熱狂のさなかに、「運命」が戻ってくる

オーケストラが勢いよく駆けていたところへ、重々しいファンファーレが割り込みます。終楽章で突然戻ってくるのは、全曲の冒頭に響いた音楽です。
チャイコフスキーは、この響きを「運命」と説明しました。それほど強い力に行く手を遮られた後、音楽はどこへ向かうのでしょうか。
《交響曲第4番》には、激しい合奏と同じくらい印象的な、静かな歌や軽やかな響きがあります。オーボエの独奏、弦を指ではじく音、素朴な民謡。それぞれの表情をたどると、最後の高揚がいっそう深く伝わってきます。
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1分でわかる / 作曲の背景 / 全4楽章 / まず聴きたい場面 / 終楽章の意味 / 批判と作曲者の返答
音楽と映像で、作品の魅力をさらに深く。YouTube「クラシック音楽の事件簿」でもご紹介しています。
1分でわかる、交響曲第4番
チャイコフスキーの《交響曲第4番 ヘ短調 Op.36》は、1877年から1878年にかけて書かれた、全4楽章の交響曲です。演奏時間は約40〜45分。作曲者を支えたメック夫人へ、「わが最良の友へ」という献辞とともに贈られました。
第1楽章では、強烈なファンファーレと、落ち着かないワルツのような音楽、夢を思わせる柔らかな旋律が交替します。第2楽章はオーボエが歌う抒情的な音楽。第3楽章は、弦楽器が弓を使わずに演奏する独特の軽さが魅力です。終楽章ではロシア民謡が繰り返され、激しい合奏の中で姿を変えていきます。
まずは冒頭のファンファーレを覚えておきましょう。その再登場を聴き取ることが、全曲のつながりをつかむ入口になります。
まず聴くなら、第3楽章
重い音楽が苦手な方にも勧めやすい楽章です。弦楽器が一斉に弦をはじくと、音が短い粒になって飛び交います。弦の音が消えたところで管楽器が入ってくるので、楽器ごとの響きの違いも楽しめます。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作曲者 | ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840〜1893) |
| 作品名 | 交響曲第4番 ヘ短調 Op.36 |
| 原題 | Симфония № 4 фа минор, соч. 36 |
| 作曲 | 主に1877年。総譜は1878年1月7日完成(当時のロシア暦では1877年12月26日) |
| 初演 | 1878年2月22日、モスクワ(ロシア暦2月10日) |
| 初演指揮 | ニコライ・ルビンシテイン |
| 献呈 | ナジェジダ・フォン・メック。献辞は「わが最良の友へ」 |
| 構成 | 全4楽章 |
| 演奏時間 | 約40〜45分 |
| 編成 | ピッコロ、フルート・オーボエ・クラリネット・ファゴット各2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、大太鼓、シンバル、トライアングル、弦楽器 |
作曲の背景|混乱の中で仕上げた「わたしたちの交響曲」
結婚前に、全曲のスケッチはできていた

1877年の春、チャイコフスキーは新しい交響曲に取り組んでいました。6月には全曲のスケッチがまとまり、次はそれをオーケストラの楽譜へ仕上げる段階に入ります。
その年の7月、アントニーナ・ミリュコーヴァと結婚しました。ところが共同生活は短期間で行き詰まり、心身の調子を崩したチャイコフスキーは、秋にロシアを離れます。
第4番の激しさをこの体験と結びつけたくなりますが、音楽の骨組みは結婚前から存在していました。作曲は私生活の危機をまたいで進み、同時期のオペラ《エフゲニー・オネーギン》と並行しながら完成へ向かいます。
旅先での作業は順調なことばかりではありません。モスクワに残してきたスケッチを取り寄せた際には、滞在地の移動もあって到着が遅れ、失われたのではないかと心配しました。スケッチが届いたのは11月。12月には管弦楽化へ集中的に取り組み、とくに複雑な第1楽章に力を注ぎます。
年末の手紙には、仕事へ深く没頭し、この交響曲をそれまでの自作の中で最良と考える言葉が現れます。総譜を完成させたのは、イタリアのサンレモで迎えた1878年1月7日でした。ロシア暦では1877年12月26日にあたるため、成立年が「1877年」と記されることもあります。 [1]
名前を伏せて献呈した、メック夫人

