
夕暮れの放送や、学校で歌った《家路》。ドヴォルザークの《交響曲第9番「新世界より」》を知らなくても、第2楽章の旋律には聴き覚えがあるかもしれません。
その歌の前には、ホルンが力強く呼びかける第1楽章があります。後には、鋭いリズムの第3楽章、金管が堂々と鳴り響く第4楽章が続きます。全曲を聴くと、《家路》の穏やかさも、激しい音楽に挟まれたひとときとして聞こえてきます。
この交響曲を書いたのは、故郷のボヘミアを離れ、ニューヨークで暮らしていたドヴォルザークでした。新しく出会ったアメリカの歌と、以前から培ってきた作曲の技術。その両方が、約40分の音楽に息づいています。
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1分でわかる《新世界より》
《交響曲第9番「新世界より」》は、ドヴォルザークがアメリカ滞在中の1893年に作曲した、全4楽章の交響曲です。ニューヨークの音楽院で働く彼は、アフリカ系アメリカ人の霊歌などに関心を寄せ、その特徴を自分の音楽へ取り入れました。第1楽章は、静かな序奏からホルンの力強い主題へ。第2楽章では、《家路》で知られる旋律をイングリッシュホルンが奏でます。第3楽章の激しい舞曲を経て、第4楽章では、それまでの旋律が新しい主題と組み合わされます。歌いやすい旋律、躍動するリズム、楽章を越えた音楽のつながりが魅力です。
まず聴くなら、第2楽章の冒頭から。 管楽器の和音に続いて、独奏が始まるところまで聴いてみてください。厚みのある響きから、一人の歌声のような音色へ変わる瞬間に、この楽章の魅力が表れています。
《新世界より》の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作曲者 | アントニーン・ドヴォルザーク(1841–1904) |
| 作品名 | 交響曲第9番 ホ短調《新世界より》 |
| 原題 | Symfonie č. 9 e moll „Z Nového světa“ |
| 作品番号 | 作品95/B.178 |
| 作曲 | 1893年1月10日〜5月24日、ニューヨーク |
| 初演 | 1893年12月16日、カーネギーホール。前日に公開総練習 |
| 初演の演奏 | アントン・ザイドル指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック |
| 初版出版 | 1894年、ジムロック |
| 構成・演奏時間 | 全4楽章、約40〜45分。 |
| 編成 | フルート2(ピッコロ持ち替え)、オーボエ2(イングリッシュホルン持ち替え)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、トライアングル、シンバル、弦楽合奏 |
| この記事の対象 | 管弦楽の原曲全4楽章 |
ニューヨークで出会った、アメリカの歌
アメリカ独自の音楽を育てるために
1892年、ドヴォルザークはニューヨークのナショナル音楽院に招かれました。創設者のジャネット・サーバーが期待したのは、アメリカ独自の芸術音楽を育てること。故郷の舞曲や民俗的な響きを作品に生かしてきた彼は、その役割を託すのにふさわしい作曲家でした。

アメリカで身近に歌を聴かせた一人が、音楽院の学生ハリー・T・バーレイです。後に歌手・作曲家として活躍するバーレイは、かつて奴隷だった祖父から霊歌を教わっていました。

