ドニゼッティ『ドン・パスクワーレ』あらすじ・聴きどころを解説|偽の花嫁が変えた結婚計画

理想の花嫁が、契約の直後に豹変する

おとなしく、慎ましく、自分の言うことをよく聞く。そんな花嫁を迎えたつもりの老紳士が、結婚の契約を終えた途端、家の中で命令される側に回ります。家具は総入れ替え、使用人は増員、請求書は山積み。花嫁は、どうして急に別人になったのでしょうか。

ドニゼッティの『ドン・パスクワーレ』は、若い恋人たちと、その結婚に反対する裕福な叔父をめぐる全3幕の喜劇です。中心人物はほぼ4人。変装と偽の結婚で進む計画に、歌の軽さ、早口の勢い、思いがけない寂しさが加わります。筋のからくりを知ってから観ても、人物ごとの歌い方の違いを楽しめる作品です。

1分あらすじ / 登場人物と相関図 / 詳しい物語 / 有名曲と聴きどころ / 偽の結婚の仕掛け / 成立背景

『ドン・パスクワーレ』の基本情報

原題Don Pasquale
作曲ガエターノ・ドニゼッティ
台本ジョヴァンニ・ルッフィーニ。ドニゼッティも改作に関与
もとになった作品アンジェロ・アネッリの台本『セル・マルカントニオ』(ステファノ・パヴェージ作曲、1810年初演)
初演1843年1月3日、パリのイタリア劇場(サル・ヴァンタドゥール)
言語・構成イタリア語/全3幕のドランマ・ブッフォ(喜歌劇)
舞台19世紀初めのローマ
演奏時間の目安約2時間前後
休憩込みの目安約2時間20分〜2時間40分程度。新国立劇場の2024年公演は約2時間30分

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1分でわかるあらすじ

裕福な独身老人ドン・パスクワーレは、甥エルネストが貧しい未亡人ノリーナとの恋を諦めないため、自分が結婚して跡継ぎをつくり、甥を相続から外そうとします。

恋人たちを助けたい医師マラテスタは、ノリーナを自分の妹に仕立て、偽の公証人を使って叔父と結婚させます。契約が済むと、従順だった花嫁は一転して浪費と命令を重ね、叔父を結婚嫌いにしていきます。

さらに浮気を疑わせる手紙で叔父を庭へ誘い出し、「ノリーナが甥の妻として家に来るなら、自分は出ていく」と花嫁に言わせます。厄介な妻と別れたい叔父は、二人の結婚を承諾。そこで花嫁の正体と結婚が芝居だったことが明かされ、叔父も皆を許して、若い二人を祝福します。

登場人物と相関図

図をタップすると拡大できます。赤は恋人、青緑は親族・協力、黄土色は芝居上の結婚です。

ドン・パスクワーレ|バス
裕福な独身の老紳士で、エルネストの叔父です。甥の結婚相手まで自分が決めるつもりでいます。マラテスタの紹介する花嫁を信じ込み、結婚後は自分の家で居場所をなくしていきます。

ノリーナ|ソプラノ
エルネストと愛し合う若い未亡人。金持ちではありませんが、機転と行動力があります。マラテスタの妹「ソフローニア」を演じ、叔父の花嫁になります。

エルネスト|テノール
叔父の援助を受けている青年。ノリーナとの結婚を望みますが、相続から外されると彼女を貧困に巻き込むことを恐れ、別れを考えます。計画の全容を知らされるのが遅く、偽の結婚式を見て驚く役回りです。

マラテスタ|バリトン
叔父の医師で友人、そしてエルネストの親友です。叔父を説得できないと知ると、協力するふりをして結婚計画を逆手に取ります。本物の妹ソフローニアは修道院におり、舞台には登場しません。

公証人|バス
マラテスタのいとこが演じる偽物。契約の手続きにもっともらしい形を与えます。この結婚に法的な効力がないことが、最後に明かされます。

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詳しいあらすじ――花嫁を演じる計画のゆくえ

第1幕|甥の結婚を阻むため、叔父が結婚する

ローマの屋敷で、ドン・パスクワーレが医師マラテスタの帰りを待っています。彼は、甥エルネストに裕福な娘との結婚を勧めていました。ところが甥には、ノリーナという恋人がいます。叔父の決めた相手を拒むなら、甥には財産を残さず、自分が結婚して跡継ぎをつくろうという考えです。

マラテスタは、天使のように美しく、純真で、修道院で育った妹を花嫁に紹介すると告げます。妹をたたえる歌「天使のように美しく」を聞くうち、叔父はすっかりその気になり、自分が若返ったように喜びます。