この時期にチャイコフスキーを支えたのが、裕福な未亡人ナジェジダ・フォン・メックです。彼女は経済的に援助するとともに、手紙を通して作曲者の悩みや音楽への考えを受け止める相手になりました。
二人は直接の交際を避け、書簡を中心とする関係を続けます。チャイコフスキーは第4番を「わたしたちの交響曲」と呼び、夫人へ献呈しました。ただし、楽譜に記されたのは個人名ではなく、「わが最良の友へ」という献辞です。
初演後、夫人から作品の内容を尋ねられると、1878年3月1日付の手紙で各楽章を説明しました。冒頭の「運命」、過去を振り返る悲しみ、人々の喜びに加わる終楽章。今日よく知られる解説の多くは、この手紙に由来します。
これは、音楽を言葉に置き換えて伝えようとした私的な説明です。本人も、音楽が表す感情を言葉で説明し尽くす難しさを述べています。 [7]
全4楽章をたどる|歌とリズム、音色の変化を聴く
四つの楽章は、長さも性格も大きく異なります。とくに第1楽章は規模が大きく、その後の三つの楽章で、歌、音色の遊び、祝祭へと視野が広がります。以下の小見出しは、音の流れをつかむための鑑賞案内です。

第1楽章|落ち着かないワルツと、断ち切られる夢
Andante sostenuto — Moderato con anima/ヘ短調
冒頭では、ホルンとファゴットが強い音型を示します。そこへほかの管楽器が加わり、音の厚みと鋭さが増していきます。
これが、作曲者のいう「運命」の主題です。チャイコフスキーは、幸福へ向かおうとする人を妨げる、避けがたい力として説明しました。音楽の中でもこの主題は、流れを大きく区切り、別の方向へ押し戻すように働きます。
序奏が静まると、弦楽器を中心に、揺れながら下がっていくような旋律が始まります。主部は8分の9拍子で、一拍を三つの細かな音に分ける三拍子です。ワルツを思わせる揺れがあります。
ところが、旋律と伴奏の強調する位置がずれるため、すんなりとは踊れません。足を運ぼうとしても途中でためらうような、不安定な動きが続きます。
やがてクラリネットが、柔らかな別の旋律を歌い始めます。強い合奏から細い管楽器の線へ変わり、音楽の圧迫感が薄れます。作曲者はこうした変化を、現実から離れて夢へ入り込むことと結びつけました。
楽章は、対照的な旋律を示し、それを変化させながら緊張を高め、主要な旋律へ戻る、ソナタ形式を土台にしています。ただ旋律が順番に帰ってくるだけでなく、その節目へ「運命」の響きが入り込むため、せっかく得た安らぎを何度も破られるように聴こえます。
終盤は、旋律の断片と反復するリズムが力を増し、激しい合奏へ進みます。穏やかな夢の中へ落ち着くことなく、この長い楽章は閉じられます。 [6]
第2楽章|オーボエの歌から始まる、思い出の音楽
Andantino in modo di canzona/変ロ短調
静かに弦をはじく伴奏の上で、オーボエが歌います。大きな合奏に包まれていた耳へ、一つの旋律がはっきり届く始まりです。
「in modo di canzona」は、歌のような様式で、という意味です。旋律が上がっては下がり、一息ごとのまとまりをつくるため、言葉のない歌として聴くことができます。
この楽章について、チャイコフスキーは、疲れて一人で過ごす夕べに過去の記憶が浮かんでくる様子を説明しました。思い出すのは楽しかった時間ばかりでも、悲しい出来事ばかりでもありません。懐かしさと寂しさが混ざる感覚です。