霊歌は、奴隷制下のアフリカ系アメリカ人の間で育まれた宗教的な歌です。バーレイの歌声を通してその音楽に触れたドヴォルザークは、アメリカの作曲家が学ぶべき豊かな可能性を見いだします。
ただし、《新世界より》の旋律がすべて既存の歌から借りられたわけではありません。本人は、アメリカの歌の精神を表そうとしたのであり、旋律そのものを使ったのではない、と説明しています。一方、第1楽章のフルートの旋律と、霊歌《スウィング・ロウ・スウィート・チャリオット》との近さは、繰り返し指摘されてきました。歌から受けた刺激がどのように作品へ結びついたかは、今も議論のある部分です。
帰国の予定を変え、子どもたちを呼び寄せる
作曲中の生活には、故郷に残した家族との距離もありました。
助手ヨゼフ・コヴァジークの回想によると、ドヴォルザークは1893年春、予定していた帰国までに交響曲を書き終えるのは難しいと考え、妻と相談します。その結果、子どもたちをアメリカへ呼び寄せ、夏をアイオワ州スピルヴィルで過ごすことになりました。
交響曲が完成した5月24日、子どもたちは渡米の途中でイギリスのサウサンプトンに到着。その知らせを受けたことが、総譜の末尾にも書き込まれています。
また、この交響曲はスピルヴィルへ出かける前に、ニューヨークで完成しています。
「新世界より」という題名は、何を意味する?
ここでいう「新世界」は、アメリカを指します。題名を付けたのは、ドヴォルザーク自身です。
1894年の手紙では、アメリカで最初に書いた作品だったので《新世界より》と名付けた、と説明しています。さらにコヴァジークの回想では、初演のために総譜をザイドルへ届ける直前、表紙へこの言葉を書き加えたとされています。
「アメリカへ到着し、故郷を思い、最後に帰国する」といった全曲の筋書きを、作曲者が指定したわけではありません。『ハイアワサの歌』からの着想については後で触れますが、風景や物語をどこまで思い浮かべるかは、聴き手に開かれています。
四つの楽章を、音楽の流れに沿って聴く

全曲は「速い楽章、遅い楽章、舞曲、速い終楽章」という配置です。以下の副題は、この記事の鑑賞案内であり、作曲者による標題ではありません。
第1楽章|静かな序奏から、力強い呼びかけへ
Adagio — Allegro molto
低い弦楽器が、静かに音楽を始めます。音と音の間に余白があり、まだ一定の勢いで進みません。そこへ管楽器の強い響きやティンパニが加わり、序奏の中にも緊張が生まれます。
速い主部に入ると、ホルンが上向きの勢いを持つ主題を奏でます。短くても輪郭がはっきりしていて、覚えやすい旋律です。
続いて、フルートやオーボエが民謡を思わせる旋律を受け持ち、さらにフルートの独奏による伸びやかな歌が現れます。金管の呼びかけに対し、木管は細い線で歌う。その音色の違いが、音楽に奥行きを与えています。
中ほどでは、紹介された主題の一部が短く切り出され、響きを変えながら展開します。旋律を最初から最後まで歌う場面に比べ、短い動きの応酬が増え、緊張も高まっていきます。
やがて冒頭の主題群が戻り、最後はティンパニを伴う強い響きの中で、金管が主要主題を押し出します。「主題を紹介する、動かす、戻す」というソナタ形式の流れを、力強い終結まで追える楽章です。
第2楽章|親しみのある歌に、暗い影が差す
Largo
管楽器の厳かな和音が連なった後、イングリッシュホルンが、あの旋律を歌い始めます。
イングリッシュホルンは、オーボエより低い音域を受け持つ木管楽器です。丸みのある響きの中に、少し鼻にかかったような独特の輪郭があります。その下では、弱音器を付けた弦が長い音を保ち、独奏を静かに支えます。
旋律の素朴さに加え、伴奏の動きが少ないことも、この場面の落ち着きにつながっています。歌の切れ目がよく聞こえるため、言葉がなくても、人が息を継ぎながら歌っているように感じられるでしょう。
中間部に入ると、音楽は暗い色合いに変わります。低音が弦をはじいて歩みを刻む箇所もあり、初めの穏やかさに、重い感触が加わります。その後、動きが活発になり、音量を増した頂点では、第1楽章で聴いた主題も顔を出します。
緊張が静まると、イングリッシュホルンの歌が戻ります。ここでは独奏の美しさとともに、周りの音がどれほど少なくなったかにも耳を向けてみてください。最後には冒頭の和音の連なりも再び現れ、楽章は静かに閉じられます。
第3楽章|激しい踊りと、軽やかな舞曲
Molto vivace
第2楽章から一転し、鋭いアクセントを伴う音楽が始まります。弦が刻む短い動きと、管楽器の応答が重なり、三拍子でも、優雅なワルツとは違う激しさです。
交響曲の中でこの位置を占める、快活なスケルツォに当たります。作曲者は、ロングフェローの物語詩『ハイアワサの歌』にある、宴で人々が踊る場面から着想を得たと語っています。先住民を題材とする文学が、踊りの音楽を考える刺激になったわけです。
楽章の途中には、穏やかで足取りの軽い音楽が現れます。とくに中間のトリオでは、冒頭の強い踏み込みが和らぎ、チェコの民俗舞曲を思わせる親しみやすさが感じられます。
その後、最初の激しい音楽が戻ります。ただし、終わりまで陽気に踊り続けるわけではありません。結びでは響きが重みを帯び、第1楽章の旋律も姿を見せます。軽快な舞曲の印象を変える、この終わり方も聴き逃せないところです。
第4楽章|金管の主題に、前の楽章の音楽が加わる
Allegro con fuoco
切迫した弦の動きに続き、ホルンとトランペットが堂々とした主題を示します。「con fuoco」は「火のように、熱烈に」という意味です。楽章の入口から、音の立ち上がりと強い推進力に引き込まれます。
やがてクラリネットが、なめらかな旋律を奏でます。金管の硬い輪郭から、木管のやわらかな歌へ変わるため、強い音楽が再び現れたときには、その勢いがいっそう鮮やかです。
展開が進むと、第1楽章の主題、第2楽章の歌、第3楽章の主題が戻ってきます。前の楽章を順番に振り返るだけでなく、終楽章の新しい主題と組み合わされるところが、この作品の面白さです。
終盤には、第2楽章の冒頭の和音も、大きな管楽器の響きで戻ります。
最後の和音では、管楽器の音が残り、次第に弱まって消えていきます。激しい音楽を聴き終えた後、その余韻がなくなるところまで耳を澄ませたい結末です。
《家路》は、交響曲から生まれた歌

