絶対に外せない一発を、悪魔に託したら

明日の射撃試験に失敗したら、恋人との結婚も、森番としての将来も失ってしまう。ところが、かつては名手だった若い狩人マックスは、肝心なときに弾が当たらなくなっています。そこへ仲間が持ちかけるのが、狙った獲物を必ず仕留める「魔弾」です。
ウェーバーのオペラ『魔弾の射手』は、この危うい誘いから始まる物語。真夜中の谷では怪異がうごめき、恋人アガーテの部屋には不吉な知らせが届きます。祝福されるはずの結婚式へ近づくほど、二人の身に危険が迫ってくるのです。
怖い場面ばかりではありません。森に響くホルン、朗らかな狩人の合唱、恋人を待つアガーテの歌。その親しみやすい音楽があるからこそ、同じ森が恐ろしい顔を見せたときの落差に引き込まれます。
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1分あらすじ / 人物と相関図 / 詳しい物語 / 聴きどころ / 七発目と試験の仕組み / 成立背景
『魔弾の射手』の基本情報
| 作曲 | カール・マリア・フォン・ウェーバー(Carl Maria von Weber) |
| 原題 | Der Freischütz(作品77/J.277) |
| 台本 | フリードリヒ・キント |
| 原作 | ヨハン・アウグスト・アーペルの物語「魔弾の射手」。アーペルとラウンが編んだ『幽霊物語集』第1巻(1810年)所収 |
| 初演 | 1821年6月18日、ベルリンの王立劇場(シャウシュピールハウス) |
| 言語・構成 | ドイツ語/全3幕。歌の間に話し言葉の台詞を含むロマン派オペラ |
| 舞台 | 三十年戦争が終わって間もない、17世紀半ばのボヘミア |
| 上演時間 | 演奏・台詞で約2時間〜2時間35分、休憩を入れて約2時間30分〜3時間5分が目安。 |
| 時間の実例 | ベルリン国立歌劇場の2018年公演は休憩なし約2時間。シュトゥットガルト州立歌劇場の掲載例は、第1・2幕100分+休憩30分+第3幕55分=約3時間5分 |
1分でわかるあらすじ
若い狩人マックスは、射撃試験に合格すれば、森番の職を継ぎ、恋人アガーテと結婚できます。ところが不調が続き、すべてを失うことを恐れた彼は、仲間のカスパールに誘われ、真夜中の狼谷で七発の魔弾を作ります。六発は狙いどおりに当たりますが、七発目だけは悪魔ザミエルが行き先を決める弾でした。
悪魔との契約で命の期限が迫るカスパールは、マックスを自分の身代わりにしようとしていました。その企みは、最後の弾でアガーテを殺し、マックスを絶望させることです。
試験当日、最後の一発で白い鳩を狙うマックスの前に、アガーテが現れます。銃声とともに彼女とカスパールが倒れますが、アガーテは気絶しただけ。命を落としたのは、罠を仕掛けたカスパールでした。
マックスは魔弾を使った罪を告白し、領主から追放を命じられます。そこへ隠者が進み出て、一発の射撃に二人の幸福をかける試験こそ、彼を追い詰めたのだと訴えます。領主は試験を廃止し、追放を取り消します。そして、一年間誠実に生きることを条件に、二人の結婚を認めると約束。マックスは更生を誓い、アガーテとともに、再び結ばれる日への希望を取り戻します。
登場人物と相関図

| マックス|テノール | 若い狩人。アガーテとの結婚と森番の職が、射撃試験にかかっています。 |
| アガーテ|ソプラノ | 森番クーノーの娘。マックスを愛し、相次ぐ不吉な出来事に不安を抱きます。 |
| カスパール|バス | マックスの狩人仲間。悪魔との契約の期限が迫り、新しい犠牲者を求めます。 |
| エンヒェン|ソプラノ | アガーテの若い親戚で、一般に従妹と紹介される人物。明るい話や歌で彼女を励まします。 |
| ザミエル|台詞役 | 「黒い狩人」と呼ばれる悪魔的存在。七発目の魔弾を支配します。 |
| クーノー/オットカール/隠者 | クーノー(バス)はアガーテの父で森番。領主オットカール(バリトン)が試験を命じ、隠者(バス)が最後に赦しの道を示します。 |
物語の軸は、結婚したいマックス、彼を待つアガーテ、二人の幸福を利用しようとするカスパールの三人です。カスパールとザミエルの取引は、マックスの知らないところで進みます。
詳しいあらすじ|婚礼の前夜、森が変わる
第1幕|名手の失敗につけ込む男

