復帰を代表する作品です。協奏曲は成功し、ラフマニノフの名声を高めました。

医師ニコライ・ダーリの肖像
医師ニコライ・ダーリ、1915年頃。撮影者不詳。Public domain。 出典:Wikimedia Commons
1901年刊のピアノ協奏曲第2番、2台ピアノ版の楽譜表紙
《ピアノ協奏曲第2番》2台ピアノ版の表紙、1901年、A. Gutheil刊。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

それでも、すぐに新しい交響曲を発表したわけではありません。演奏家・指揮者としての活動が増え、モスクワのボリショイ劇場でも指揮の仕事を担っていました。

ドレスデンで得た、作曲に向き合う時間

1906年秋、ラフマニノフは家族とともにドイツのドレスデンへ移ります。演奏や指揮、社交の予定が重なる生活から距離を取り、作曲に集中するためでした。1905年以降のロシアの政治的不安も、国外で暮らす選択の背景にありました。

1900年頃のドレスデンのアマーリエン広場、カローラ橋と周辺の街並み
ドレスデンのアマーリエン広場とカローラ橋、1900年頃。撮影者不詳/Public domain。ラフマニノフの住居の写真ではありません。 出典:Wikimedia Commons

この環境で進めた仕事の一つが、《交響曲第2番》です。作曲中のことを広く知らせず、静かに取り組んでいました。

1907年2月の手紙では、交響曲を書いたことを認めながら、まだ草稿であり、いったん脇へ置いたと説明しています。その仕事が大きな心配の種になっていたことも記していました。

のびやかな旋律が次々に現れる作品ですが、作曲者が最初から迷いなく書き進めたわけではありません。草稿のあとにも管弦楽化や推敲を重ね、翌年、自ら指揮して聴衆に届けることになります。

全4楽章の鑑賞ガイド

この交響曲は、速い第2楽章のあとに、ゆったりした第3楽章を置いています。活発な動きから長い歌へ切り替わるため、第3楽章の静かな始まりがいっそう際立ちます。

楽章速度表記全体の中での動き
第1楽章Largo – Allegro moderato重々しい序奏から、主題を大きく展開する主部へ
第2楽章Allegro molto鋭いリズムと速い動きの間に、幅広い歌を挟む
第3楽章Adagio独奏と弦の歌が、長い高まりを作る
第4楽章Allegro vivace活発な音楽に過去の主題を織り込み、ホ長調で結ぶ
第1楽章は低弦から長い歌へ、第2楽章は疾走とフガート、第3楽章は弦とクラリネットの歌、第4楽章は回想からホ長調の終結へ進む。
全4楽章の聴く目印。タップで拡大。

第1楽章――低い弦の短い音型から始まる

最初にチェロとコントラバスが、低い音域で短い旋律を示します。ここで現れる音型は、後の音楽にも形を変えて使われる、全曲の重要な材料です。

序奏では、木管の響きやヴァイオリンの歌が加わり、音楽が次第に膨らんでいきます。イングリッシュホルンの物寂しい独奏も挟まれ、静かな出発から主部に至るまでに、すでに大きな起伏が生まれています。

やがて速さが増し、ヴァイオリンが長い主題を奏で始めます。旋律の下では伴奏が動き続け、ゆったりした歌を前へ押し出します。続いて木管から柔らかな別の主題が現れ、張りつめた流れが少し和らぎます。

性格の異なる主題を示し、それらを変化させ、再び戻す構成は「ソナタ形式」と呼ばれます。この楽章では各部分が長い流れの中でつながるため、区切りを一つずつ探すより、音色と緊張の変化を追うほうが聴きやすいでしょう。

中ほどでは独奏ヴァイオリンが細い線を描く場面もあり、そのあとに続く大きな合奏との違いが際立ちます。主題が戻ってからも緊張は残り、最後はホ短調の強い響きで締めくくられます。

第2楽章――走る音楽と、声部の追いかけ合い

弦の素早い動きに乗って、ホルンが力強い主題を吹き出します。第1楽章から一転し、切れのよいリズムが前面に出る楽章です。交響曲の中で、リズムの活気を担う「スケルツォ」に当たる楽章です。