第2楽章の旋律は、昔から伝わる歌のように自然に聞こえます。実際には、この旋律をドヴォルザークが作曲し、後から歌詞が付けられました。
代表的なのが、教え子ウィリアム・アームズ・フィッシャーによる《Goin’ Home》です。1922年に出版された楽譜には、交響曲のラルゴに基づくことと、フィッシャーが作詞・編曲したことが示されています。
日本でも、同じ旋律に複数の歌詞が付けられました。とくに広く親しまれているのが、堀内敬三による「遠き山に日は落ちて」で始まる歌です。学校教育や放送を通じて、交響曲から離れた場面でも、この旋律が受け継がれてきました。
このため、私たちがラルゴから感じる「帰り道」や「夕暮れ」には、音楽の特徴に加え、日本でこの歌が歌われてきた歴史も関わっています。歌詞のない原曲へ戻ると、その記憶に重なる形で、イングリッシュホルンの息遣いや弦の響きを楽しめます。
まず聴きたい、三つの場面

全曲を聴く前に入口を選ぶなら、次の三か所がおすすめです。
| 場所 | 聴く目印 |
|---|---|
| 第1楽章の序奏から主部へ | ホルンの主題で、ゆっくりした歩みが力強い動きへ変わる |
| 第2楽章の冒頭 | 複数の管楽器による和音の後、一つの独奏が前に出る |
| 第4楽章の終盤 | 第2楽章の冒頭の和音が、力強い響きで戻る |
もう一歩深く楽しむ、二つの視点