中間部では木管楽器の動きが活発になり、音楽も明るさを増します。冒頭の静けさから少し離れた後、再び歌う音楽へ戻っていきます。
終盤に注目したいのは、ファゴットです。最初にオーボエで聴いた旋律が低い音域へ移ると、同じ歌にも落ち着いた陰影が生まれます。旋律の形とともに、誰が歌っているかを聴き取ると、この楽章の変化がよくわかります。 [5]
第3楽章|弦をはじく音が、オーケストラを駆けめぐる
Scherzo. Pizzicato ostinato. Allegro/ヘ長調
弦楽器が弓を使わず、指で弦をはじき始めます。この「ピッツィカート」を、弦楽器は楽章を通して続けます。「オスティナート」は執拗な反復を意味し、はじく音の連続がこの楽章の特徴です。
弓で弾く音と違い、はじいた音はすぐに減衰します。その短い音を次々につなぎ、ヴァイオリンから低い弦楽器へ受け渡すことで、軽快な動きを生み出しています。
中間部では弦楽器が退き、木管楽器のにぎやかな旋律が現れます。さらに金管楽器の行進曲風の響きも入り、音色の性格がくっきりと分かれます。弦の細かな動きが戻ってくると、それまで別々に聴いた音楽が交差し、短いやり取りを重ねます。
メック夫人への手紙では、少し酒を飲んだときや眠りに入るとき、つながりのない像が浮かぶ感覚にたとえられました。第1楽章の張り詰めた流れから離れ、現れては消える音の組み合わせを楽しむ楽章です。 [7]
第4楽章|素朴な民謡が、大きな熱狂へ変わる
Finale. Allegro con fuoco/ヘ長調
全合奏が一気に飛び出します。「con fuoco」は、火のように、熱烈に、という指示です。弦と木管の速い動きに金管と打楽器が加わり、第3楽章とは対照的な音の厚みをつくります。
その激しさの間に、短い歌が現れます。ロシア民謡《野に白樺は立っていた》です。速い音が駆けめぐる部分に比べ、旋律の輪郭をつかみやすいので、まずこの歌を耳に留めてみてください。
民謡は、楽器や伴奏を変えながら繰り返されます。素朴な歌だったものが、周囲の音を巻き込み、次第に強い力を帯びていく。
盛り上がりが極まったところへ、冒頭のファンファーレが戻ります。新しい民謡や明るい合奏を聴いていた耳が、一瞬にして第1楽章の世界へ引き戻されます。
その後、音楽は静けさを経て再び動き出します。合奏が勢いを取り戻し、シンバルや大太鼓も加わる中、ヘ長調の力強い終結へ進みます。 [5]
まず聴きたい3か所

1.第1楽章、クラリネットの旋律が現れるところ
冒頭の強い音楽が続いた後、クラリネットの柔らかな声を探してみてください。音量だけでなく、響きの密度や旋律の動きも変わります。「夢」と説明された音楽が、直前までの緊張をどう和らげるかが聴くポイントです。
2.第3楽章、弦楽器から管楽器へ切り替わるところ
弦の短い音と、息でつながる管楽器の音では、同じオーケストラでも手触りが違います。演奏映像なら、弦の奏者が弓を使っていないことを見てから聴くと、響きと奏法の関係がわかりやすくなります。
3.終楽章、民謡が繰り返されるところ
最初に聴いた民謡と、その後の再登場を比べてみましょう。旋律そのものに加えて、周囲の音の数や強さがどう変わるかを追うと、小さな歌から大きな盛り上がりをつくる仕組みが見えてきます。
「運命」が残る世界で、喜びをどこに見いだすのか