そこへ来たエルネストは、縁談をもう一度断ります。叔父は彼に家を出るよう命じ、自分の結婚を宣言しました。頼りにしていたマラテスタまで、この縁談を進めていると知り、エルネストは友人に裏切られたと思い込みます。

場面はノリーナの部屋へ。彼女は恋愛小説を読み、騎士が一目で恋に落ちる話を笑っています。自分も視線や笑顔で人の心を動かす方法を知っている、と歌うのが「私もその魔力を知っている」です。受け身の花嫁を演じる前に、本来の快活なノリーナを見せる登場曲になっています。

エルネストからの手紙には、相続を失い、ノリーナに苦労をかけられないのでローマを去る、とあります。ノリーナが動揺したところへ、マラテスタが現れ、計画を説明します。叔父は彼の本当の妹の顔をノリーナと区別できません。そこで彼女を「ソフローニア」として紹介し、いとこに公証人を演じさせ、偽の結婚を成立させるのです。

結婚したら叔父を困り果てさせ、若い二人の結婚を認めさせる。ノリーナはこの役を引き受け、マラテスタと慎ましい娘の身ぶりを練習します。 [1]

第2幕|署名が済んだら、命令するのは花嫁

エルネストはまだ計画を知りません。第2幕の初めには、彼の沈んだ気持ちを映すようなトランペットの独奏が流れます。叔父にも友にも見放されたと思っている彼は、「遠い国を探そう」と歌い、ノリーナの幸せを願いながら身を引こうとします。

着飾った叔父のもとへ、マラテスタがヴェール姿のノリーナを連れてきました。彼女は男性の前に出るのも怖いという態度で、劇場には興味がなく、縫い物や家事をして暮らしたいと答えます。叔父の望む慎ましい花嫁そのものです。

ヴェールが外れると、叔父は美しさに心を奪われ、すぐに結婚したいと望みます。用意されていた偽の公証人が入り、契約書がつくられました。叔父は財産の半分を花嫁に譲り、家の内外で女主人として認め、使用人にも従わせることに同意します。

証人が足りないところへ、別れの挨拶に来たエルネストが入ってきます。叔父の花嫁がノリーナだと気づき、彼は思わず声を上げそうになりました。マラテスタは急いで彼を脇へ寄せ、二人のための芝居だから黙って合わせるよう言い聞かせます。エルネストも証人として署名し、手続きが終わります。

叔父が新妻を抱こうとした途端、彼女は拒みました。追い出されそうになるエルネストを引き留め、これから自分の外出に付き添う役は彼だと言います。叔父が命令しようとしても、家で命令を出すのは自分だと押し切るのです。

ノリーナは使用人の給金を倍にし、人員を大幅に増やし、馬車と新しい家具を用意させます。叔父の抗議には構わず、さらに大勢の客を招く食事まで注文。途方に暮れる叔父、騒動を抑えるふりのマラテスタ、計画を理解して笑うエルネストとノリーナの声が重なり、第2幕は混乱のうちに終わります。 [2]

第3幕|平手打ちから、夜の庭の最後の芝居へ

屋敷は衣服や帽子、箱、請求書であふれています。使用人たちが慌ただしく動き回り、叔父は出費の多さに頭を抱えています。そこへ、豪華に着飾ったノリーナが劇場へ出かけようとします。

結婚した初日から一人で夜遊びに出るとは何事か。叔父が行く手を遮ると、言い争いが激しくなり、ノリーナは彼の頬を打ってしまいます。叔父はひどく打ちのめされ、もはや結婚を続けたいとは思えなくなります。ノリーナも厳しい仕打ちだと感じながら、計画を最後までやり通そうとします。

去り際、ノリーナはわざと手紙を落とします。拾った叔父が読むと、そこには「ソフローニア」の恋人から、今夜、庭で会おうという誘いがありました。妻に浮気相手までいると思った叔父は、マラテスタを呼び出します。

マラテスタはすでにエルネストと打ち合わせ、庭で恋人役を演じさせる手はずを整えています。叔父には、二人で隠れて密会を押さえようと持ちかけました。「そっと、そっと、すぐに」の二重唱では、復讐できると信じる叔父と、計画どおりだと知る医師が、忙しく言葉を交わします。

夜の庭で、エルネストがセレナード「なんと優しい夜だろう」を歌います。ノリーナが姿を見せ、二人は「もう一度、愛していると言って」と歌い合いました。急な言い争いや命令が続いてきた舞台に、ゆったりとした恋の時間が流れます。