森の酒場の前で、村の射撃会が開かれています。勝者としてもてはやされるのは農夫キリアン。ふだんなら腕前を誇れるはずの狩人マックスは、一度も的に当てられず、人々のからかいに耐えきれなくなります。
騒ぎを収めたのは、森番クーノーでした。マックスは彼の娘アガーテと愛し合っており、クーノーも二人の結婚を望んでいます。問題は、翌日に控えた射撃試験です。この土地では、森番の職を継ぐ者は領主の前で腕を示さなければなりません。合格できなければ、クーノーは娘をマックスに嫁がせられないのです。
マックスにとって、明日の一発は仕事の試験であると同時に、恋人を失うかどうかの分かれ道。アリア「森を抜け、野を越えて」では、狩りも恋も順調だったころを思い返しながら、今の自分を見捨てた運命に苦しみます。以前ののびやかな歌いぶりに暗い響きが割り込み、自信が崩れていく様子が音楽にも表れます。
そんな彼に近づくのが、狩人仲間のカスパールです。酒を勧めて気を緩ませると、自分の銃を渡し、はるか上空の鷲を撃たせます。ふつうなら届かない距離なのに、鷲は命中して落ちてきました。
弾には秘密がありました。狙いを外さない魔弾を使ったのです。マックスがもっと欲しいと口にすると、カスパールは、真夜中に狼谷へ来れば一緒に作れると持ちかけます。恐れて拒むマックスを、仕事もアガーテも失っていいのかと追い詰め、ついに約束を取りつけます。
一人残ったカスパールは、計画が動き始めたことを喜びます。親切な仲間としての態度は見せかけで、彼にはマックスを破滅させたい理由がありました。
第2幕|祈る恋人と、七発の魔弾

場面はアガーテの部屋へ移ります。壁に掛かっていた先祖の肖像が落ち、彼女の額を傷つけました。エンヒェンは額縁を直しながら、陽気な歌で従姉の心配を追い払おうとします。
アガーテは、森に住む信仰深い隠者から危険を戒められ、白いバラを贈られています。身の回りの小さな異変さえ気になり、マックスの無事を祈らずにはいられません。静かな夜空へ歌いかける「静かに、静かに、敬虔な歌よ」は、やがて恋人が近づく気配を感じる喜びへ変わります。
帰ってきたマックスの帽子には、鷲の羽根が飾られています。アガーテはそれを見て不安を覚えますが、彼はまた森へ行かなければならないと言います。狼谷に仕留めた鹿を置いてきた、というのが彼の説明でした。本当の目的を言えないまま、引き止めるアガーテとエンヒェンを振り切って出発します。
そのころ狼谷では、カスパールがザミエルを呼び出していました。彼はすでに悪魔と契約しており、自分の命の期限が翌日に迫っています。そこで、新しい犠牲者としてマックスを連れてくる代わりに、猶予を延ばしてほしいと申し出るのです。
カスパールは、七発目の魔弾をアガーテに当て、彼女を失ったマックスを絶望へ落とすよう求めます。ザミエルが突きつける条件は、明日、マックスかカスパールのどちらかを手に入れることでした。アガーテを守りたいというマックスの願いが、彼女を傷つける計略へ組み込まれています。

谷へ到着したマックスの前には、亡き母の幻が現れ、引き返すように促します。続いて見えるのは、絶望して水に身を投げようとするアガーテの幻。カスパールはそれを利用して、ぐずぐずしていたら彼女を失う、とマックスを先へ進ませます。
二人は七発の弾を鋳造し始めます。一発、また一発と数が増えるにつれ、谷の怪異も激しさを増します。物音、嵐、異様な影、見えないものの声。歌と台詞とオーケストラが重なり、音楽全体が恐ろしい出来事を次々と運んできます。七発目が完成すると、混乱は頂点に達し、二人は倒れ伏します。
第3幕|白い鳩を狙った、その瞬間
翌朝、七発の魔弾は、マックスに四発、カスパールに三発という配分になっています。マックスは狩りですでに三発を使い、周囲を驚かせる命中ぶりを見せました。手元に残るのは一発。もっと分けてほしいと頼んでも、カスパールは応じません。
カスパールは自分に残る弾も使い切ります。こうして、マックスの試験に残された一発が、悪魔に属する七発目となるよう仕向けます。客席には危険が見えているのに、マックスはその弾を最後の頼みとして握りしめているのです。
婚礼の支度をするアガーテは、自分が白い鳩となり、マックスに撃たれる夢を見たと語ります。エンヒェンは、白い婚礼衣装や鷲の羽根の印象が夢になったのだと説明し、冗談を交えた怪談まで披露して彼女を励まします。
ところが、花嫁の冠が入っているはずの箱を開けると、中にあったのは葬儀用の冠でした。エンヒェンは取り違えだと考えます。代わりにアガーテが選ぶのは、隠者から贈られた白いバラ。それを編み直して、婚礼の冠にします。