終楽章をどう聴くかを考えるとき、メック夫人への手紙が役立ちます。
チャイコフスキーは、自分の中に幸福を見いだせないなら、他の人々へ目を向けることを語りました。人々が祭りを楽しみ、喜びに身を任せる様子です。終楽章の民謡とにぎやかな合奏は、この説明によって、人の集まる場所の音楽としても聴こえてきます。
ところが、そこでも「運命」は再び現れます。作曲者の説明をたどると、苦しむ自分の存在を思い出した一方で、周囲の人々の喜びは続いています。そこから、自分も他者の喜びに加わり、生きる支えを得ようとする考えへ進みます。 [3]
この手紙を手がかりにするなら、最後の高揚は、苦しみが消えた証しというより、苦しみを抱えた人が喜びへ向かう動きとして聴けます。
結末を明るい勝利として受け取る場合も、その直前にどんな音が鳴ったかを覚えておくと、最後の歓喜の重みが変わってくるでしょう。
「バレエのようだ」という批判に、どう答えたのか
1878年2月22日、ニコライ・ルビンシテインの指揮でモスクワ初演が行われました。作品について詳しい意見を寄せた一人が、作曲家でピアニストのセルゲイ・タネーエフです。

タネーエフは第1楽章の長さやリズムの反復などを指摘し、複数の楽章にバレエ音楽を思わせる部分があることにも不満を述べました。一方で、第1楽章への愛着や、第3楽章の響きの見事さも認めています。

チャイコフスキーは、率直な意見への感謝を示しながら反論します。踊りのリズムを持つ旋律が、なぜ交響曲にあってはいけないのか。ベートーヴェンの交響曲にも、そのような音楽はあるではないか、という趣旨です。
さらに同じ手紙で、自分の第4番はベートーヴェンの《交響曲第5番》の根本的な考え方を受け継いだと説明しました。個々の旋律の模倣を意味しているわけではありません。 [2]
第4番を聴くときも、冒頭の音型を比べるより、一つの主題が全曲をどう結びつけるかに注目すると、この発言を理解しやすくなります。その中へ歌や踊り、民謡を取り入れることを、チャイコフスキーは自分の交響曲の表現として擁護したのです。
第4番はその後、ロシアの外へも広がりました。1890年にはウォルター・ダムロッシュ指揮のニューヨーク交響楽協会がアメリカ初演を行い、現在ではチャイコフスキーの代表的な交響曲として演奏され続けています。 [8]
次に聴くときは、響きの違いを味わう
冒頭のファンファーレを覚えたら、次は、その間にある音楽へ耳を向けてみてください。オーボエからファゴットへ渡る歌、弦と管の応酬、少しずつ姿を変える民謡です。
同じオーケストラから生まれる響きが、これほど違った表情を持つ。その変化を味わいながら最後まで進むと、第4番の激しさと親しみやすさを、ともに楽しめるでしょう。
楽譜を見たい方へ
参考資料・画像出典
[1] Tchaikovsky Research:Symphony No. 4
作曲経緯、完成日、献呈、編成、書簡抜粋
[2] Tchaikovsky Research:Letter 799
タネーエフの批評と作曲者の返答、ベートーヴェン第5番との関係
[3] ロサンゼルス・フィル:作品解説(Orrin Howard)
メック夫人との関係、楽章の説明と終楽章の意味
[4] ロサンゼルス・フィル:作品解説(別稿)
冒頭の楽器、音色と主題の対比
[5] ベルリン・フィル:作品解説(Malte Krasting)
初演日、楽章の流れと旋律の受け渡し
[6] インディアナポリス交響楽団:作品解説
第1楽章の形式、各楽章の奏法と聴く目印
[7] チューリヒ・トーンハレ管弦楽団:A drama of the soul
書簡の位置づけ、作曲者の楽章ごとの説明
[8] ボストン交響楽団:作品解説(Harlow Robinson)
民謡の引用、アメリカ初演と受容。成立・初演日は資料1・5を優先
[9] IMSLP:Symphony No.4, Op.36
管弦楽総譜、パート譜の掲載と版・権利表示
歴史資料画像の作者・年代・利用条件は各キャプションに記載しています。イメージ画像は、音楽の鑑賞を補助する創作です。