叔父とマラテスタが踏み込む直前に、エルネストは顔を隠して逃げ、家へ戻ります。恋人を捕まえられなかった叔父に対し、「ソフローニア」は浮気を認めず、家からも出ていきません。

ここでマラテスタは、明日からエルネストの妻ノリーナがこの家に来る、と告げます。「ソフローニア」は、ノリーナと同じ屋根の下で暮らすくらいなら、自分が出ていくと反発するふりをしました。厄介な妻を追い出せると考えた叔父は、甥とノリーナの結婚を認め、年金も与えることにします。

エルネストが呼び戻されると、マラテスタは目の前の花嫁こそノリーナであり、自分の本物の妹は今も修道院にいると明かします。叔父との結婚は初めから効力のない芝居でした。驚いた叔父は、妻との暮らしから解放されると分かって安堵します。許しを求める若い二人を祝福し、ノリーナの軽やかな歌に皆が加わって、騒動は和解に落ち着きます。 [3]

有名曲と聴きどころ――最初は早口の二重唱から

最初の1曲には、第3幕の「そっと、そっと、すぐに」がおすすめです。低い二つの男声が、言葉を次々に受け渡し、途中から驚くほど細かく走り出す音楽です。

「天使のように美しく」|マラテスタ/第1幕

原語は Bella siccome un angelo。まだ登場していない花嫁を、医師が言葉だけで魅力的に見せる歌です。滑らかに伸びるバリトンの旋律には、叔父を安心させる説得力があります。歌の優しさに身を任せながら、叔父がどの言葉で期待を膨らませるかにも注目してください。

「あの眼差しは騎士を」〜「私もその魔力を知っている」|ノリーナ/第1幕

原語は Quel guardo il cavaliere 〜 So anch’io la virtù magica。恋愛小説を読む部分から、自分の得意な恋の駆け引きを語る部分へ移ります。細かく動く音や跳び上がる旋律が、彼女の機転と快活さによく合います。丁寧に本を読む声と、自信をのぞかせる声を聴き比べると、のちの変装も楽しみになります。

「遠い国を探そう」|エルネスト/第2幕

原語は Cercherò lontana terra。恋人と別れて遠くへ去ろうとする青年のアリアです。前奏のトランペットが、華々しい合図とは違う、孤独な歌を聴かせます。テノールには、言葉を急いで詰める喜劇役とは異なる、息の長い旋律が与えられています。芝居の計画を知らない彼には、この時点の失恋は本気です。

「そっと、そっと、すぐに」|叔父とマラテスタ/第3幕

原語は Cheti cheti immantinente。前半の相談から、後半の Aspetta, aspetta, cara sposina にかけて、早口の歌が大きな聴かせ場になります。拍の上に子音がきれいにそろい、二人の声が噛み合う快感があります。字幕では、復讐を思い描く叔父と、その叔父を内心でからかう医師の言葉を追うと、同じ速さで歌っていても考えていることが違うと分かります。

「なんと優しい夜だろう」|エルネスト/第3幕

原語は Com’è gentil la notte a mezzo april。4月の夜を歌うセレナードで、軽い刻みの伴奏に、柔らかなテノールの旋律が乗ります。強く押し出す声より、語尾まで滑らかにつながる歌に耳を向けてみてください。屋内の慌ただしさから、夜の庭へ移ったことが音でも感じられます。

「もう一度、愛していると言って」|ノリーナとエルネスト/第3幕

原語は Tornami a dir che m’ami。二人が互いの愛情を確かめる、短い夜想曲風の二重唱です。揺れる拍子の中で声が寄り添い、同じ方向へ動く響きが親密さをつくります。ノリーナが叔父に向ける切れ味のある言葉と、恋人へ向ける柔らかな歌の違いも聴きどころです。

楽譜を見たい方は、IMSLPの『ドン・パスクワーレ』作品ページへ。

偽の結婚は何を変えたか――家の主導権と、平手打ちの重さ

1.お金で結婚を決めていた叔父が、契約で主導権を渡す

叔父が最初に持っている力は、財産と住まいを与える権限です。甥が望みどおりの結婚をしなければ、それを取り上げる。ノリーナへの反対も、彼女が貧しい未亡人であることと結びついています。

ところが叔父自身の結婚では、財産の半分を譲り、花嫁を家の女主人として認めます。ノリーナはその約束を利用し、叔父の言葉を遮り、使用人への命令も外出の決定も引き受けてしまいます。契約の前後で、同じ家の中の力関係がひっくり返る仕掛けです。

最後に彼が甥の結婚を認めるのも、相手への評価が急に変わったからではありません。「ソフローニア」に出ていってほしいという目的を持ったことで、以前は拒んだノリーナとの結婚を、自分から実現させようとします。マラテスタは叔父が望むことを、その都度違う方向へ導いています。