五つの音と、拍をずらすリズム
《新世界より》の旋律には、五つの音を中心とする五音音階の特徴が見られます。たとえば、長音階の「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」から、ファとシを除いた「ド・レ・ミ・ソ・ラ」が、その一例です。
この音の組み合わせは、アメリカの霊歌だけでなく、さまざまな地域の音楽にあります。日本の歌に親しんだ耳にもなじみやすい響きですが、五音音階を使っているという理由だけで、その旋律を特定の民族の音楽と断定することはできません。
もう一つの特徴は、リズムの弾みです。通常は弱く感じる位置の音を強めたり、音を次の拍まで延ばしたりして、拍の規則的な流れと旋律のアクセントをずらします。こうしたシンコペーションが、音楽を前へ引っ張る感覚を生みます。
旋律を口ずさめるようになったら、低音や伴奏が刻む拍と、旋律が強まる場所を聴き比べてみてください。歌の親しみやすさの中に、細かなリズムの工夫が見えてきます。
同じ音楽でも、響き方で意味が変わる

楽章を越えた主題の再登場を楽しむには、第2楽章と第4楽章の和音を比べるとわかりやすいでしょう。
第2楽章の冒頭では、和音がゆっくりと移り変わり、独奏を迎える空間を作ります。第4楽章の終盤では、その和音の連なりが大きな響きとなり、激しい音楽の頂点を形作ります。
音楽の形に共通点があっても、音量、楽器の重なり、前後の勢いが変われば、聞こえ方は違います。第2楽章では次に始まる独奏へ意識が向かい、第4楽章では、オーケストラ全体の力が集まる場面として耳に残ります。
終楽章を聴いてから第2楽章の冒頭へ戻ると、最初は控えめに感じられた和音にも、以前より強い印象を持つかもしれません。
初演の大成功と、「アメリカ的か」をめぐる議論

1893年12月16日、カーネギーホールで、ザイドル指揮のニューヨーク・フィルハーモニックが《新世界より》を初演しました。客席にはバーレイやフィッシャーをはじめ、音楽院の学生たちもいました。
初演前から、この作品は注目を集めていました。ドヴォルザークが霊歌などにアメリカ音楽の可能性を見いだす発言をしていたため、新しい交響曲にその考えがどう表れるか、関心が高まっていたのです。
息子オタカルの回想には、第1楽章の後に長い拍手が起こり、第2楽章の後には作曲者が喝采に応えた様子が記されています。ドヴォルザーク自身も、出版社への手紙で大成功を報告しました。
ただし、批評家の評価まで一つにまとまったわけではありません。同月末のボストンでの演奏後には、音楽が十分にアメリカ的ではない、という意見も出ました。ドイツの交響曲の伝統を重視する立場や、アフリカ系アメリカ人の音楽に対する人種的偏見も、受け止め方に影響しています。
翌1894年には初版が出版され、ヨーロッパでも演奏されるようになりました。初演時には「アメリカの音楽とは何か」という議論の中心にあった作品が、やがて各地の聴衆にとって親しみのある交響曲になっていきます。
楽譜で確かめるなら、IMSLPの作品ページの「Sheet Music → Full Scores」へ。1894年ジムロック版などの総譜が掲載されています。
参考資料
- Antonín Dvořák作品資料「Symphony No. 9」:成立、題名、書簡・回想、楽章構成、初演と出版。
- Carnegie Hall「Melodies in Context」:バーレイと霊歌。
- Boston Symphony Orchestra「Symphony No. 9, From the New World」:音楽解説、初演当時の議論。
- Los Angeles Philharmonic「Symphony No. 9」:編成と音楽の特徴。
- Grant Park Music Festival「Dvořák New World Symphony」:第3楽章の着想。
- Dayton Performing Arts Alliance「Program Note」:ラルゴの伴奏、終楽章の和音の再登場。
- The Santa Fe Symphony「From the New World」:終結の響き。
- University of Rochester, Sibley Music Library:《Goin’ Home》1922年版:作詞・編曲と出版年。
- 西村理「《Goin’ Home》から《家路》へ――レコードとラジオ放送が果たした役割――」:日本での受容。