森では領主オットカールの一行が集まり、狩人たちの合唱が響きます。いよいよ試験となり、マックスは枝に止まる白い鳩を撃つよう命じられます。
銃を構えたそのとき、木々の間からアガーテが姿を現し、撃たないで、自分がその鳩なのだと叫びます。鳩が飛び立ち、カスパールのいる木の方へ移ると、マックスは銃口でそれを追います。銃声とともに、アガーテとカスパールが倒れました。
マックスも周りの人々も、花嫁が撃たれたと思い込みます。けれど、アガーテは息を吹き返します。彼女は恐怖のため気絶しただけでした。隠者がそばに現れて彼女を支え、白いバラの加護と結びつく救いが示されます。実際に弾を受けたのはカスパールです。彼はザミエルの姿を見て、自分の計画が敗れたことを知り、呪いの言葉を残して死にます。

領主に説明を求められ、マックスは魔弾を使ったことを告白します。怒った領主は追放を命じ、アガーテとの結婚も認めません。人々が赦しを求めても、判断は変わりませんでした。
そこで隠者が進み出ます。一発の弾に二人の幸福をかける試験が、マックスを追い詰めたのではないか。隠者はそう問いかけ、射撃試験を廃止するよう求めます。マックスには一年間を与え、その間の生き方で誠実さを確かめる、という提案でした。
領主はこれを受け入れ、マックスが一年間の試練を果たせば、自分が二人の結婚を結ぶと約束します。マックスは正しい行いを誓い、アガーテは感謝を伝えます。隠者と人々はひざまずき、救いへの祈りをともに歌います。
有名曲と聴きどころ|まずは「狩人の合唱」から

最初の一曲には、第3幕の「狩人の合唱」がおすすめです。足取りのはっきりしたリズムとホルンの響きが親しみやすい曲です。次に序曲を聴くと、明るい狩りの世界と暗い恐怖が、一つの作品に同居していることに気づくでしょう。
狩人の合唱
第3幕、試験の直前に狩人たちが歌います。男声がそろって進む堂々とした響きと、呼び声のような「ヨー・ホー」が聴きどころ。集団が狩りを楽しむ明るさと、最後の弾を恐れるマックスの孤立を並べて聴くと、同じ場面の緊張が増します。
序曲
歌が始まる前に、森の静けさ、狩り、得体の知れない恐怖がオーケストラで現れます。穏やかなホルンに耳を預けていると、暗くせわしない動きが空気を変えます。終盤の明るい広がりはアガーテの音楽と結びつき、物語を知ったあとに戻って聴く楽しみもあります。
森を抜け、野を越えて
第1幕のマックスのアリアです。かつての狩りや恋人のまなざしを思う部分と、現在の恐怖を訴える部分の変化を追ってみてください。高音の力強さだけでなく、同じ人の中で回想の温かさと焦りが入れ替わる歌い方に、人物の弱さが見えます。
静かに、静かに、敬虔な歌よ
第2幕、夜の窓辺で歌うアガーテの大きな独唱場面です。祈りの静けさから、恋人を見つけた喜びへ移ります。ゆったりした息の流れと、喜びの中で弾みを増す音楽を聴き比べると、アガーテが遠い理想像ではなく、帰りを待つ一人の恋人として身近になります。
狼谷の場
第2幕のフィナーレ。美しい旋律を覚えるというより、声、話し言葉、楽器の音色が周囲をどう変えていくかを感じてください。弾を数える声を目印にすれば長い場面でも聴きやすくなるでしょう。
雲が太陽を覆っても
第3幕のアガーテのカヴァティーナ。怖い夢を見た朝にも、空の上には変わらない導きがあると歌います。長く保たれる旋律に、独奏チェロが寄り添う響きが印象的。第2幕の待ちきれない喜びとは違う、静かに心を定める声が聴こえます。
七発目の罠と、「一発で人生を決める」試験