2.頬を打たれたあと、叔父の声を笑いだけでは聴けなくなる

早口や激しい掛け合いを楽しんでいると、第3幕の平手打ちのあと、音楽の表情が変わります。叔父の落胆に沿う旋律が現れ、怒って騒ぐ男から、傷ついて力を失った老人へと見え方が変わるのです。ノリーナも、仕打ちは厳しいと認めます。

この箇所で、ノリーナが計画を中止するわけではありません。手紙を落とし、庭へ誘う芝居は続きます。そのため、演出や歌手の表現によっては、機転の鮮やかさに加えて、叔父一人を追い詰める行為の痛さも強く感じられます。

終幕には、老いてからの結婚をからかう教訓が歌われます。それを現代の恋愛観への結論として受け取るより、喜劇の登場人物が騒動をどう片付けるかに耳を傾けるとよいでしょう。頬を打たれた叔父を見たあとでは、最後に彼が皆を許す言葉にも重みが生まれます。 [3] [8]

成立背景――パリで生まれた、円熟期の喜劇

『ドン・パスクワーレ』は、1843年1月3日、パリのイタリア劇場で初演されました。ドニゼッティが40代半ばに書いた円熟期の作品です。初演の主役たちは、叔父にルイジ・ラブラーシュ、ノリーナにジュリア・グリージ、エルネストにマリオ、マラテスタにアントニオ・タンブリーニという顔ぶれでした。

低声の喜劇役二人、技巧に富んだソプラノ、叙情的なテノール。それぞれに違う得意分野を与えた配役が、そのまま作品の音楽の変化を支えています。 [9] [10]

1843年のパリ公演、第2幕の場面。『Illustrirte Zeitung』1843年7月15日号。Johann Jacob Weber編/Public domain/Wikimedia Commons

もとになったのは、1810年にパヴェージが作曲したオペラ『セル・マルカントニオ』の台本でした。老いた男の結婚を若者が策略で阻むという古い喜劇の骨組みを、ルッフィーニとドニゼッティが組み直しています。作曲者の改変が多く、ルッフィーニが自分の名の掲載を拒んだことも知られています。

変装、結婚、財産、機転の利く女性、取り残される年長者は、オペラ・ブッファの親しみやすい材料だといえるでしょう。 [7]

初演でノリーナを歌ったジュリア・グリージ。『Illustrirte Zeitung』1843年7月15日号。Johann Jacob Weber編/Public domain/Wikimedia Commons
初演でドン・パスクワーレを歌ったルイジ・ラブラーシュ。『Illustrirte Zeitung』1843年7月15日号。Johann Jacob Weber編/Public domain/Wikimedia Commons

初めて観るときは、ノリーナの声の変化を追ってみる

まず、叔父がノリーナの顔を知らないことと、「ソフローニア」が彼女の演じる役であることを押さえておきましょう。エルネストだけは途中まで計画を知らず、彼の驚きが偽の結婚式に緊張を加えます。

そのうえでノリーナを追ってみてください。恋愛小説を笑うとき、ヴェールの下でおびえるふりをするとき、契約後に使用人へ命令するとき、庭で恋人と歌うとき。誰に向かって歌うかで、言葉の速さや旋律の運びが変わります。冒頭の慎ましい花嫁と、家を動かす女主人を、同じ歌手がどんな声と身ぶりで演じ分けるかが、このオペラを観る楽しみの一つです。

参考資料と画像の出典

[1]原語台本:第1幕:叔父と甥の対立、ノリーナの登場、変装計画。

[2]原語台本:第2幕:偽の契約、エルネストの登場順、花嫁の豹変。

[3]原語台本:第3幕:平手打ち、手紙、庭の場、正体の告白と和解。

[4]Glyndebourne:Don Pasquale synopsis:全体の筋と偽の結婚の仕組みの照合。

[5]新国立劇場:2024年『ドン・パスクワーレ』:全3幕、言語、上演時間の実例。

[6]Scottish Opera:Donizetti’s Don Pasquale:2024年公演の所要時間2時間20分・休憩20分。

[7]San Francisco Opera:教育資料:原台本、台本執筆者、初演、舞台の時代。

[8]William Ashbrook:Last of the Great Opera Buffas:喜劇の伝統、平手打ち後の音楽的変化。

[9]IMSLP:Don Pasquale:総譜・声楽譜、初演日、原作情報。

[10]原語台本:登場人物・初演配役:声種、ラブラーシュ、グリージ、マリオ、タンブリーニ。

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