速い動きの途中には、弦が幅広く歌う旋律が現れます。細かな音が忙しく行き交うところから、長い線を大きく描くところへ。その切り替わりによって、音楽に奥行きが生まれます。

中央部では、一つの声部が始めた音型を、別の声部が少し遅れて追いかけます。同じような形が重なっていく「フガート」という書法です。新しい声部が入っても先の動きは続くため、響きが次第に密になっていきます。

この部分では、どの旋律が主役かを一つに決めず、音が加わっていく様子を聴いてみてください。全員が同じ動きをそろえる合奏とは違う、入り組んだ勢いを感じられます。

活発な音楽が戻ったあと、終わりは静かに薄れていきます。大きな音で締めくくらないところにも、この楽章の意外な表情があります。

第3楽章――二つの歌が織りなす《アダージョ》

第3楽章では、まずヴァイオリンが旋律を示し、そのあとにクラリネットの長い独奏が現れます。弦の豊かな響きから、輪郭のはっきりした独奏へ移ることで、音楽がぐっと身近に感じられる場面です。

クラリネットの旋律は、隣り合う音へ少しずつ進みながら、長く伸びていきます。大きく跳躍して印象づけるというより、小さな動きをつないで、なかなか歌を閉じないところに特徴があります。

この楽章では、冒頭の弦の旋律とクラリネットの歌を、別々の目印にすると流れをつかみやすくなります。どちらも穏やかに聴こえますが、音の形と響き方は異なり、後の展開でそれぞれが働きます。

中ほどでは、イングリッシュホルンやオーボエの短い受け答えも聴かれます。長い旋律を歌い続ける場面の間に、音を交わすような細かな動きが入ることで、響きに変化が生まれます。

やがて音量と厚みが増し、冒頭の旋律が大きな合奏の中で高まります。一度盛り上がって終わりではなく、静まったあとにも歌が続き、再び高まりへ向かうため、楽章全体に長い呼吸が感じられます。最後は管楽器と弦の柔らかな響きの中へ収まっていきます。

第4楽章――回想を挟みながら、明るい結末へ

終楽章は、弾むような速いリズムで始まります。主な調はホ長調で、第1楽章のホ短調より明るい響きです。管楽器と弦の動きが重なり、音楽は勢いよく進みます。

その途中で、弦楽器が幅広い旋律を歌い始め、せわしない動きから、ゆったりと線を描く音楽へ切り替わります。

さらに、速い流れが緩み、第3楽章の旋律が戻る場面があります。先ほどまで聴いていた穏やかな音楽が、違う楽章の中に現れる瞬間です。全曲を通して聴いていると、ここで以前の時間とのつながりが、はっきりと感じられます。

展開が進むと、大きな聴きどころとなる下降音階の重なりが現れます。上から下へ降りる音の並びを、さまざまな楽器が違う速さで奏でるため、響きが何層にも広がります。多くの鐘が重なって鳴るようにも聴こえる、華やかな場面です。

その後、主題を再び示しながら終結へ進み、金管と打楽器を伴うホ長調の響きで、全曲を力強く閉じます。

まず聴きたい3つの場面

暖かな光が当たる無人のオーケストラの舞台
イメージ

1.第1楽章の冒頭――合奏が大きくなるまで

低い弦だけの出発から、どのように楽器が加わっていくかを追ってみましょう。短い音型そのものと、周りの響きが膨らむ様子を比べる入口になります。

2.第3楽章――クラリネット独奏の、その先へ

冒頭の有名な独奏を聴いたら、そのまま楽章の大きな盛り上がりまで進んでみてください。静かな入口と、合奏が厚くなる場面を聴き比べると、この楽章の規模が実感できます。

3.第4楽章――下降する音階が重なるところ

旋律の形より、重なり方に注目する場面です。音階が違う速さで降りてくるため、音が降り注ぐような密度が生まれます。第3楽章の回想を過ぎ、再び活発に展開する流れの中で探してみましょう。