① 魔弾は、命中するほど危険になる
魔弾の仕組みで覚えておきたいのは、「六発の成功」が「七発目への信頼」を育てることです。マックスが疑いを持たなくなるのは、失敗が続いたあとに、目の前で奇跡のような成功を経験するから。カスパールは口先で誘うだけでなく、まず鷲を落とさせ、次の日には領主を驚かせる名射撃を実現させます。
成功は、人々の評価も取り戻してくれます。試験を恐れていたマックスには、これほど心強い道具はありません。だから、最後の一発が自分の意思を離れるときにも、それを手放せなくなります。観客は事情を知っているため、マックスが命中を喜ぶたびに、危険な弾へ近づいていることを意識します。
カスパールにとっては、マックスが成功することと、最後に破滅することが一つの計画です。敵が主人公を助けているように見える、その助け自体が罠になっているところに、この物語の怖さがあります。
② 最後に変わるのは、マックスだけではない
アガーテはマックスを愛し、父クーノーも彼を認めています。それでも一発を外せば結婚できない。
最後に隠者が求めるのは、マックスの無条件の免罪ではありません。魔弾を使った責任は一年間の試練によって引き受けさせ、その一方で、若者を追い詰める射撃試験もやめさせます。腕前を一瞬で証明する制度から、一年間の行動で人を確かめる判断へ変わるのです。
白いバラによる救いと並んで、この決着にも目を向けると、終幕の印象がはっきりします。花嫁が助かったあとにも、人間同士が決めなければならない問題が残っている。隠者はその場へ入り、領主に判断の変更を促します。
成立背景|怪談を、森のオペラへ
原作は、1810年刊の『幽霊物語集』に収められたアーペルの物語です。悪魔の弾を使う射手という民間伝承的な題材を、キントがオペラの台本へ作り替えました。原作の悲劇的な結末に対して、オペラは隠者による救済を置きます。狼谷の恐怖を大きく描きながら、最後には赦しの可能性へ向かう構成になりました。
ウェーバーとキントの制作は1817年に具体化し、1821年6月18日、ベルリンの新しい王立劇場で初演されます。ウェーバー自身が指揮した公演は成功を収め、『魔弾の射手』はドイツ語によるロマン派オペラの代表作となりました。

この作品の「ドイツらしさ」は、ドイツ語で歌うことだけにあるのではありません。村の踊り、狩りの呼び声、人々の素朴な合唱、森への親しみと恐れが、音楽の中でつながっています。日常の歌と、オーケストラが作る非日常の恐怖が、同じ舞台の上に置かれたのです。
歌と台詞を組み合わせる形式は、人物がふだんの言葉で相談し、迷い、だます場面にも向いています。そこから歌へ入ると、説明だけでは伝わらない焦りや祈りが大きく広がります。とりわけ狼谷では、台詞まで楽器の響きに包み込まれ、会話そのものが異界の出来事へ変わっていきます。

現在の舞台では、狼谷を恐怖映画のように見せる演出も、マックスの心理的な危機を強調する演出もあります。衣装や舞台が現代に置き換えられていても、結婚と職を試験に委ねられた若者が、助けを装う誘いに乗る、という関係を押さえると筋を追いやすいでしょう。
初めて観るなら、残りの弾とアガーテの歌を追う
まずはマックス、アガーテ、カスパールの三人を見分け、マックスがなぜ試験を恐れているのかをつかんでください。狼谷へ入ったら、弾を数える声が物語の目印になります。第3幕では、誰が何発持ち、何発使ったのかに注目すると、最後の一発の怖さがはっきりします。
もう一つの目印はアガーテの声です。マックスが外から力を借りようとする間、彼女は夜の祈りと朝の歌を通じて、不安の中に自分の支えを探します。狩人たちの明るい合唱、狼谷の恐ろしい響き、アガーテの静かな旋律。その違いを聴きながら進むと、二人が迎える試験の日を、より近くで見守れるはずです。
参考資料・画像の出典
[1] フリードリヒ・キント『魔弾の射手』ドイツ語台本(Opera Guide)
[2] Freischütz Digital|台本の資料と校訂
[4] シュトゥットガルト州立歌劇場|Der Freischütz