なぜ、長い旋律が途切れずに聴こえるのか

クリーム色の背景に青緑・バーガンディー・黄土色の帯が重なる抽象画
イメージ

旋律の下でも、音楽が動いている

ラフマニノフの長い歌を支えているのは、伴奏の動きと和音の移り変わりです。旋律が一つの音を保っているあいだにも、下の響きが変わることで、落ち着きや緊張の感じ方が変化します。

第1楽章では、弦の歌の下を動く伴奏が、前進する力を作ります。第3楽章のゆったりした部分では、和音や楽器の組み合わせの変化が、次の響きへ耳を導きます。

そして、旋律が別の楽器へ受け渡されるときには、音色と厚みも変わります。独奏から弦の合奏へ、さらに管楽器を含む大きな響きへの変化を感じてみてください。

複数の旋律を、同時に動かす

この交響曲では、一つの旋律の下に、別の旋律としても聴ける動きが置かれます。第2楽章のフガートは、その重なりをつかみやすい例です。

こうした書法を理解する手がかりになる人物が、献呈先のセルゲイ・タネーエフです。ラフマニノフがモスクワ音楽院で学んだ恩師であり、複数の旋律を組み合わせる「対位法」に精通した作曲家でした。

ひげをたくわえたセルゲイ・タネーエフの19世紀の肖像写真
セルゲイ・タネーエフ、19世紀。正確な撮影年・撮影者不詳。Public domain。 出典:Wikimedia Commons

タネーエフへの献呈を念頭に、声部を組み合わせる箇所へ耳を向けるのも、一つの鑑賞の視点です。

冒頭の音型と《怒りの日》

第1楽章の冒頭で低弦が示す音型は、この交響曲の核となる材料です。音の上り下りが別の主題に受け継がれ、速さやリズム、楽器を変えながら使われます。これが、性格の違う楽章にも共通した感触がある理由の一つです。

それとは別に、第2楽章のホルンの主題には、聖歌《怒りの日》との関連が指摘されています。《怒りの日》は死者のためのミサに由来し、ラフマニノフが多くの作品で用いた旋律です。ここでは、その旋律に似た音の形が、力強いリズムの中へ組み込まれています。

初演の成功と、省略されてきた歴史

1908年2月8日〔新暦〕、サンクトペテルブルクで《交響曲第2番》が初演されました。指揮は作曲者自身。その後モスクワでも演奏され、作品は好評を博します。同年にはグリンカ賞を受けました。

この交響曲には、のちに一部を省略して演奏する慣行が広まりました。約1時間という長さから、20世紀には大きなカットを施した演奏も行われています。

今日では省略のない演奏も広く親しまれています。録音を比べる場合、演奏時間の差はテンポだけでなく、カットの有無や第1楽章の提示部を繰り返すかどうかにも左右されます。

次に聴くときは、伴奏にも耳を向けて

第3楽章の旋律に親しんだら、次はその下で動く弦や和音へ、少しだけ注意を向けてみてください。主旋律がゆっくり進むあいだにも、音楽の表情が変わっていることに気づきます。

全曲を聴くときには、楽章ごとの性格の違いを楽しみながら、終楽章で戻ってくる歌や、音階が何層にも重なる響きを待ってみましょう。名旋律を聴く楽しみから、オーケストラ全体の動きを聴く楽しみへ、この交響曲の味わいが広がります。

ラフマニノフの生涯|挫折からの再起、祖国を離れても書き続けた音楽
ラフマニノフの生涯を、交響曲の失敗と再起、家族との暮らし、革命後の亡命、晩年の創作からたどります。代表曲の聴きどころと手紙、年表でわかりやすく解説。

楽譜を見たい方へ

各ファイルの利用条件は掲載先でご確認ください。

IMSLP:ラフマニノフ《交響曲第2番 Op.27》

参考資料

掲載画像の出典

作曲家と名曲の物語を、
YouTubeでも解説しています。
クラシック音楽の事件簿 — YouTubeで見る
作品解説
タイトルとURLをコピーしました